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2025年5月

2025年5月27日 (火)

東寺 (京都市南区)

旅行4日目、二泊したグランヴィリオホテル奈良 和蔵を8時30分に出発し、奈良の新大宮に向かう。レンタカーショップで車を返却し、その後近鉄京都線で京都駅に戻り、コインロッカーにバックパックを預け、徒歩で東寺に向かう。東寺見学後、京都駅に戻り昼食をとり、お土産を購入。休憩後、新幹線に乗り込み 大好きな奈良・関西に別れを告げた。

今回の旅行で どこに行っても目に付いたのが、65歳前後の男性の一人旅でした。 みなさん、わたくしと同じように、比較的空いていて 新幹線・飛行機など各種割引のきくゴールデンウイーク前を狙って旅行をしているようでした。もちろん、どこに行っても外国人観光客は大勢いましたが・・・・・以前、読売新聞にこんなことが載っていました。

『最近、定年後に 「卒業旅行」 を楽しむ話を多く耳にする。民間会社の調査では、一人旅が3割を超え、ホテル・旅館は多数のお一人様プランを打ち出す。一人の時間を強いたコロナ禍が、風の向くままの一人旅を選ぶ 「新しい非日常」 をもたらしたといえる。 一人旅にハプニングはついて回る。 ウォーキングやプールで足腰を鍛え、英会話を学んで備える年配の方も増えている。いくつになっても新しい何かに挑む姿が心強い。  「旅行は自分の学校」と称したアンデルセンは、 「わたしにとって旅は精神の若返りの泉である」 と自伝に記した。湧き上がる好奇心に勝る、若返りの薬はないということだろう。』 

「旅行は自分の学校」ですか!! なるほど!と思いました。

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「京都タワー」  JR京都駅に到着

奈良旅行の最終日は、どこに行くか特に予定はしていなかった。午後まで時間があったので、前回 時間がなくて行けなかった東寺に行ってみることにしました。

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東寺の五重塔が迫ってきます。

京都駅からも近い東寺には、徒歩15分くらいで到着。

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九条通りの 「南大門」

東寺、正しくは「教王護国寺 (きょうおうごこくじ) 」 といいます。 

『弘法大師空海の魂が息づく日本初の真言密教の根本道場。密教美術の宝庫として知られ、なかでも空海が寺院の造営に際して最も力をそそいだ 「立体曼荼羅 (りったいまんだら) 」 は有名。』  (パンフレットより)

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国宝 「金堂」  安土桃山時代

1603年に豊臣秀頼が再建したもの。ここに安置されている本尊の 「薬師三尊像」 (重文) は見事でした。

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国宝 「五重塔」 江戸時代前期

三代将軍 徳川家光によって再建されたもので 高さが55メートル。言わずと知れた、京都のシンボル・ランドマークです。 絵はがきのような写真ですみません。(笑)

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国宝 「立体曼荼羅」 (一部重文) 平安時代

(講堂内は、一切撮影禁止だったので こちらをどうぞ。)

東寺の中心、講堂にずらりと安置されていた21体の仏像群は、超神秘的で迫力満点でした。

密教独特の特異な仏像が並ぶ立体曼荼羅は、空海が真言密教の宇宙観・世界観や教えを視覚的に表現したものだそうです。そうなんですか!! でも凡人であるわたくしが見ても、さっぱり分かりませんでしたね。(笑)

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国宝 「両界曼荼羅図 (りょうかいまんだらず)  胎蔵界」 平安時代

(宝物館内は、一切撮影禁止だったので こちらをどうぞ。)

宝物館に展示してあった、これは必見だと思います。まさに息を吞む素晴らしさ。普段は非公開ですが、偶然にも春の特別公開期間中だったので、観ることができました。超ラッキーです。 宝くじが当たるとか?  なにかいいことがあるかもです!!(笑)

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国宝 「両界曼荼羅図  金剛界」 平安時代

絹織物のキャンバスに描かれた、日本最古の極彩色 曼荼羅図。 色鮮やで、とても1100年以上前に描かれたものとは思えませんでした。素晴らしいですね。

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京彩弁当 (ちりめん山椒)  2780円

旅行4日目 最後のランチは、京都駅1Fの 「くらま  アスティ京都店」 で こちらをいただいてきました。生湯葉刺身、鴨のロース煮、海老の湯葉巻き揚げ、生麩田楽など、京都を代表する九彩が素晴らしい!!  どれもこれもすべてが絶品でした。美味かったです。高いだけのことはありましたね。(笑)

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2025年5月24日 (土)

飛鳥資料館 (奈良県明日香村)

同じく旅行3日目、最後に訪れたのは、奈良文化財研究所の 「飛鳥資料館」 でした。

飛鳥資料館は、国立奈良文化財研究所が運営する、飛鳥地方の古代史について概観できる歴史系の博物館。飛鳥地方のすべての発掘品などが展示されていると言っても過言ではないでしょう。飛鳥時代に関する遺物・情報を分かりやすく展示しており、古代史に興味のない方でも楽しめる施設。特に、お勧めなのが、奇跡的に発掘された当時の木材を使って復元された山田寺東回廊や高松塚古墳、石神遺跡からの出土品、古代飛鳥京のジオラマです。時間がなくて飛鳥地方を回れない人には、絶対お薦め。なにより、65才以上は無料!! なのがいいですね!!(笑)

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「飛鳥資料館」

桜井市との境に位置し、青空展示室になっている広い庭園には、飛鳥に点在する石造物を実物大で再現しています。

『はじめての飛鳥、はじまりの飛鳥。 飛鳥は今から1400年前、約100年にわたって都が置かれたところです。日本という国家が形づくられていった時代。大陸からもたらされた新しい思想や文化や技術をもとに、飛鳥では 「日本ではじめて」 のものが多く生まれました。発掘調査から明らかになった 「日本のはじまり」 の姿を飛鳥資料館でお楽しみください。』 (パンフレットより)

