遠野物語

2012年9月17日 (月)

遠野物語 Ⅹ

「早池峰神社(妙泉寺)」。。。。早池峰山、薬師岳登山口の近く、遠野市上附馬牛大出(かみつきもうし おおいで)地区にあります。昔は、早池峰山を囲むように多数存在したようですが、現在は、ここと花巻市大迫の二ヶ所に残るのみだそうです。 ちなみに、遠野の上附馬牛大出地区は、「にほんの里100選」に選ばれています。

Cimg2708遠野の三大霊場の一つ、早池峰神社。後の二つは、続石(つづきいし)五百羅漢であります。   遠野の町からはかなり離れた奥深いところにあり、総門と二つの中門、本殿が残る、かなり大きな神社であります。妙泉寺とも呼ばれていました。 なんと、この寺は慈覚大師が開創したのが始まりという・・・! 「早池峰の山頂に霊泉あり。常に清水たたえ霖雨(りんう)にもあふれず、旱魃(かんばつ)にも涸れない。。。。しかし汚い手や器で汲むとたちどころに涸れてしまう。経を唱えこれを乞えばまた速やかに湧き出す。。。。これは神霊のいたすところ。。。。これを聞いた慈覚大師はそれをほめて、ふもとの大出村に早池峰の霊泉の妙に感じ得たという意味で、一寺を建て妙泉寺と号した。」 岩崎敏夫著「東北の山岳信仰」より

Cimg2705中門から望む早池峰神社本殿。 鬱蒼とした杉林に囲まれた神社は、一種独特の雰囲気を醸し出していた。普通の神社とは明らかに違う。空気が重い!    昔、遠野の人々は、この神社を参拝してから早池峰山に登拝しました。 いやー、二泊三日くらいかかったでしょうか? かなり遠かったと思います。。。。昔の人はタフでしたね。(笑)

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2010年7月25日 (日)

遠野物語 Ⅸ

「五百羅漢」。。。。NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」で人気の漫画家水木しげるさん(遠野物語の大ファンで漫画版遠野物語を描いている)が言っている、「遠野の三大霊場で独特の磁場をもつ場所の一つが五百羅漢である。あとの二つは、綾織の続石と附馬牛(つきもうし)の早池峰神社である」 と。。。 1782年に大慈寺の義山和尚という人が、天明の大飢饉で餓死した数千人もの人の霊を供養するために刻んだものである。

Cimg6792苔むした天然の花崗岩に羅漢像が線彫りされている。広い緩斜面に累々と横たわる。深い森林の中にあり、昼でもほとんど日が差さない。独特の霊気が漂う。なんだか背中がざわざわしました。(笑) --------------------------------------------------------------------------------------------  

Cimg6804五百羅漢入り口。 五百羅漢までは、「卯子酉様(うねとりさま)」脇の山道をしばらく登ると着きます。実は、車でも行くことができるルートもあるのです。けっこう近場なのでビックリしますね。(笑)---------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6799谷の最奥にある祠、小さな賽銭箱が置いてありました。谷の両側に描かれている羅漢像ははっきりと見ることができます。 なんと、この谷の地下には沢が流れていました。 静寂と霊気と沢の流れる音と。。。。雑念が消えた!!


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2010年7月17日 (土)

遠野物語 Ⅷ

「卯子酉様(うねとりさま)」(卯子酉神社)。 遠野の中心部から西に2キロくらい行ったところにあります。直ぐ右側が愛宕山(愛宕神社)、近くには、五百羅漢、程洞のコンセイサマ(神社)があります。   「遠野の町の愛宕山の下に、卯子酉様の祠がある。その傍の小池には片葉の蘆を生ずる。昔はここが大きな淵であって、その淵の主に願をかけると、不思議に男女の遠が結ばれた。また信心のものには、時々淵の主が姿を見せたともいっている。」 「遠野物語拾遺」35話より  ちなみに、柳田国男の 「遠野物語拾遺」は、「遠野物語」の続編といってもいいでしょう。
  
Cimg6809「遠野物語拾遺」にも書いてある通り、恋愛、縁結びのパワースポットとして、かなり古くから知られている神社である。 縁結びの赤い布の数がすごい!圧倒的な存在感で迫ってくる。   赤い布に、相手の名前と自分の名前を左手で書いて、左手だけで結びつけると縁が結ばれるという。。。。最近の恋愛パワースポットブームで、全国から老若男女が訪れている!婚活に励んでいる方は是非訪れてみて下さい。(笑) ちなみに、赤い布は一本100円でした。(笑)

