宮沢賢治が歩いた道 (岩手県滝沢市・雫石町)
網張温泉スキー場からの帰り、大正時代の駅舎に復元リニューアルしたJR田沢湖線の小岩井駅を見学しに行ってきました。小岩井農場を通り車で約25分くらいの距離。
賢治の時代に復元リニューアルされた小岩井駅
当時のモノクロ写真から、AIのカラー復元技術を活用して色味を選定し再現したとのこと。
内部 (待合室) はこんな感じ
小岩井駅が登場する賢治の詩集『 春と修羅』 をイメージしたアートパネルが飾られていました。今は無人駅ですが、当時の駅事務所は、多目的スペースとしてリニューアルされていました。
宮沢賢治が歩いた道
大正11年5月、賢治はここから小岩井農場の建物や耕作風景などを見学しながら、鞍掛山あたりまで散策しました。その時の様子を心象スケッチとして 『小岩井農場』 という詩につづっています。この詩を読んでみると、賢治の小岩井農場に対する深い思い入れや愛着が伝わってきます。
賢治の詩集 『春と修羅 』 に収められている 『小岩井農場』 は、なんとパート九まである長編詩。たぶん日本一長い詩だと思います。
駅前にあった賢治の詩碑
賢治の詩、『小岩井農場』パート1の一節が刻み込んでありました。
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汽車からおりたひとたちは
さつきたくさんあつたのだが
みんな丘かげの茶褐部落や
繋 (つなぎ) あたりへ往くらしい
西にまがつて見えなくなつた
(宮沢賢治『春と修羅 小岩井農場』 より)
重要文化財の旧小岩井農場本部
明治36年に建てられたもので、詩『小岩井農場』パート四 にも「本部の気取ったた建物」として登場します。今も現役で資材置き場として使用されてるようです。
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本部の気取つた建物が
桜やポプラのこつちに立ち
そのさびしい観測台のうへに
ロビンソン風力計の小さな椀や
ぐらぐらゆれる風信器を
わたくしはもう見出さない
(宮沢賢治『春と修羅 小岩井農場』 より)
重要文化財の四階倉庫 (しかいそうこ)
大正5年に建てられたもので内部には、当時としては最先端のエレベーターやエスカレーターも設置されていたそうです。驚きました。さすが三菱ですね!! 賢治の童話にも登場します。小岩井農場には歴史ある建物が多く残っていて、なんと 国指定重要文化財の建物が21棟あるそうです。凄いですね。
ちなみに小岩井農場は、賢治の時代から三菱財閥の岩崎家の所有となり、現在も三菱グループの株式会社である 「小岩井農牧株式会社」 が運営しています。
相の沢キャンプ場と鞍掛山
賢治は、この辺りまで歩いて来たようです。
鞍掛山は小岩井農場の北、岩手山の南麓に位置し 標高は897メートル。鞍掛山の山麓には牧場が広がり、賢治のお気に入りの場所だったようです。
『くらかけの雪』 という詩が 『春と修羅』 に収められています。
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たよりになるのは
くらかけつづきの雪ばかり
野はらもはやしも
ぽしゃぽしゃしたり黝 (くす) んだりして
すこしもあてにならないので
ほんたうにそんな酵母のふうの
朧 (おぼ) ろなふぶきですけれども
ほのかなのぞみを送るのは
くらかけ山の雪ばかり
(ひとつの古風な信仰です)
(宮沢賢治『春と修羅』 より)
小岩井駅の次のJR秋田新幹線雫石駅
雫石銀河ステーション!!! こちらも宮澤賢治一色の駅でした。
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