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「須弥山石 (しゅみせんいし) 」 を復元したもの

明治時代に近くにある石神遺跡から出土したもので、取り入れた水が四方に出る噴水構造になっています

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実物の 「須弥山石」

資料館には、本物の須弥山石が展示されていました。

須弥山石は 斉明天皇が、北方の蝦夷や外国人使節団をもてなすために造った庭園の噴水施設だったそうです。

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「石人像」 (石神遺跡出土) を復元したもの

石神遺跡は、北方の蝦夷や外国人使節団をもてなす迎賓館だったそうです。ここの庭園にあったのが「石人像」と「須弥山石」で、噴水として使われました。硬い花崗岩に細い穴をあけるのですから高度な技術をもっていたのでしょう。

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実物の「石人像」

やっぱり、どこからも見てもシルクロード系というかイスラム・ペルシャ系の風貌ですね。斉明天皇の頃の飛鳥には、多くの外国人使節団が来ていたそうですから、当然イスラム・ペルシャ系の使節団も来ていたのでしょう。

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復元された山田寺東回廊

第二展示室のこちらが、一番のお勧め。

蘇我氏が手がけた最古の寺院 山田寺の発掘で、東回廊が当時のままの状態で発掘されたのです。奇跡だと思いました。これらを保存処理して展示してあるので観ることができます。また、発掘された当時の木材を使って、山田寺東回廊を復元展示。半端ない見応えでした。

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第一展示室にて

ここでは、飛鳥地方の寺院、宮殿、古墳などの遺跡から出土した実物資料が多数展示してありました。

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奈良万葉文化館近くの食堂兼お土産店

なんとここでは、飛鳥の「蘇 (そ) 」 が お土産として売っていました。  「平城京いざない館」 のガイドさんが、 「飛鳥では 今でも蘇を作っています。」 と話していましたが、お土産で売っているとは思ってもいませんでした。しかし、「要冷蔵」だったので買うのを断念。古代のチーズ 蘇は、次回行ったときに食べてみましょう。

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2025年5月22日 (木)

飛鳥のミステリアス石造物と大和三山 (奈良県明日香村・橿原市)

同じく3日目、飛鳥地方と言えば「ミステリアスな石造物」でも有名です。その代表的なものを観てきました。

飛鳥地方の古墳や遺跡、史跡などを巡るのは 楽しかったです。歴史好き、古代史好きのわたくしにとって、飛鳥地方は夢のような場所。今度来た時には、数日滞在してすべての古墳や遺跡などを観て回りたいと強く思いました。

『土木工事と巨石を好んだという女帝・斉明天皇。飛鳥時代、斉明天皇は飛鳥を不老不死の都にしようとしていた。その時代を彷彿させるのが酒船石遺跡です。平成12年の発掘で亀形石造物や小判形石造物、石垣、排水溝の土管、石樋などが発掘されており、これらのことから酒船石遺跡は、巨大な祭祀空間だったと想定されています。』 (パンフレットより)

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国指定の史跡 「酒船石遺跡」

奈良万葉文化館前の丘陵地の頂にあるのが酒船石です。奈良万葉文化館の駐車場から竹藪の中の坂道を登って5~6分で到着。

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飛鳥の 「酒船石」

酒船石は 飛鳥地方を代表する石造物の一つ。長方形に近い形の花崗岩で、長さ5.3メートル、幅2.27メートル、厚さ1メートルの平坦な石の上に奇妙な溝が彫られています。平らに加工された表面には、円、隅丸方形、楕円のが窪みが彫られ、それらを直線の溝で結ぶ不思議な模様があります。ことから酒造りに使用されたのではないか? と考えられ、この名が付きました。用途はいまだに謎とのこと。

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飛鳥の 「酒船石」 後方部分

元はもっと大きな石造物だったそうですが、石材としてに利用するために、割られて三分一くらい持ち去られたそうです。くさびの痕が生々しく残っていました。石舞台古墳でもそうでしたが、非常に残念なことです。遺跡・遺物は一度壊してしまうと元には戻りません!! 

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「亀形石造物」

酒船石のある小高い丘陵地から少し下ったところにあります。 

平成12年の発掘で発見された遺跡で、天皇家の祭祀が行われた重要な場所だったのではないかとのこと。また、酒船石遺跡一帯は、日本書紀にも記載されている 「両槻宮 (ふたつきのみや)」 ではないかとする説もあるようです。

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「亀形石造物」 の説明版

亀形石造物も含めて、奈良万葉文化館前の丘陵地一帯が酒船石遺跡です。

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飛鳥の 「亀石」

ちょっと分かりずらい場所にありますが、訪れると そのユニークな存在感に圧倒されます。ユーモラスで、何となく親しみを覚える不思議な魅力の巨大な亀石。飛鳥地方のアイドル的存在が人気を集めています。 飛鳥時代のものと言われていますが、誰が何のために造って、この場所に置いたのかは分かっていないとのこと。まさにミステリアス。

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史跡 「益田岩船」 の説明板

団地の裏山に位置し、ここから急な坂道・登山道を5~6分登ったところに存在します。

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「益田岩船」

大きさは、東西11メートル、南北8メートル、高さ4.7メートル、重さは、なんと800トンもあるという花崗岩の超巨石。上部は丁寧に加工されていて四角い穴が開いています。飛鳥時代に造られたものだそうですが、誰が何のために造って、ここに置いたのかは、全くの謎とのこと。

