平泉を歩くⅣ
#さて、平泉!逆転なるか?? まあ、ダメでも平泉の価値そのものは変わる訳ではないのですが。。。。 「三代の栄耀(えよう)一睡の内にして、大門の跡は一理のこなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、金鶏(きんけい)山のみ形を残す。。。。。。」 松尾芭蕉「おくのほそ道」より
金鶏(きんけい)山登山口。金鶏(きんけい)山は、標高約100メートルで秀衡が造った人口の山との説がある。なるほど、よく見ると綺麗なピラミッド型をしている。ちなみに、秀衡がこの山を造営するときに、雌雄の黄金の鶏を埋めたとの伝説が残っている。しかし、いまだに、この黄金の鶏は発見されていない!(爆)
金鶏山の登口付近には、義経が自害する際に死んだとされる、彼の妻「北の方」と娘の墓があります。けっこうな急斜面を登りきった山頂には鳥居と祠があります。
平泉を歩く際には、この観光案内を参考にして下さい。(笑) ちなみに芭蕉は、金鶏山に立ち寄ることなく、平泉を後にし一関から岩出山方面に向かったのでした。。。。
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