2019年7月11日 (木)

蔵王連峰 名号峰 (宮城県川崎町)

賽の河原~かもしか温泉~追分経由のコースが通行禁止だったため、刈田岳のレストハウスから蔵王山(熊野岳)~追分~名号峰(みょうごうほう)とプチ縦走をしたきました。下界は厚い雲が広がりどんよりとした天候でしたが、山の上は、薄曇りで晴れ間もあり、涼しくて最高のトレッキングができました。大満足です。 

レストハウス(8:00発)~蔵王山(熊野岳)~追分~名号峰(9:50着)  名号峰(10:30発)~レストハウス(12:30着) 休憩含む。約4時間30分のトレッキングでした。

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蔵王山(熊野岳、1840メートル)付近から見るお釜と南蔵王の山並み。雲海が広がっている。

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蔵王山(熊野岳、1840メートル)山頂

山頂の熊野神社に参拝してから名号峰に向かう。避難小屋から北蔵王縦走コースに入ると、誰もいなくなった。

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北蔵王縦走コースを望む。まるで広大な海原に浮かぶ島々だ。

この辺りもコマクサの群落地になっている。

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高山植物の女王コマクサ。

避難小屋の東側一帯の礫地にはコマクサの群落が展開していました。写真撮影をしているおじさん、おじいさんがたくさんいました。岩手山や秋田駒ケ岳のコマクサ群落と比べると規模や密度は劣りますが、けっこう見ごたえがあります。コマクサは蔵王を象徴する花です。

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北蔵王縦走コースから望む雲上の雁戸山(1485メートル)

誰とも会わないだろうと思っていたら、なんとこのあたりで、山形県側の蔵王ダムから登って来たというおじさんに出会いました。いやー、驚きました。なんかほっとしたというか、嬉しくなりました。少し話をして別れた後、すごいスピードで登っていきました。年齢は、わたくしと同じくらいのようでしたが、すごい健脚です。驚きました。

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「追分」にて。 ご覧のようにかもしか温泉経由コースは、ロープが張られていて通行禁止になっていました。栗駒山のように火山性ガスが発生している訳でもないのになぜでしょう?不思議です。(笑)

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名号峰(1491メートル)山頂にて。後方の山は雁戸山。

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名号峰山頂から蔵王山(熊野岳)方面を望む。

いつもとは逆で名号峰までは下りオンリーでした。帰りは登りオンリーです。やれやれ(笑)

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2019年7月 6日 (土)

義経寺 (青森県外ヶ浜町 旧三厩村)

義経寺(ぎけいじ)は、三厩(みんまや)漁港を見下ろす高台に建っている。 明治元年に、三厩の地に残る義経伝説にちなんで「義経寺」と呼ばれるようになったそうです。

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義経寺、津軽三十三霊場の19番目。  

義経主従は、蝦夷が島(北海道)に渡る際この寺に滞在したという・・・・

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義経寺からの展望。三厩湾が一望できる。

石段を登ってトップまで行くには一汗かきますが、展望がすこぶる良いので苦労が報われます。

この寺にたたずんで津軽海峡を眺めていると、義経主従は本当に北海道に渡ったのではないか!!と思えてくるから不思議です。まあ、さらに大陸に渡ってジンギスカンになったなんてのは荒唐無稽な話なんですが・・・(笑)

太宰の小説「津軽」には、義経寺ことが詳しく書いてあります。

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『「登つて見ようか。」N君は、義経寺ぎけいじの石の鳥居の前で立ちどまつた。松前の何某といふ鳥居の寄進者の名が、その鳥居の柱に刻み込まれてゐた。「うん。」私たちはその石の鳥居をくぐつて、石の段々を登つた。頂上まで、かなりあつた。石段の両側の樹々の梢から雨のしづくが落ちて来る。「これか。」石段を登り切つた小山の頂上には、古ぼけた堂屋が立つてゐる。堂の扉には、笹竜胆ささりんだうの源家の紋が附いてゐる。私はなぜだか、ひどくにがにがしい気持で、「これか。」と、また言つた。「これだ。」N君は間抜けた声で答へた。むかし源義経、高館をのがれ蝦夷へ渡らんと此所迄来り給ひしに、渡るべき順風なかりしかば数日逗留し、あまりにたへかねて、所持の観音の像を海底の岩の上に置て順風を祈りしに、忽ち風かはり恙なく松前の地に渡り給ひぬ。其像今に此所の寺にありて義経の風祈りの観音といふ。れいの「東遊記」で紹介せられてゐるのは、この寺である。私たちは無言で石段を降りた。「ほら、この石段のところどころに、くぼみがあるだらう? 弁慶の足あとだとか、義経の馬の足あとだとか、何だとかいふ話だ。」N君はさう言つて、力無く笑つた。私は信じたいと思つたが、駄目であつた。鳥居を出たところに岩がある。東遊記にまた曰く、「波打際に大なる岩ありて馬屋のごとく、穴三つ並べり。是義経の馬を立給ひし所となり。是によりて此地を三馬屋みまやと称するなりとぞ。」私たちはその巨石の前を、ことさらに急いで通り過ぎた。故郷のこのやうな伝説は、奇妙に恥づかしいものである』 (太宰治 「津軽」より)