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「益田岩船」側面より

あまりメジャーではない益田岩船ですが、この石造物は必見だと思いました。百聞は一見に如かず、写真や動画で見ていても始まらない。とにかく、現地で実物を観ること。 石材の大きさに圧倒され、感動します。まさに圧巻の素晴らしさ。

何の目的で造られたのか?  いくつかの説がありますが、わたくしは、益田岩船には 石碑を立てるためのような四角い穴が二つ開いているので「石碑の台石説」が有力だと思いました。 

JR東海の 「いざいざ奈良 」飛鳥編

 「石舞台古墳」 や 「益田岩船」 、「酒船石」  などが登場します。鈴木亮平さん、いい味だしてますね!!(笑)

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甘樫丘 (あまかしのおか) から望む「畝傍山 (うねびやま) 」

甘樫丘は、標高150メートルのなだらかな丘です。歴史公園として整備されており、10分くらい登ると山頂展望台に到着。展望台からは、畝傍山  、耳成山 (みみなしやま) 、天香具山 (あまのかぐやま) の大和三山や奈良盆地 (藤原京跡) も見渡せます。

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甘樫丘から望む 「耳成山」

この日の午後は、すっきりと晴れ上がり最高の天気になりました。眺望も絶好調!!(笑)  

大和三山は、飛鳥地方の橿原市 (かしはらし) に位置しています。

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甘樫丘から望む 「天香具山 」

国の歴史的名勝に指定されている大和三山は、古代より神聖な場所とされ、万葉集や古今和歌集などに詠まれています。大和三山には、登山道・遊歩道が整備されているようなので、次回は是非登ってみたいと思いました。しかも、大和三山周辺には、天皇陵などの古墳や名所・旧跡も多いとのこと。

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2025年5月20日 (火)

石舞台古墳 (奈良県明日香村)

同じく3日目、キトラ古墳を見学後、車で5~6分の距離にある、憧れの特別史跡 「石舞台古墳」 に向かう。

この辺りは、車で5~6分の距離の範囲に国宝や特別史跡クラスの古墳や遺跡が集中しているので、歴史好き、古代史好きのわたくしにとっては 夢のような場所。一週間くらい滞在して、細部まで丁寧に観て回りたい衝動にかられました。

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特別史跡 「石舞台古墳」

この辺り一帯は、 「国営飛鳥歴史公園 石舞台地区」 として整備されています。

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超有名な 「石舞台古墳」

やっと観ることができました。 巨石を積み上げた飛鳥のシンボル的な古墳。感無量です!!    「石舞台古墳」 は、 「仁徳天皇陵 (大山陵古墳) 」 や 「高松塚古墳」 とともにナンバーワン人気を争う古墳界のスーパースターです。

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「石舞台古墳」 反対側から

日本最大級の横穴式石室を持つ古墳。7世紀初めに造られた古墳で、飛鳥時代前半の国政をリードした大和政権の有力豪族 蘇我馬子の墓という説が有力です。 女に化けた狐がこの上で舞ったという伝説から 「石舞台古墳」 と言われるようになったとのこと。

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石室・玄室へ続く羨道

羨道の中央に見えるのは排水溝。石室内の排水のため、水が外に流れ出るように完璧に傾斜もついているとか。測量技術の高さが伺えます。

以前は、この羨道の上にも巨大な石の天井があったそうですが、いつの時代かは分かりませんが 石材として利用するために持ち去られたようです。非常に残念なことです。

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巨大な石室の内部

石室内部も見学可でした。入ってみると圧倒的な石組みの素晴らしさと空間の広さに驚愕します。長さ 7.7メートル、幅 3.3メートル、高さ 4.7メートルもあるのです。最も大きな石は、77トン (観光バス7台分) もあるとか。 石材の総重量は、なんと2300トン!!   これは 大型貨物船に匹敵する重さだそうです。驚きましたね。当時の土木技術、運搬技術の高さが伺えます。

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サイドから見た「石舞台古墳」

どこから観ても圧倒的な迫力と美しさを感じることができる古墳です。

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「石舞台古墳」  築造当時の姿

石舞台古墳は、発掘によってこのような「方墳」だったことが分かりました。当時は石室の全てが盛土で覆われていましたが、何らかの理由で墳丘の盛土が失われて現在の姿になったようです。「何らかの理由」とは、なんだったのでしょう?  盗掘でしょうか?  地震などの自然災害でしょうか??  謎は深まるばかりです。

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古代米御前 (1300円)

本日のランチは、石舞台古墳の隣にあった「農村レストラン 夢市茶屋」で古代米御前をいただいてきました。もっちり食感の古代米ごはんはもちろん、豆乳と吉野葛で作った「呉豆腐」などのおかずも絶品でした。美味かったです。これで1300円は、かなり安いと思いました。 

実は、飛鳥地方の郷土料理「飛鳥鍋」が食べたかったのですが、冬季限定で すでに終了していました。残念でした。ちなみに、「飛鳥鍋」とは、鶏肉や野菜をだし汁入り牛乳で煮込んだ鍋料理です。飛鳥時代に大陸からやってきた渡来人が、ヤギの乳で鍋料理を作ったのが起源とのこと。宮廷貴族なども食べていたようです。

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2025年5月18日 (日)

天元台スキー場 (山形県米沢市)

5月13日 (火)  、前回に引き続き天元台スキー場に行ってきました。 この日は 朝から晴れ上がり、ほぼ晴天との予報。スキー場の気温もうなぎ上り。若いスノーボーダーは、半袖シャツで滑っていました。さらっと見渡しましたが、冬用のウエアで滑っている人は誰もいません。薄手のウエアーを持って行って良かったと思いました。

燦々と降りそそぐ太陽で ほとんど初夏の陽気です。滑っていると汗が吹き出してきました。春スノーボードというよりは、サマースノーボードという感じです。最高のスノボード ラストランができました。大満足です。 さて、スキーのラストランはどうなることやら??(笑)

