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2026年5月 6日 (水)

玉取展望台・八重山博物館・大浜 津波大石 (沖縄県石垣市)

同じく旅行2日目、平久保崎を後にし玉取崎展望台を見学後、石垣市内に戻り 八重山博物館と石垣島南部の大浜地区に行ってきました。

石垣島は、1771年の八重山地震による大津波 (明和の大津波) で壊滅的な被害を受けました。なんと、島民の約8割にあたる約9,000人が亡くなったのです。特に被害の大きかった、南部の大浜地区はぜひ行ってみたいと思っていました。

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玉取崎展望台

今 行ってきたばかりの平久保崎方面を望む。サンゴ礁の海が美しい。ここからは、太平洋と東シナ海が一望できる。石垣島屈指の撮影スポット。ぼーっとしながらしばらく眺めていました。心が洗われる美しさです。

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野底岳 (野底マーペイ) を望む

玉取展望台から車で少し登ったところにある展望台にも寄ってみました。野底岳 (野底マーペイ) は、まるでマッターホルンのような鋭角の山。見応えがあります。

車で走りながら見てきましたが、北西方向から見るとまさにマッターホルンです。

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石垣市立八重山博物館

八重山諸島の歴史や民族に関する資料を展示。沖縄本島とは違う歴史や暮らしにふれることができました。

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石垣市立八重山博物館内にて

八重山諸島の人々の昔の生活を垣間見ることができる、考古学資料や民具や祭祀道具なども展示。さらに文化財指定の陶磁器などの美術工芸品も展示してあり多彩。見応え十分でした。

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八重山地震 (明和地震) ・大津波のコーナー

八重山諸島では、 1771年の八重山地震の大津波によって、15の村が流され 死者行方不明 約1万人に達したそうです。人口の約三分の一が失われたとのこと。人口が3万人の地域で 15村が消失し、死者行方不明 約1万人とは なんと怖ろしいことでしょうか。 文明が滅ぶような大災害でした。

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宮良殿内 (みやらどんち) 

八重山博物館近にある琉球王朝時代の士族屋敷で、国の重要文化財。江戸時代の1819年に建てられたとのこと。

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宮良殿内内部

なんと火曜日なのに休館日。内側を見学することができませんでしたので、こちらをどうぞ。

庭から見るだけでも、荘厳な雰囲気が伝わってきます。

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大浜地区の「津波大石」(国指定 特別天然記念物)

長さ12メートル、高さ6メートル、推定重量1,000トンの巨岩。 

明和の大津波では、 なんと転がされて移動していたことが分かったそうです。1,000トンもの巨岩が転がるほどの大津波!!  東日本大震災の津波以上の大津波が八重山を襲ったのでしょう。改めて津波の恐ろしさを実感しました。

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同じく「津波大石」

このサンゴ石灰岩の巨岩は、明和の大津波によって運ばれたものではなく、約2,000年前に発生した大津波によって運ばれたものであることが 最近の研究によって判明したそうです。

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八重山の英雄「オヤケ アカハチの銅像」 (大浜地区)

1500年頃の人物とのこと。当時、八重山は 琉球王国に重税を課せられていて、多くの住民が苦しんでいました。そこに登場したのが若き戦士のアカハチ。彼は 住民を率いてゲリラ戦を展開し、琉球王国にたいして徹底抗戦 (アカハチの乱) をしかけました。しかし、圧倒的な軍事力を誇る琉球王国軍に敗れ、最期は処刑されたそうです。

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「大浜火の神 番所」

大浜地区の祭祀は、ここから始まり、毎年旧暦6月には豊作への感謝を祈願する豊年祭が盛大に行われるとのこと。

大浜地区には、御嶽 (オン) と呼ばれる拝所が4カ所並んでいました。

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「大石御嶽」

これは 明和の大津波後に波照間島から強制移住させられた人々が、故郷の波照間島の大石御嶽を分神して祀ったものだそうです。

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石垣牛の盛り合わせ+中華ビュッフェ 5,500円

石垣島で一番食べたかったのが石垣牛。

そんなわけで 今日の夕食は、ホテルにある焼肉中華 「はるさー」 で、こちらとオリオンビール、さんぴんハイ (泡盛をジャスミン茶で割ったもの) をいただききました。

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石垣牛の特上カルビ 2,500円

最高に美味かったので、こちらを追加しました。まさに至高の味。大満足です。

「石垣牛は美味いねー!」 と言ったら、「石垣島は冬でも暖かいですからね、ミネラル (海からの) をたっぷり含んだ 青々とした牧草を年中食べているから美味い肉になるようです。」 とスタッフの方は教えてくれました。なるほど! と納得。

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