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「堂の扉には、笹竜胆ささりんだう)ゅ源家の紋が附いてゐる。」とは、これである。

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義経主従は、義経寺前の浜から蝦夷が島(北海道)に渡ったという・・・・・

今は「義経海浜公園」として整備されている。

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2019年7月 5日 (金)

竜飛崎 (青森県外ヶ浜町)

今回の旅の最大の目的地竜飛崎にやっとたどり着きました。天候にも恵まれ、北海道をまじかに見ることができました。良かったです。

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竜飛崎から望む。

竜飛崎付近は標高100メートル前後の高台になっていて大地の東側からは、竜飛漁港やその向こう側に北海道の山やみが大きく一望できる。

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津軽国定公園竜飛崎にある「津軽海峡冬景色」の歌碑。歌碑の前のボタンを押すと

「ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと
見知らぬ人が 指をさす
息でくもる窓のガラス ふいてみたけど
はるかにかすみ 見えるだけさよならあなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする 泣けとばかりに
ああ 津軽海峡冬景色・・・・・」

と石川さゆりの「津軽海峡冬景色」が大音響で流れます。(笑)

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国道339号線、通称「階段国道」  この国道を100メートルくらい下っていくと竜飛漁港にでる。

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竜飛漁港、竜飛の集落。 高台に見える建物が「ホテル竜飛」。ここから300メートルくらい行ったところに太宰の文学碑がある。

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竜飛漁港にある太宰の文学碑。

太宰治をして「ここは本州の極地である。この部落を過ぎて道はない。ここは本州の袋小路だ。」と言わせた漁村である。現在でもその面影は失われいてないようだ。やれやれ。

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『「竜飛だ。」とN君が、変つた調子で言つた。
「ここが?」落ちついて見廻すと、鶏小舎と感じたのが、すなはち竜飛の部落なのである。兇暴の風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまりになつて互ひに庇護し合つて立つてゐるのである。ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。』  (太宰治 「津軽」より)

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太宰が一泊した本州最北の宿、旧奥谷旅館。今は竜飛崎の案内所になっている。 

数日を要した太宰の津軽の旅は、毎日が宴会、酒びたりの旅だったようです。(笑)

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「露路をとほつて私たちは旅館(奥谷旅館)に着いた。お婆さんが出て来て、私たちを部屋に案内した。この旅館の部屋もまた、おや、と眼をみはるほど小綺麗で、さうして普請も決して薄つぺらでない。まづ、どてらに着換へて、私たちは小さい囲炉裏を挟んであぐらをかいて坐り、やつと、どうやら、人心地を取かへした。「ええと、お酒はありますか。」N君は、思慮分別ありげな落ちついた口調で婆さんに尋ねた。答へは、案外であつた。「へえ、ございます。」おもながの、上品な婆さんである。さう答へて、平然としてゐる。N君は苦笑して、「いや、おばあさん。僕たちは少し多く飲みたいんだ。」「どうぞ、ナンボでも。」と言つて微笑んでゐる。

(中略)

六本のお酒が、またたく間に無くなつた。
「もう無くなつた。」私は驚いた。「ばかに早いね。早すぎるよ。」
 「そんなに飲んだかね。」とN君も、いぶかしさうな顔をして、からのお銚子を一本づつ振つて見て、「無い。何せ寒かつたもので、無我夢中で飲んだらしいね。」「どのお銚子にも、こぼれるくらゐ一ぱいお酒がはひつてゐたんだぜ。こんなに早く飲んでしまつて、もう六本なんて言つたら、お婆さんは僕たちを化物ぢやないかと思つて警戒するかも知れない。つまらぬ恐怖心を起させて、もうお酒はかんべんして下さいなどと言はれてもいけないから、ここは、持参の酒をお燗して飲んで、少し間まをもたせて、それから、もう六本ばかりと言つたはうがよい。今夜は、この本州の北端の宿で、一つ飲み明かさうぢやないか。」と、へんな策略を案出したのが失敗の基であつた。」 (太宰治 「津軽」より)