この日は、延長営業中の平日でしたが、高齢者のスキーヤ-やスノーボーダーに混じって、若いスノーボーダーも多く来ていました。そのため上の駐車場は満車状態。またしても、の下の駐車場に車を止めることになりました。全くやれやれです。 現在 営業しているスキー場は、福島の星野リゾート、ネコママウンテンスキーと山形の月山スキーとここ天元台スキー場の3カ所だけなので集中しているのでしょう。 

シニア5時間券 (4000円) を購入して、9時過ぎから12時過ぎまでスノーボードで滑走。帰りは、いつものように麓の白布温泉に寄って汗を流してきました。

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ゴンドラにて    後ろから勝手に撮影してごめんなさい。

70歳前後のおじいちゃんスノーボーダーです。 水戸ナンバーのSUVフォレスターで、わたくしの車の隣に駐車しました。挨拶を交わしましたが、見るからにおじいちゃん顔でしたね!!(笑)  でも、リフトから見ていましたが、滑りはかなり上手かったです。とても、70歳代の滑りには見えませんでした。わたくしより上手いかも知りませんね。凄いです。 

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一番下のしゃくなげゲレンデ

下まで完璧につながっていました。とても5月中旬とは思えません。こんな感じなのは、例年4月下旬のゲレンデです。

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標高1820メートルのつがもり西コーストップにて

いつもの写真ですが、ため息が出るくらい素晴らしい景観です。みなさん なかなか滑り出しません。ずっとトップからの眺めを堪能しているようでした。正面の山が蔵王連峰。この辺りの積雪は、なんと 380センチもあるのです。

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同じく標高1820メートルのつがもり西コーストップにて

ここからは、標高差500メートル、全長3000メートルの爽快なダウンヒルが楽しめます。 ザラメ状の雪質なのでまずまずのコンディション。ノンストップでベースまで滑ると腰や太腿、足首がガタガタになり、息が上がってしまいます。さすがに2回は無理でしたね。(笑)

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標高1820メートルのつがもり東コーストップから望む

本日は、春の腐れ雪用のロッカーボードです。いつものキャンバーボードと違って腐れ雪でモコモコになった荒れたバーンでもストレスなく滑ることができます。

ここの滑り出しは、いきなり30度を超える急斜面が展開する。右側の樹林帯に沿って滑るとハイクなしでバックカントリー気分を味わうことができます。ご覧のように多少デコボコ感はありましたが、ザラメ状の雪質だったので快適に滑ることができました。

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標高1820メートルのつがもり東コーストップから望む

残雪に覆われた朝日連峰が綺麗に見えました。素晴らしい景観。 ぐるっと見渡すと飯豊峰や月山、蔵王連峰などが望めます。やっぱり標高が高いというのは、スキー場にとって最大の魅力です。

『20250513 F様 (1/1) LowSenseWorks 追い撮りサービス』

「追い撮りサービス」、リフト1本 1回 1000円とかなり安かったので、滑走動画を撮影してもらいました。カメラを意識して少し緊張!!!  しかも荒れ放題の緩斜面バーンのため、滑りも悪く、スピードも出ず、こんな感じの滑りになってしまいました。まあまあ、こんなもんでしょう!!(笑) 今シーズンのスノボードでのラストランでした。やれやれ、疲れましたね!!(笑)

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「追い撮り」をしてもらったスノーボーダー

40歳くらいの方でした。いろいろ話をききましたが、ゴールデンウイークの頃は、昼休みもとれないくらいの忙しさだったそうです。「追い撮り」を頼むのは、ほとんどが高齢のスキーヤ-、スノーボーダーで、最高齢は 85歳のスキーヤ-だったそうです。しかも、なんとコブ斜面をスイスイと滑る様子を撮影したとか。85歳でコブ斜面ですか!! 驚きましたね。

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米沢ラーメン 特製中華そば+半ライス(1100円)

スノーボードを早めに切り上げたため、米沢市内のラーメン店で遅いランチを頂いてきました。米沢ラーメンの特製中華そばは、あっさりしたスープで美味かったです。

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2025年5月16日 (金)

キトラ古墳 (奈良県明日香村)

同じく3日目、高松塚古墳を見学後、近くにある 憧れの特別史跡「キトラ古墳」に向かう。高松古墳から車で5~6分で到着。

「キトラ古墳」とは、なんとも奇妙な名称ですが、昔、内部をのぞいたら亀 (玄武) と虎 (白虎) が見えたので 「亀虎 (キトラ) 古墳」 と呼ばれたという説やこの辺りの地名が「小字北浦」だったので、なまって「キトラ」になったという説などがあります。

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国営歴史公園 「キトラ古墳周辺地区」

「キトラ古墳周辺地区」は、歴史公園として最近整備されたばかりで明日香村の新観光スポットです。

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特別史跡 「キトラ古墳」

中学生の頃から憧れていたキトラ古墳をやっとまじかで観ることができました。感無量!!  感動しました。

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高松塚古墳と同じ時期に造られた 「キトラ古墳」

天武天皇の皇子である高市皇子 (たけちのみこ) の墓との説が有力とのこと。

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駐車場ちかくのモニュメント

今年は「国営飛鳥歴史公園」が開園してから50年目だそうです。 観光バスで回っている団体さんが集まって記念撮影をしていました。

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キトラ古墳壁画館 「四神の館」

ここでは、実物大石室のレプリカや、壁画に描かれた四神を映像で映し出す4面マルチビジョンで 壁画の原寸大模写を見ることができます。 特別室 (撮影禁止) では、白虎と天井に描かれた天文図を観ることができました。なんと、この規模で観覧料金は無料。無料施設とは思えない展示品の数々に驚きました。

