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2025年6月10日 (火)

四天王寺 (大阪市天王寺区)

大阪市立美術館の 「日本国宝展」 を鑑賞後、近くにある四天王寺に徒歩で向かう。約15分くらいで到着。四天王寺は、飛鳥時代に聖徳太子が建立した寺院なので、以前からぜひ訪れたいと思っていました。今回、やっと参拝することができ感無量です。

『曽我・物部合戦に際して太子は、四天王像を彫って勝利を祈願する。勝利を得たので玉造に寺院を創建して像を安置した。593年 (推古天皇1) に難波の現在地に移建して四天王寺を建立。 寺院は焼失と再建を繰り返したが、建立した当時の様式は現在も守られている。中門・塔・金堂・講堂が南から北へ一直線に並ぶ様式は、四天王寺様式と呼ばれる。』 (パンフレットより)

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重要文化財 「石の鳥居」 鎌倉時代

現存する石の鳥居としては、最古級とのこと。焼失と再建を繰り返してきた四天王寺では、最も古いものでしょう。

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右から五重塔、金堂、講堂と一直線に並んでいます。

四天王寺のほぼ全ての建物は、大阪空襲によって焼失。これらの建物は、戦後に再建されたものです。

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四天王寺の説明板

南から北へ一直線に並んだ伽藍配置がよく分かります。この「四天王寺式伽藍配置」は、法隆寺よりも古い様式のようです。しかも、1400年の間に8回も焼失と再建を繰り返されたにも関わらず、一度もこの伽藍配置を変えなかったのです。普通ならどこかで変わってしまいそうですが、とても不思議です。 聖徳太子のオカルト的パワーのおかげかも??(笑)

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戦後に再建された 「聖霊院太子殿」

聖徳太子を祀る堂で、奥殿には秘仏の聖徳太子像が安置されてるとのこと。

先ほど観てきた、大阪市立美術館の「日本国宝展」では、「大阪ゆかりの国宝ー大阪の歴史と文化」というコーナーがあり、四天王寺収蔵の国宝も多く展示されていました。見応えがありました。 ちなみに、国宝数が多い都道府県は、東京、京都、奈良の次が大阪とのこと。 

あっぱれ大阪!!!(笑)

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国宝「扇面法華経冊子 (せんめんほけきょうさっし) 」 平安時代

(大阪市立美術館内は、一切撮影禁止だったのでこちらをどうぞ)

四天王寺収蔵の見事な国宝。雲母や金、銀の箔をふんだんに使って描かれたとのこと。かなり傷んでいたようですが、文化庁、宮内庁などによる「紡ぐプロジェクト」の助成により修復されて見事に蘇りました。

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戦後に再建された「仁王門  (南大門) 」

この門を入ると、南から北へ五重塔、金堂、講堂と一直線に並んで配置されています。

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講堂の右奥にある「亀井堂」  内部は撮影禁止

ここが四天王寺では、最も神聖な場所だと思いました。いわゆるパワースポットですね。 ロウソクをともし、線香をあげて手を合わせてきました。

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亀井堂の 「亀井水」

(撮影禁止だったのでこちらをどうぞ)

これは、4月に見てきた飛鳥の「亀形石造物」と全く同じものとのこと。 しかも、近くにある亀ノ池には、飛鳥の石神遺跡と同じような霊水を噴出させる噴水施設があったとのこと。驚きました。飛鳥と同じように、当時の四天王寺では、ここで重要な宗教的祭祀が行われていたのでしょう。

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4月に飛鳥で見てきた「亀形石造物」

この辺りは、天皇家の祭祀が行われた重要な場所だったのではないかとのこと。また、亀形石造物を含む酒船石遺跡一帯は、日本書紀にも記載されている 「両槻宮 (ふたつきのみや)」 ではないかとする説もあるようです。

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四天王寺の 「亀井水」 と飛鳥の 「亀形石造物」 を比較した図面。

飛鳥尺で造られたこれらは、寸法も縦横の比率も全く同じとのこと。四天王寺伽藍と同じように、ここでも1400前のものと全く同じ創建当初の様式が、現在も守られいるのでしょう。

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