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竜飛崎の先端付近。 先端付近からは、津軽海峡を挟んで、竜飛崎灯台、北海道の山並みが大きくみえる。

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同じく竜飛崎先端付近からの眺め。 南の日本海側に目を向けると、岩礁と岬を交錯させた竜飛裏海岸と小泊岬まで一望できる。

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2019年7月 4日 (木)

亀ヶ岡遺跡・十三湖 (青森県つがる市)

新青森駅からレンタカーで、斜陽館→木造駅→亀ヶ岡遺跡→十三湖→竜飛岬→義経寺→蟹田→新青森駅と津軽半島をほぼ一周してきました。太宰治の小説「津軽」のコースの逆コースです。約200キロ! けっこう強行軍でした。(笑)

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JR木造駅の巨大な遮光器土偶、通称「しゃこちゃん」(笑) いやー、まじかで見るとすごいです。圧倒的な存在感。巨大です。この土偶は、東京国立博物館に所蔵されていて重要文化財になっています。左足がついていたら間違いなく国宝になっていたでしょう。

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亀ヶ岡遺跡の説明板。 

亀ヶ岡遺跡は、およそ12,000年続いた縄文時代の晩期(3,000年~2,300年前)にあたる遺跡です。ここからは、工芸品ともいえる大量の漆器が出土して注目を集めました。この辺りは、当時の日本で最も栄えた文化・亀ヶ岡文化の中心地だったようです。 ちなみに、ここは中学生のころから行ってみたいと思ってたところでした。やっと、行くことができました。良かったです。

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亀ヶ岡遺跡。

当時の北東北は、亀ヶ岡文化に象徴されるように日本で最も栄えたところでした。このあたりが、世紀の偽書と言われる「東日流外三郡誌」(つがるそとさんぐんし)が書かれた遠因になっているのでしょう? 「東日流外三郡誌」(つがるそとさんぐんし)では、アラハバキ民族・アラハバキ神=遮光器土偶「しゃこちゃん」になっていましたね。(笑)

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十三湖湖畔、元祖「しじみラーメン」の和歌山。 後方にみえるのが、太宰が小説「津軽」のなかで「人に捨てられた孤独の水たまりである」と書いた十三湖である。

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「やがて、十三湖が冷え冷えと白く目前に展開する。浅い真珠貝に水を盛つたやうな、気品はあるがはかない感じの湖である。波一つない。船も浮んでゐない。ひつそりしてゐて、さうして、なかなかひろい。人に捨てられた孤独の水たまりである。流れる雲も飛ぶ鳥の影も、この湖の面には写らぬといふやうな感じだ。」  (太宰治 「津軽」より)

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和歌山の元祖「しじみラーメン」。 大粒のしじみがたっぷり入っていて絶品でした。美味かったです。いわゆるシーフードラーメンよりは、遥かに美味いです。

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2019年7月 3日 (水)

太宰治記念館「斜陽館」(青森県五所川原市金木町)

先週、JR東日本の大人の休日俱楽部パスとレンタカーを使って、津軽半島を周ってきました。天候にも恵まれ最高の旅でした。

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明治40年、津軽の大地主・大富豪の津島源左衛門(太宰の父)が今の金額にして約10億円をかけて建築した入母屋造りの大豪邸である。 旅館「斜陽館」として営業していたものを町が買い取り1億円以上をかけて解体修復し、建築当時のままの姿によみがえらせたという。圧倒的な存在感。素晴らしい!!  まるでミニ岩崎邸である。(笑)

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内部の階段も豪華。米蔵にいたるまで日本三大美林のヒバを使っているという。

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津島家の仏壇。これも豪華絢爛!! ほとんど金色堂です。(笑)

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泉水を配した庭園。 太宰はこの家を「苦悩の年鑑」の中で「この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何もない、ただ大きいのである」と書いている。でも今は、国指定の重要文化になっている。太宰も喜んでいるでしょう?(笑)

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2019年6月12日 (水)

焼石岳 (岩手県奥州市胆沢区)

焼石岳(1548メートル)のハクサンイチゲの大群落を見に行ってきました。涼しくて、天候にも恵まれ気分爽快最高のトレッキングができました。

東焼石岳には、広大な花園が広がっていました。まさに「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」です。ハクサンイチゲの大群落は、えぶり江差岳や平標山などが有名だそうですが、この焼石岳の大群落は、それらを上回る規模とのこと。