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館内の様子

特別室以外は全て撮影可でした。特別室には、スタッフの方が数人いて、何か悪さをする奴がいないかと にらみを利かせていましたね。(笑)

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館内にて

壁画に描かれていた「四神像」 壁画は全て国宝です。

東を司る神 「青龍」、 西を司る神 「白虎」、 南を司る神 「朱雀」、 北を司る神 「玄武」などが 保存状態のよい状態で発見されたそうです。7世紀ころの絵とはとても思えませんでした。 

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世界最古の天文図 (星座) を大きく再現したもの

いやー、素晴らしいですね。北斗七星など見覚えのある星座もありました。天の赤道や太陽の通り道 (黄道) などを描くためにコンパスを使い、星・星座を描くために金箔を使ったそうです。 飛鳥時代、金は大変高価で貴重品だったとのこと。これらのことからも キトラ古墳の被葬者は天皇家の皇子だったのでしょう。

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「鬼の俎 (まないた) と鬼の雪隠 (せっちん)」

こちらが山の上にある「鬼の俎」、元は表土を失った古墳の石棺だったそうです。

キトラ古墳の近くにあったので寄ってみました。ここには、駐車場がなかったので、少し離れたところの空き地に車を止めて、10分くらい歩いて観に行きました。

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「鬼の雪隠 」

こちらが山の下にある 「鬼の雪隠」。 山の上にあった石棺の上部が地震で転げ落ちてきたようです。正に、巨大な和式トイレですね!!(笑)

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「鬼の俎、鬼の雪隠」 の説明版

その昔、鬼が通行人を捕らえて料理したのが、山の上にある 「鬼の俎」。下にあるのが、鬼が用を足した 「鬼の雪隠 」 とのこと。

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2025年5月14日 (水)

高松塚古墳 (奈良県明日香村)

旅行3日目は、一泊したホテルルートイン桜井駅前を9時に出発し、憧れの地 飛鳥の里に向かう。 ホテルから国道169号線を南下し、のんびり走って20分くらいで到着。 今日は、昼頃から晴れて来るとの予報。奈良に来てから涼しい日が続いていたので、今日は久々に暑くなりそうです。

今回の旅行の最大の目的は、日本の古代国家誕生の地 飛鳥地方をじっくり巡ることでした。飛鳥の里は、592年に推古天皇が即位してから約100年の間 日本の政治・文化の中心地として栄えた地です。 多くの古墳や史跡・遺跡が残る飛鳥の里は、世界遺産登録をめざしており、国営の飛鳥歴史公園をはじめ飛鳥資料館や壁画館、体験館など、飛鳥の歴史・文化を伝える展示施設が整備されています。

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国営飛鳥歴史公園の 「高松塚周辺地区」

高松塚古墳周辺地域は、歴史公園として整備されている

飛鳥地方では、 「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」 として世界遺産登録を目指していて、来年には 世界遺産として登録されるようです。 なるほど、気合が入っているわけですね!!(笑)

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特別史跡 「高松塚古墳」

憧れていた高松塚古墳をやっと間近で観ることができました。感無量です。 感動しました。

中学生の頃、高松塚古墳やキトラ古墳発掘のニュースを夢中になって見ていました。あと、父が買ってきた 雑誌 『太陽』 や   『アサヒグラフ』  に掲載された高松塚古墳の特集記事を何度も読んでいましたね

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同じく特別史跡 「高松塚古墳」

約1300年前に築かれた直径23メートルの円墳。昭和47年の発掘によって、石室内に極採色で描かれた男女の群像や四神などの壁画 (国宝) が発見されました。鎌倉時代に盗掘されたようですが、太刀の飾り金具や銅鏡、ガラス玉などが見つかっています。 歴史に "もしも" はないですが、盗掘されていなかったら豪華絢爛な副葬品や宝物が見つかっていたでしょう。

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歴史公園内の 「高松塚壁画館」

小さな資料館でしたが、かなり見応えがありました。

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高松塚壁画館にて

飛鳥美人として有名な女子群像。精巧な模写ですが、素晴らしい絵だと思いました。1300年前の極彩色の壁画が現存しているなんて奇跡ですね。

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石槨 (せっかく) 内の壁画の様子

女子群像の他に男子群像、青龍、白虎、朱雀 (盗掘際の際破壊) 、玄武、星宿などの絵が描かれていました。このような壁画古墳は、日本ではここ高松古墳とキトラ古墳しか発見されていません。このことから、これらの絵は、飛鳥に住んでいた渡来人の絵師集団によって描かれたと考えられているようです。実際に、近くでは渡来人の住居跡が多く発掘されてるようです。

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高松古墳石槨 (せっかく) の原寸大模型

盗掘穴から内部をのぞくことができます。発掘時の石槨内部の様子が手に取るように分かりました。

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天武天皇・持統天皇の陵墓 (古墳) 

高松塚古墳の近くにあったので寄ってみました。歴史の教科書にも載っている天皇ですね。日本で初めて火葬にされた天皇で、この陵墓に合葬されてるそうです。 飛鳥地方には、なんと300基以上の古墳があるそうです。驚きましたね。

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陵墓の説明版

かなり読みづらくなっていました。説明によると、当時の天皇の陵墓は八角形の古墳とのこと。 高松古墳やキトラ古墳のような円墳は、皇子、皇女の墓だったようです。

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2025年5月12日 (月)

平城京跡 朱雀門広場 (奈良県奈良市)

同じく旅行2日目、唐招提寺を見学後、本日最後の目的地 平城京跡の「朱雀門広場」へ向かう。のんびり走って10分くらいで到着。今日回ったところは、全て駐車場が完備してあるので良かったです。駐車場を探す手間が省けたので助かりました。

