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2024年11月

2024年11月30日 (土)

飛騨 白川郷 (岐阜県白川村)

旅行2日目は、一泊した富山県のホテルルートイン砺波インターを9時に出発し、憧れの地 白川郷に向かう。 砺波ICから北陸自動車道に入り→東海北陸自動車道→白川郷IC→国道156号を通り、のんびり走って約1時間くらいで到着。 山岳地帯を走る高速道路なので錦秋の山々の連続。最高の紅葉ドライブになりました。

今回の旅行の最大の目的は、日本が誇る世界遺産の飛騨 白川郷と越中 五箇山をじっくり見学することでした。ドイツの建築家ブルーノ・タウトが 「 合理的で論理的な独特の建築構造 」 と絶賛した合掌造り家屋は、圧巻の素晴らしさ!! 美しさでした!!

飛騨 白川郷は、岐阜県北部 庄川上流ある豪雪地帯。 荻町地区には、大小100余りの合掌造りの家屋が立ち並ぶ。 日本の原風景ともいうべき、美しい景観と合掌造り集落が評価されて、1976年に重要伝統的建造物群保存地区として選定され、さらに1995年には白川郷 合掌造り集落として、ユネスコの世界遺産( 文化遺産 )に登録されました。最近では、世界遺産に登録されたことで知名度が増し、また、SNSの影響もあり、世界中から多くの観光客が訪れています。日本の原風景である農山村文化・生活・暮らしを深く感じることができる 「 日本の故郷 」 のような場所でもあります。

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中世の荻町城跡にあった世界遺産の碑

ここは、白川郷でナンバーワンのビュースポットになっています。

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荻町城跡展望台からの眺め

まさに絶景ポイント。白川郷集落が一望できます。晴れていれば、霊峰 白山連峰も一望できるとか。ずっと見ていても飽きない場所でした。

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庄川に架かる 「 であい橋 」 

白川郷の萩町集落では、車は一切乗り入れ禁止。そのため、庄川沿いの駐車場から、この橋を渡って白川郷の萩町集落に入り、歩いて見学することになります。展望台を含めるとかなりの距離を歩くことになるのでけっこう疲れます。(笑)

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入口付近にて

紅葉も見ごろを迎えています。朝一にも関わらず、観光バスで多くの外国人観光客が来ていました。

この日は、山岳地帯ということもあり、冷え込みが厳しく凍えるような寒さ。念のために持ってきてダウンジャケットを着て、ニット帽を被って歩き回っていました。

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典型的な三層構造の合掌造り家屋

絵になります。晴れていればバックに雪の白山連峰が見えてるはずですが・・・・残念!!

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重要文化財の 「 和田家 」

江戸時代中期の建物で なんと築350年以上。 江戸時代には、地元の名主 ( 庄屋 ) や番所役人を務め、焔硝 ( えんしょう ) の取引によって栄えた和田家の家屋。 1階の面積が110坪もある白川郷で最大規模の合掌造り家屋。現在も住居として使用しており、一部を一般公開しています。

ちなみに 焔硝とは、当時白川郷や五箇山で盛んに生産されていたもので、火縄銃などの火薬の原料になるものです。

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和田家と紅葉

まさに日本の原風景という感じです。素晴らしい景観。

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和田家二階にて

合掌造り家屋の二階・三階では、白川郷を支えた産業の一つ 「 養蚕 ( ようさん ) 」 が行われていました。梁や柱は、煙で燻されて真っ黒。長い年月を感じました。現在このスペースは、古い用具類や養蚕用具の展示室になっています。民俗学的にも貴重な品々なのでしょう。

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一般公開されている 「 神田家 」 

江戸時代後期に建てられた合掌造り家屋で 四階 ( 中二階を入れて ) まで、全て公開されていました。

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神田家内部  

合掌造り家屋に囲炉裏は欠かせません。

ご覧の通り観光客の8割以上は外国人。話している言葉を聞いてみると、英語圏ではないヨーロッパ系の観光客も多いようです。もちろん、チャイニーズ系や台湾系の観光客も多いです。

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神田家 最上階の四階にて

神田家では、ほとんど垂直に近い梯子をよじ登り、四階まで見学することができました。内部は、非常に見応えがあります。 写真の黒光りする屋根を支える柱は、完璧な耐震構造になってるそうです。驚きましたね。先人の知恵は素晴らしいと思いました。ブルーノ・タウトが絶賛するだけのことはあります。

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神田家 最上階から望む

思ったよりもかなり高いです。絵葉書のような風景が広がっていました。

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神田家 遠景

11時頃になると、多くの外国人観光客で混雑してきました。 白川郷は、今や 京都や奈良に匹敵する観光地になっています。いや、外国人観光客にとっては、それ以上かもしれません!!