Cimg6808伝説によると、大昔、遠野一帯が大きな湖であったころ、鮭の背にのって宮家と倉堀両家の先祖が猿ヶ石川を遡って、この場所たどり着いたという。近くの淵の主(ぬし)に願をかけると、不思議に男女の縁が結ばれたという。その後、淵のあとである境内の池の葦の葉に恋の願いを書いた紙を結びつけると願いが叶うになったとのこと。


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2008年12月 3日 (水)

遠野物語 Ⅶ

「昔ある処に貧しき百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。また一匹の馬を養う。娘この馬を愛して夜になれば厩舎(うまや)に行きて寝(い)ね、ついに馬と夫婦になれり。ある夜父はこの事を知りて、馬を連れ出して桑の木に吊り下げて殺したり。 (中略) 死したる馬の首に縋(すが)り て泣きいたりしを、父はこれを憎みて斧を持って後ろより馬の首を切り落とせしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇り去れり。オシラサマというのはこのとき成りたる神なり。」 遠野物語69話より  北東北の広域にわたって、古くから人々に浸透している信仰に「オシラサマ」がある。

Cimg51412遠野の伝承園にあるオシラサマ。 オシラサマは、30センチくらいの桑の木でできた神様であり、本来馬型と人型で1対とされる。う~む、人馬1体か?(笑)  毎年「オセンダク」と呼ばれる布を着せられるという。----------------------------------------------------------------------------

Cimg51391伝承園のオシラ堂。 北東北各地のオシラサマが集められて展示してある。その数約1000体!!なんか異次元の空間にいるようだ。圧倒される。 オシラサマ、オクナイサマは、馬の神様、蚕の神様、農業の神様と言われている。

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2008年12月 1日 (月)

遠野物語 Ⅵ

『「山口の水車小屋」、 数多くの物語を伝えてきた山口の部落(集落)は、ぶんだ峠、界木峠の入り口にある坂の多い村でした。曲り屋を囲んで、アワ、ヒエ、豆畑が広がり、これらの脱穀や製粉のため水車は昼も夜も、ゴトゴトと音をたて粉塵を吹き上げ、静かな風景の中で力強い鼓動を響かせていました。』  佐々木喜善の生家の近く、水しぶきをあげて回る山口の水車小屋があります。

Cimg51471「山口村は、六角牛山(ろっこうしやま、1294メートル)に登る山口(登山口)なれば村の名となれるなり。」 遠野物語5話より。 NHK朝ドラの「どんど晴れ」にも登場したところで、日本の原風景が広がっている。心が浄化される場所である。---------------------------------------------------------

Cimg51502水車の取水口。 山口の水車小屋は、「遠野物語(あんべ光俊/飛行船)」のレコードジャケットの写真にも使われた。今でも、水しぶきをあげて回っている。

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2008年11月30日 (日)

遠野物語 Ⅴ

「小鳥瀬川(こがらせがわ)の姥子淵(おばこふち)の辺りに、新谷の家という家あり。ある日淵へ馬を馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外に遊びに行きし間に、河童出でてその馬を引き込まんとし、かえりて馬に引きずられて厩(うまや)の前にきたり、馬槽(うまふね)に覆われてありき。。。」 遠野物語58話より

Cimg51190名勝?カッパ淵。伝承園の近く、カッパ寺として有名?な常堅寺の裏手にある。-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg51241_2有名なカッパ淵。 こんな小川にカッパが住んでいたのだろうか。。。。(爆) 遠野のカッパは、赤い顔をしていたという。------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg51202常堅寺の狛犬。頭がカッパのように皿になっている! 「遠野の川には河童多く住めり。松崎村の川端の家にて、二代続けて河童の子を孕みたる者あり。生まれし子は切り刻みて、一升樽に入れ、土中に埋めたり。」 遠野物語55話より  なんと、恐ろしい話であろうか。。。。。(笑)----------------------

Cimg51324常堅寺。 昔、この寺が火事になったときに、近くに住んでいたカッパが現れて、頭の皿から勢いよく水をだして消火したとか。。。それ以来、カッパ寺と呼ばれるようになり、カッパの狛犬も作られたとのこと。


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2008年11月28日 (金)

遠野物語 Ⅳ

「土淵村に、ダンノハナという地名あり。その近傍にこれと相対して必ず蓮台野(デンデラ野)という地あり。60を越えたる老人はすべて、この蓮台野(デンデラ野)に追い遣るの習いありき。老人は、いたずらに死んでしまうこともならぬゆえに、日中は里へ下り農作しては口を糊(ぬら)したり。」 遠野物語111話より  ダンノハナとは、墓地のある丘の端という意味である。昔は、囚人の処刑場であったとのこと。。。。。