平城京跡 朱雀門広場を見学後、今日の宿泊地 桜井市のルートインホテル桜井駅前に向かう。のんびり走って30分、ホテルには17時過ぎに到着。

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世界遺産 平城京跡 後方が 「朱雀門」    

『和銅3年 (710年) の遷都から70年あまりの間、奈良時代の都として栄えた平城京の中心遺跡。東西1.3キロ、南北1キロもの広大なエリアに、復元された壮麗な建築宮殿や資料館などが点在する。2018年に朱雀門の南側に平城京跡公園 「朱雀門広場」 が開園した。』 (パンフレットより)

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1998年に復元された「朱雀門」

平城京南端の羅城門から幅75メートルの朱雀大路を北に3.7キロ進むと、ここ平城京の正門・朱雀門に至るそうです。

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朝堂院跡から第一次太極殿方面 (北側)を望む  

左側の建物の中には、現在復元整備中の 「東楼」 があるそうです。

この広大なエリアは、中央区朝堂院と呼ばれ、中央の空間を挟み役人の執務関連の建物がずらりと並んでいました。平城京の中心部、平城宮の広さは南北約1000メートル、東西約1300メートル。とんでもない広さだと思いました。

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平城京跡 資料館

朱雀門広場から徒歩で5~6分で到着。昭和34年から現在も続く発掘調査など、奈良文化財研究所の研究成果を分かりやすく展示しいたます。

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資料館内部の様子

コンパクトにまとめられて展示してあるので、30分もあればじっくり見学できます。 役所と宮殿内部を実物大で再現したジオラマなどは見応えがありました。

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朱雀門広場の 「平城京いざない館」

ここは、かなり見応えがありました。絶対おすすめ!! 博物館と資料館が一緒になったような施設で展示コーナーが4つもあるので、じっくり観て回ると1時間以上かかります。 ボランティアのガイドさんがいたので、ガイドをお願いして観て回りました。非常に分かりやすい説明だったので 「なるほど!!」 の連続。 仙台近郊の多賀城との関係などの質問にも的確に答えてもらい よく理解できました。かなり勉強しているのでしょうね。 あと、平城京跡関連だけでなくて、地元 奈良の話をいろいろ聞くことがでたので楽しかったです。ガイドさんを頼んで良かったと思いました。

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「平城京のようす」

こちらコーナーでは、平城京全体の大型復元模型や大型プロジェクション映像を使って、平城京に入り込んだような空間を体験できます。まるで、1300年前の平城京にタイムスリップした感じ。見応えがありました。

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「時を超えて」

こちらのコーナーでは、「出土品と資料からよみとく奈良時代」 ということで、奈良文化財研究所による発掘調査で出土した遺物や資料などを紹介しています。

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「往時のいとなみ」

「貴族たちの宴 (うたげ) ・食事は、どんなものだったか?」   

天皇や貴族たちは、四季折々の食事や宴を楽しんでいたそうです。 「ハスの実入りご飯」、 「カモとセリの汁」、 「醤 (ひしお) 」、 「生牡蠣」、 「鹿肉の塩辛」、 「蘇 (そ) 」、 「干し蛸」 などなど、グルメの数々に驚きました。現代以上に豊かで豪華な食事だと思いました。 ちなみに、「醤 」とは、魚介類を塩漬けにして発酵させたもの。魚醬の元か?   「蘇」とは、 「古代のチーズ」 とも呼ばれているもので、牛乳を煮詰めて水分を飛ばして固めたものだそうです。ただ発酵させていないのでチーズとは違うものだと思いました。

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2025年5月10日 (土)

唐招提寺 (奈良県奈良市)

同じく旅行2日目、薬師寺を見学後、唐招提寺へと向かう。のんびり走って5分くらいで到着。 この辺りは車で5分~10分くらいの範囲に、世界遺産が点在しているの効率的に回ることができます。

『唐の高僧・鑑真和上が天平3年 (759年) に創建した寺院。日本に正式な戒律を伝えるために建立されました。国宝の金堂は唐様式の貴重な建築で、堂内には奈良時代の仏像が安置されています。講堂は平城京の東朝集殿を移築したもので、現存する唯一の宮殿遺構。1250年以上の歴史を持ち、日本の仏教伝来と発展を物語る寺院です。』 (パンフレットより)

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世界遺産 「唐招提寺」

井上靖の小説 『天平の甍 (いらか) 』 でも知られる唐の高僧、鑑真和上 (がんじんわじょう) が開いた寺院。

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国宝 「金堂」

現存する奈良時代の最大の建物で、当時の本格的な金堂の唯一の遺構。 歴史的も重要で大変貴重な建物です。迫力があって、しかも優雅で、屋根のラインが絶妙な素晴らしさです。ほれぼれしますね。 

金堂内に並ぶ本尊の廬舎那仏座像、薬師如来立像、千手観音立像は、いずれも国宝に指定されています。 (一切撮影禁止) 

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国宝 「講堂」

こちらが、唯一無二、最も貴重な「講堂」。なんと、平城京の建物で唯一現存するものだそうです。唐招提寺に移築した結果奇跡的に残ったのでしよう。「講堂」内には重文級の仏像が安置されていました。 

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一面コケに覆われた広大な庭園

唐招提寺は、本当に緑が濃い寺院でした。 深い緑に囲まれた鑑真和上の世界が広がっていた。

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寺院の奥にあった 「戒壇」

正式な僧になるための儀式「授戒」が行われた場所とのこと。

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「鑑真和上御廟」

境内北の鬱蒼とした緑に包まれた、静かな場所にある鑑真和上のお墓。日本に多大な貢献をした方なのでお参りしてきました。

唐招提寺には、チャイニーズ系の団体さんが観光バスで多く訪れていました。さすが、唐きっての高僧だけのことはあります。中国でも尊敬されているのでしょう。

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国宝 「千手観音立像」 (奈良時代)