中沼登山口の駐車場に着いた頃には、すでに10数台の車が停まっていました。人気のほどか伺えます。今週末は混雑するでしよう。

中沼登山口(7:30発)→銀明水→焼石平分岐→焼石岳山頂(11:00着)  山頂(11:30発)→焼石平分岐→東焼石岳山頂→焼石平分岐→銀明水→中沼登山口(15:00着) 休憩含む。 約7時間30分のトレッキングでした。

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ハクサンイチゲの大群落! 期待通りの見事な景観!!足がほとんど進まない! 素晴らしい!の一言です。後方は焼石岳山頂。

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清々しい中沼。鳥のさえずりに耳を傾け、周囲に咲く花々を楽しみながら緩やかな道を登り進む。

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中沼と上沼と境付近。この辺りは水生植物の見事な景観が展開します。

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つぶ沼コースとの合流地点。5メートル以上はあるでしょうか、巨大な雪の壁がありました。前回登ったときよりも かなり大きい壁です。

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でも安心して下さい。垂直な雪の壁にスコップで足場が掘られていて、ロープもあり、少しスリリングですが簡単に登れます。

足場が崩れても大丈夫なように、下にスコップがおいてありました。親切ですね。気配りが行き届いています。(笑)

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焼石平の分岐から山頂を望む。この辺りにも今が盛りと多くの高山植物が競い合うように咲いていました。

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焼石岳(1548メートル)山頂にて。遠方は、曇っていて眺望はイマイチでした。

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東焼石岳(1507メートル)山頂。このあたりも花園が広がっています。

東焼石岳、ハクサンイチゲの大群落。広大な花園が広がっていました。まさに「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」です。 

ハクサンイチゲの大群落は、えぶり江差岳や平標山などが有名だそうですが、この焼石岳の大群落は、それらを上回る規模とのこと。

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2019年5月23日 (木)

月山スキー場 (山形県西川町)

昨日(5/22)2週続けて月山スキー場に行ってきました。天候、晴れで無風、暑くもなく寒くもなく、最高のスノーボード日和でした。雪は、とんでもないくらい大量にあり、余裕で7月末のクローズまで滑れるような状態でした。 今回は、月山特有の腐れ雪対策として普段あまり使用したことのない「ロッカーボード」を持っていきました。これが完璧にハマりました。月山特有の腐れ雪に完璧にフィットしてストレスなく爽快に滑ることができ、大満足でした。良かったです。 シニア1日券を購入し8時30分過ぎから13時30分頃まで滑ってきました。

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月山リフト下駅。

中国や韓国からと思われる団体さんが多く来ていました。わいわいがやがやと賑やかでした。

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沢コース下部付近。 朝日連峰の雄大な景観が素晴らしい。

ロッカーボードは、操作性が高いため久しぶりに使うとちょっと戸惑います。しかし、慣れてくるとキャンバーボードよりもエッジが引っ掛かりにくいし、腐れ雪でも雪面にエッジが噛みにくいため省エネで、ストレスなく爽快に滑ることができます。月山にはロッカーボードがよく似合う!(笑)

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同じく沢コース下部付近。 リフトを利用しないで月山を目指すスキーヤー、登山者も数人いました。

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沢コース中間付近。

この辺りは、左右がほどよいバンクになっているので、ジグザグにハーフパイプのような滑りができます。いやー面白かったです。夢中になって滑っていました。おかげで足腰がボロボロです。やれやれ (笑)

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向かって右側には、圧倒的な積雪量を誇る広大なオープンゲレンデが展開する。誰でも思いのまま自由にコースを選択できる。

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「モーグル ジャパン」の合宿が行われていました。 

しばらく見学していましたが、まじかで見るとすごい迫力があります。 アナウンスで紹介していましたが、25年くらい前に「サロモン スキーナウ」に出ていた「モヒカン小林」がコーチとして来ていたそうです。多分、下で選手のビデオ撮影をしていた おじさんが「モヒカン小林」ですね。 「サロモン スキーナウ」は、毎週欠かさず見ていました。いやー、懐かしいです。 

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2019年5月16日 (木)

月山スキー場 (山形県西川町)

昨日(5/15)、「都会に夏を感じたら月山スキー場!」 ということで月山スキー場に行ってきました。 毎週のように用事が続き、なんと37日ぶりのスノーボードになってしましました。 