Cimg51441土淵村のデンデラ野。  蓮台に乗って死者が通る場所とのこと。ここは、村境の小高い丘で、眺めが良い。 かつては老人を捨てた場所であったらしい。。。っていうか、老人たちが集団で生活する場所かな??---------------------------------------------------------------------------------

Cimg51452デンデラ野に建つ藁小屋。 写真のような粗末な藁小屋を作って、死ぬまで生活していたらしい。。。。「山口、土淵辺りにては、朝に野良に出るを ハカダチといい、夕方、野良より帰ることをハカアガリというといえり。」 遠野物語111話より  やれやれ、いまより、なんと、生と死が間近にあったことか。。。。(笑)

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2008年11月27日 (木)

遠野物語 Ⅲ

「始めて早池峰に山路(やまみち)をつけたるは、附馬牛村(つくもうしむら)の何某という猟師にて、時は遠野の南部家入部の後のことなり。そのころまでは土地の者一人としてこの山には入る者なかりしと。」 遠野物語28話より  北上山地の最高峰早池峰山(1917メートル)は、修験道の山で一般人は登ることがてきなかったのである。

Cimg51331早池峰古参道跡。 有名なカッパ淵の近く、国道340号線沿いにある。ここは、昔の早池峰山登拝道の入口である。斜めになり、朽ち果てた鳥居と「早池峰大社」と刻まれた石碑が残されていた。鳥居の向こう側は畑になっていて、おじさんが畑仕事をしていた。。。。(笑)-----------------------------

Cimg51342鳥居ちかくの伝承園にある「佐々木喜善記念館」。遠野物語の元となった民話は佐々木喜善が集めたものである。遠野物語は、柳田と佐々木のコラボによって生まれた。 故郷の土淵村に戻り村長にもなったが、仙台に移住し不遇のうちに 48年の生涯を閉じたとのこと。 柳田は「この話はすべて遠野の佐々木鏡石(喜善)君より聞きたり。」と遠野物語の序文に記している。

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2008年9月 8日 (月)

遠野物語 Ⅱ

「遠野物語拾遺」11話と「遠野物語」91話に登場する「続石」。 古代の巨石文化の遺構とも墳墓とも、はたまた、弁慶が作ったとも、諸説が入り乱れている。(笑) 駐車場から山道を登ること15分くらい。場所的には、曲り屋の「千葉家」近くにあります。

Cimg5118遠野の「続石」、人工的に作られたものとの説も根強い。「鳥御前という鷹匠が、綾織村の続石とて珍しき岩の少し上の山に入り、赭(あか)き顔の男女と遭遇する。鳥御前が戯れに刃物を抜くと、たちまち赭き顔の男に蹴り飛ばされ、気絶してしまう。連れに介抱されて家に帰ると、自分は死ぬかもしれないが、このことは誰にも話すなといって、三日ほどで死んでしまう。山伏がいうには、山の神たちが遊んでいるところを邪魔した故、その祟りをうけて死んだという。」遠野物語91話より

Cimg5116幅7メートル、奥行き5メートルもの巨石群で、まるで、鳥居のようであった。絶妙なバランス(接しているのは、下の右側の石のみ、左の石の間には隙間があった!!)と圧倒的な存在感。氷河地帯ても、火山地帯でもないのに不思議だ!!


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2008年9月 7日 (日)

遠野物語 Ⅰ

「遠野の郷は、今の陸中上閉伊郡(かみへいぐん)の西の半分、山々に取り囲まれる平地なり。(中略) この地に行くには、花巻の停車場より汽車を下り、北上川を渡り、その川の支流 猿が石川の渓(たに)を伝いて、東の方へ入ること十三里、遠野の町にいたる。」 柳田國男著「遠野物語」1話より。 てな訳で、先日、20数年ぶりに遠野の町を散策してきました。
Cimg50941国指定の重要文化財になっている南部曲り屋の「千葉家」。 小高い丘の上にあり、これが農家か!?と思えるくらい、山城のような圧倒的な存在感があった。

Cimg50982曲り屋とは、L字型の農家のことで、東北地方独特のものである。東北は馬の産地。他の地域のように住居と厩(うまや)を別にしないで、住居のなかに厩を取り込んだのである。

Cimg51073千葉家の裏山にある神社。巨大な岩の間から清水が絶え間なく流れていた。千葉家の敷地は、800坪もあり、かつては、作男15人、馬20頭を有していたという。。。。信じられない!ほとんど城だ!!

Cimg51086遠野の郷は、昔から名馬の産地として知られていた。遠野には、いまでも多くの曲り屋が残っている。 

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