(金堂内は一切撮影禁止でしたのでこちらをどうぞ)

文字通り千の手を持つ圧倒的迫力の巨像。圧巻の素晴らしさでした。千本の手には、全て目が付いていて、千の目ですべての人を見て、千の手でどんな人でも救済してくださるそうです。

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2025年5月 8日 (木)

薬師寺 (奈良県奈良市)

旅行2日目は、一泊した 「グランヴィリオホテル奈良 和蔵」 を9時に出発し、西ノ京地区の薬師寺に向かう。 ホテルからも近いので、のんびり走って約20分くらいで到着。今日は、西ノ京地区の世界遺産・国宝の大寺院や史跡をめぐるゴールデンプラン。大いに楽しんできました。

『7世紀後半、天武天皇が皇后 (のちの持統天皇) の病気回復を祈り、建立を発願したのが始まり。飛鳥の地 (藤原京) に創建されたが、平城遷都にともない現在の地に移った。白鳳様式の壮麗な伽藍は戦火などで多く焼失し、創建当時から現存するのは国宝・東塔のみ。昭和以降金堂や西塔、大講堂などが再建され、白鳳伽藍が再現された。』 (パンフレットより)

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世界遺産「薬師寺」 

昭和40年代から当時の白鳳伽藍様式で復興。

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昭和51年に再建された 「金堂」 

龍宮造りと言われる壮麗な二重二閣のたてもので、高さが22メートもあるそうです。奈良の枕詞 「青丹よし」 そのまんまの鮮やかな色彩。「金堂」の裏手にみえるのが再建された「大講堂」。

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国宝 「東塔」  奈良時代 (白鳳期)

必見中の必見です。 国内で唯一現存する白鳳様式の塔。なんと、1300年前から建っているのです。 2021年に約12年に及ぶ全面解体修理が行われ蘇りました。三重塔ですが、各層に襟階 (もこし) と呼ばれる小さな飾り屋根があるため六重塔のように見えます。どこから見ても三重塔には見えません。この小さな飾り屋根が織りなすリズミカルな美しさから 「凍れる音楽」 と呼ばれているそうです。なるほどなーと納得。約1300年前の木造建築が現存しているなんて法隆寺並みの奇跡です。

NHKの 「プロジェクトX」 でも取り上げられましたね。

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「東塔縁起」

解体修理のことも詳しく書いてありました。NHKの 「プロジェクトX」 でも取り上げられた東塔の全解体修理は、1万を超える部材をバラバラにして取り外して 修理して組み直すという超難工事だったそうです。

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国宝 「東塔」 と再建された 「金堂」

全ての建物が再建・復興されて白鳳様式の伽藍が蘇りました。

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再建された「西塔」と「金堂」

「西塔」も昭和56年に再建されました。創建当時は、このような感じだったのでしょう。 「東塔」 と比べて色が鮮やかすぎます。

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国宝 「東院堂」

現在の建物は、鎌倉時代に再建されたもの。色鮮やかな建物が多い薬師寺にあって、落ち着いだたたずまいをみせいています。  「東院堂」 には、国宝の 「聖観音菩薩立像」 が安置されています。

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国宝 「聖観音菩薩立像」 飛鳥時代 (白鳳期)

(東院堂内は、一切撮影でしたので こちらをどうぞ)

インドの芸術様式の影響を受けた仏像とのこと。どれもこれも素晴らしい。思わず見惚れてしまいました。

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国宝「薬師三尊像」 飛鳥時代 (白鳳期)

(大講堂内も撮影は一切禁止でしたのでこちらをどうぞ)

余りにも美しく神々しいので、思わず賽銭箱に100円玉を入れて、手を合わせてきました。

国宝「薬師三尊像」は薬師寺の本尊。薬師如来座像を中心に向かって右が日光菩薩立像、左が月光菩薩立像。古代の金剛仏の最高傑作と言われてるそうです。なるほど!!  納得です。

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国宝 「仏足石」 飛鳥時代 (白鳳期)

この辺りは、撮影可のようでした。

仏足石とは、お釈迦様死後に、お釈迦様のお姿を礼拝するのは恐れ多いとして、お釈迦様の足型を拝むようにしたとか。やれやれ(笑)

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2025年5月 6日 (火)

天元台スキー場 (山形県米沢市)

5月1日(木) 、天元台スキー場に行ってきました。 この日は、朝方は冷えましたが、ほぼ晴天で気温はどんどん上昇。米沢市の最高気温も22度くらいに日なるとの予報。もうほとんど初夏の陽気です。滑っていると汗ばんできました。春スノーボードというよりは、初夏スノーボードという感じ。でも、年寄にとって暖かいのは何よりです。最高の春スノーボードができました。気分爽快。大満足です。今シーズンは、まだまだ行くつもり!!(笑)

この日は、ゴールデンウイークの谷間でしたが、家族連れスキーヤーや高齢者スキーヤー、若いスノーボーダーなど多くの方が来ていました。そのため遥か下にある駐車場までほぼ満車状態。10分くらい坂道を歩くことになりました。最初からどっと疲れましたね。(笑) シニア5時間券 (4000円) を購入して、9時30分過ぎから13時30分頃までスノーボードで滑走。汗をかいたので、帰りは 近くの白布温泉 「東館」 寄って汗を流してきました。

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標高1350メートルのベースにて

ご覧のように、すごい積雪量です。ベースで160センチの積雪量。 余りにも雪が多いので、今シーズンは5月25日(日)まで延長営業をするようです。月山並みですね!!!