月山は、朝方は曇っていましたが、終日風もなく穏やかに晴れ上がり暑くもなくほどよい陽気でした。 雪質は最悪でした。谷筋のコースは、まずまずでしたが、他は大雨の影響でいたるところに縦溝が走り、でこぼこ、ガタガタ状態でした。やれやれ。  
シニア一日券を購入して、9:00~13:30分頃まで滑ってきました。 帰りには、いつものように「道の駅 にしかわ」の温泉 (水沢温泉) により疲れを癒し、ビール好きのかみさんのために「月山地ビール」を買ってきました。

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リフト上駅付近。「令和の鐘」だそうです。

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リフト上駅付近。
コブフリークのスキーヤーや団塊の世代のジィジ、バァバ スキーヤーが多く来ていました。みなさん元気です。アクティブです。わたくしよりも遥かに元気です。(笑)    雪質が悪かったからでしょうか? なぜかスノーボーダーは少なかったです。

10時過ぎ頃になると、平日なのにリフト待ちができるほど混雑してきました。やれやれ。

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谷筋のコースにて。

荒れてくる前は、ストレスもなく爽快に滑ることができました。満足です!!

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姥ヶ岳山頂 (1700メートル) より月山を望む。 

リフトを使って5本くらい滑った後、ラストは姥ヶ岳山頂から駐車場まで滑るぞー と思い、ボードを背負ってハイクアップ開始! 
2時間くらい滑った後のハイクは、かなり疲れましたが、姥ヶ岳山頂からは磐梯朝日国立公園の雄大で素晴らしい景観を眺めることができ、疲れが吹き飛びました。大大満足です。

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同じく姥ヶ岳山頂 (1700メートル) より月山を望む。

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同じく姥ヶ岳山頂 (1700メートル) より月山を望む。

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ちょっと休憩!というか、なんども休憩しながらのランでした。はるか下の方に駐車場が見えます。  
例年のように、ザラメ状の広大な斜面を期待していたのですが 期待は見事に裏切られました。(笑) 大雨のためか縦溝がいたるところにはしり、でこぼこ、ガタガタ状態の斜面が展開していました。滑っていると太腿や腰が痛くなってきて難儀しました。やれやれ。

気分爽快なロングクルージングとはほど遠い状態でしたが、一ヶ所だけザラメ状のフラットな斜面が残っていたのがせめてもの救いでした。 

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2019年5月13日 (月)

ザ・ローリング・ストーンズ展 Ⅱ

「2016年4月、ロンドンを皮切りに、ニューヨーク、シカゴ、ナッシュビル、シドニーなど世界各地で大旋風をまきおこしている「ザ・ローリング・ストーンズ展」がアジアで唯一、東京での開催が決定!! ザ・ローリング・ストーンズが自らプロデュースするこの企画展は・・・・・」 パンフレットより

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「ザ・ローリング・ストーンズ展」のパンフレット

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伝説的なギターの貴重なコレクション

#ザ・ローリング・ストーンズ 『シーズ・ア・レインボー』

 

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2019年5月10日 (金)

ザ・ローリング・ストーンズ展

東京2日目は、ロック・ポップスには興味のないかみさんとは別行動になり、わたくしは五反田のTOC五反田で開催されている「ザ・ローリング・ストーンズ展」 に行ってきました。世界の主要都市巡り、アジアでは唯一ここ東京のみの開催です。入場料3,500円と展覧会にしては、高かったのですが、その値段に見合う満足感がありました。会場のいたるところでストーンズのヒット曲が流れていて気分を盛り上げてくれます。まさに「サティスファクション」大満足でした。(笑) 

館内は、全展示物、写真、動画も撮影OKでよかったです。

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オープン前に行ったのですが、すでに多くの人が並んでいました。

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入ってすぐの展示。マルチビジョンスクリーンにストーンズの関連の映像が彼らのヒット曲とともにランダムに流されています。もう最初からワクワク、ドキドキの連続でした。

 

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貴重な楽器のコレクション。 

ヴィンテージギターのコレクション、実際に使用した楽器、作詞ノート、ツアーやバックステージにまつわる品々、アルバム・アート、ステージ・デザイン、メンバーの日記や手紙などプライベート・アーカイヴなど500点を超えるストーンズ・アイテムが展示されています。圧巻でした。

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再現されたスタジオで。 これは彼らの初期のスタジオでロンドンにあるオリンピック・サウンド・スタジオを再現したもの。

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アレキサンダー・マックイーン、プラダ、ディオール、グッチなど、1960年代から現在まで、超一流デザイナーが手掛けたステージ衣装が70点ほど展示されていました。

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