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中間のしゃくなげゲレンデリフト乗り場にて

全長900メートル、平均斜度24度の快適なコース。コース下部には、モーグル練習用のコブ斜面があります。多くのコブフリークが集まっていました。ざっと見渡した限りでは、スキーヤー 7に対して、スノーボーダー 3という感じでした。

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同じく中間のしゃくなげゲレンデにて

約一か月ぶりのスノーボードだったので、足慣らしを兼ねて このコースを二回滑りました。滑りの良いザラメ状のバーンの上に、数日前に降った重い新雪が所々に積もっていたので、急ブレーキがかかってしまい滑りずらい状態。新雪が積もっているところを避けながら慎重に滑っていました。

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つがもりロマンリフトにて

ツガの原生林の中、ペアリフト三本を乗り継いで 標高1820メートルのトップへと向かう。

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トップのつがもりゲレンデ

なんと、この辺りは 5月になっても6メートルの積雪があるのです。驚きました。30年以上天元台スキー場に通ってますが、こんな状況は記憶にないです。

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標高1820メートルのつがもりゲレンデトップにて

余りにも素晴らしい景観なので、みなさん なかなか滑り出しません。ずっとトップからの眺めを堪能しているようでした。

正面の山が蔵王連峰。この辺りの積雪・雪質はハイシーズン並みの素晴らしさ。

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標高1820メートルのつがもりゲレンデ上部にて

このコースは、いきなり30度の急斜面が展開する。滑りの悪い雪なので、ゆっくりと慎重に滑り出します。急斜面を過ぎると快適な中斜面~緩斜面へと続く。この辺りは、滑っている人が少ないので 爽快なロングターンでクルージング。たまにショートターンをを織り交ぜて緩急をつけながら爽快に滑ることができました。大満足です。

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つがもりゲレンデトップより望む

後方の雪に覆われた山が飯豊連峰。 標高1850メートルのこの辺りは、陽がさしていてもさすがに寒かったです。

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本日のランチは、ミートソースとピラフ の 「ピラスパミックス」 (1300円) をいただいてきました。ボリューム満点で美味かったです。汗ばんでいたので半袖シャツ姿で食べていました。

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2025年5月 3日 (土)

興福寺 (奈良県奈良市)

同じく初日、奈良国立博物館の「超国宝展」を鑑賞後、徒歩で「興福寺」へ向かう。 奈良国立博物館に2時間30分以上滞在したため時間が無くなってしまい、「興福寺」は 駆け足で回る羽目になってしまいました。やれやれ。

「興福寺」は、近鉄奈良駅のすぐ近く建つ大寺院。多数の国宝物を所有し、建物の大半も国宝や重要文化財に指定されています。

『同和3年(710年)に、藤原不比等が平城京に移した藤原氏の氏寺で、奈良の発展とともに繁栄しました。平安時代には雑兵を擁し、大和国を支配すねほどの勢力を誇りました。境内には国宝の五重塔や北円堂、国宝館には天平・鎌倉時代の貴重な仏像彫刻を多く所蔵しています。』 (パンフレットより)

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世界遺産の「興福寺」  (写真を撮り忘れたので、こちらをどうぞ)

名門 藤原氏とともに大いに栄えた大寺院。

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ピッカピカの 「中金堂」

江戸時代に焼失しましたが、2018年に再建されたそうです。寺の中心となる壮大な建物でした。

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なんと、残念なことに国宝の「五重塔」は大修理中でした。

高さ約50メートル、奈良のシンボル・ランドマークの「五重塔」。国内に現存する古塔では京都・東寺の五重塔についで高いそうです。

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今の興福寺 「五重塔」

すっぽりと素屋根 (工事用の覆屋) に覆われいいました。2031年の3月まで修理中とのこと。なんと6年ですか!! かなり長いです。

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国宝館にて

国宝 東金堂と国宝 五重塔のコラボ。本来ならこんな感じて観られるようです。

国宝館は 一切撮影禁止です。この辺りだけが撮影禁止ではないようでした。

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国宝 「東金堂」

現在の東金堂は6代目で、五重塔と同じく室町時代に再建されたもの。東金堂内には、国宝の「十二神将立像」や「四天王立像」が安置されています。あまりにも素晴らしいので 思わず写真を撮りたくなりますが、残念ながら一切撮影禁止です。

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同じく国宝 「東金堂」

夕方でしたが、多くの観光客が来ていました。当然のことながら8割くらいは外国人観光客です。 ドラ? 鐘? をならし、賽銭箱に100円玉を入れて参拝してきました。

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重要文化財 「南円堂」

江戸時代中期の再建。 国宝になっている「北円堂」は公開されていませんでした。

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国宝 「阿修羅像」 奈良時代

(宝物館内は一切撮影でしたのでこちらをどうぞ)

興福寺と言えば、超有名なのが 「阿修羅像」 です。 奈良時代の傑作。仏像界のスーパースターと言ってもいいでしょう。異形の像ですが、全体のバランスが絶妙で、少年のような表情に魅了されるのでしょうね。15年くらい前に東京国立博物館で開催された「阿修羅展」を観に行きましたが、阿修羅像の展示ホールは大混雑状態で長蛇の列ができていました。凄かったです。ここでは、まじかでじっくり鑑賞できるので良かったです。

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ルートインホテル系列の「グランヴィリオホテル奈良 和蔵」

ここには、初日と3日目に泊まりました。団体さんが多く泊まっていたので、ホテル内の居酒屋はかなりの混雑状態。予約なしで利用できるのは難しいようでしたが、なんとか潜り込めることができました。(笑)

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天然温泉の 「睡蓮のゆ」

広い温泉浴場でしたが、混雑しているようなので 時間をずらしてゆっくり入ってきました。いやー、天然温泉なので良かったですね。癒されました。

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