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2024年11月26日 (火)

ひがし茶屋街 (石川県金沢市)

同じく旅行初日、昼食後、見学した兼六園から周遊バスで5~6分の距離の 「 ひがし茶屋街 」 に向かう。

ひがし茶屋街 は、金沢三茶屋街のなかでも最大規模を誇り、現役の茶屋を含む町家やオシャレな和風カフェ、土産店が軒を連ねる。 江戸時代後期から明治時代初期にかけて建てられた、独特の茶屋建築がまとまって そのまま残っており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。焼夷弾空襲を免れた城下町 金沢の情緒あふれる街並みは、素晴らしい!! の一言でした。

ひがし茶屋街 を見学後、金沢駅に戻り兼六園口 ( 東口 ) 近くのレンタカーショップで車を借りて、宿泊先の富山県砺波市のホテルルートイン砺波インターへと向かう。約40分で到着。

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ひがし茶屋街は、バス停のすぐ近くでした。

付近には、金沢三文豪の一人 徳田秋声の記念館もありました。 金沢市内には、泉鏡花、室生犀星の記念館もあるようです。

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ひがし茶屋街のメインストーリート、二番丁通り

一本だけあった見返り柳の木。昔は、通りのあちらこちらに植えられていたそうです。 実に 和情緒感があふれていますね!!

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同じくメインストーリート、二番丁通り

古い町家建築が石畳の道に立ち並ぶ。風情ある街並みが大人気の観光地。 わたくしが帰るころには、外国人観光客の団体さんが多数来ていて大混雑状態。着物姿で散策している外国人カップルも多くいました。まるで、京都にいかのるようでした。

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国指定の重要文化財「 志摩 」 にて

志摩は、江戸時代末期に建てられたお茶屋をそのまま保存し、内部を一般に公開しています。 旦那衆たちが、芸子の舞や三味線などの遊芸を楽しんだ お茶屋 の内部を見学できる施設。見応えがありました。

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志摩 1階奥にある茶室 「 寒村庵 」 

ここでは、小さな庭を見ながら 季節の和菓子付きの抹茶をいただくことができます。

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抹茶と季節の和菓子 (700円) 

いただく順序は、和菓子が先で抹茶が後だそうです。抹茶には、濃茶と薄茶があり、組み合わせる和菓子も違うものになるとか。本日は、薄茶でした。これこそが日本人の美意識 「 わび・さび 」 なのでしょう!!

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お茶屋美術館 ( 旧 中や )  1階展示コーナー

「中や」 は、江戸時代後期の建物で金沢市の指定文化財。 創建当時の間取りをそのまま残し、粋で優雅な金沢お茶屋文化を今に伝えていています。

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同じく 1階の展示コーナー

加賀蒔絵 ( まきえ ) 、加賀象嵌 ( ぞうがん ) 、九谷焼などの優雅で繊細な道具類も展示されています。

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蒔絵を施したべっ甲の櫛 ( くし ) や笄 ( こうがい ) 、金銀の繊細な飾りが付いたきらびやかな簪 ( かんざし ) 、サンゴなどを使った髪飾りなどが展示されていました。 これらの展示品は、実際にひがし芸奴の黒髪を飾ったそうです。見応えがありましたね。素晴らしかったです。 ちなみに 笄 ( こうがい ) とは、まげを整えたり、頭を掻いたりするときなどに使われた小道具だそうです。

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浅野川に架かる 「 中の橋 」

この橋を渡って主計町 ( かずえまち ) を散策してきました。

泉鏡花の小説にもよく登場する橋で、橋を渡るごとに一文を支払ったことから 「  一文橋  」 と言われていたそうです。歩行者専用で趣のある橋でした。この橋から眺める景色は実にいいですね。桜の季節は最高でしょう!!

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主計町 ( かずえまち ) 茶屋街

川沿いに路地と町家がたたずむ、静かで風情ある街並みで散策するには最高の場合。 近くには、泉鏡花記念館がありました。

金沢三茶屋街の一つで、こちらも国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。 

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2024年11月22日 (金)

兼六園 (石川県金沢市)

11月上旬、2泊3日で金沢市、岐阜県の白川郷、富山県を旅行してきました。 久しぶりの新幹線での旅は、いつものように、風の向くまま 気の向くままの一人旅。 会員になっている富山県のホテルルートイン砺波インターに連泊し、バスとレンタカーを利用して巡ってきました。北陸・中部地方は、貴重な文化遺産や大自然の宝庫。中日は、どんよりとした曇り空でしたが、概ね天候にも恵まれて晩秋の旅を満喫してきました。でも、いつものように、かみさんは 家でネコとお留守番です。(笑)

1日目、仙台駅 (東北新幹線で)  → 大宮駅 (北陸新幹線で) → 金沢駅 (バスで) → 兼六園 → ひがし茶屋街→金沢駅 (レンタカーで) →ホテルルートイン砺波インターに泊。

2日目、ホテルルートイン砺波インター (レンタカーで) → 白川郷 → 五箇山 菅沼集落→五箇山 相倉集落→ホテルルートイン砺波インターに泊。

3日目、ホテルルートイン砺波インター (レンタカーで) → 雨晴海岸 → 高岡市万葉歴史館 → 金沢駅 → 大宮駅  → 仙台駅

 

初日、JR金沢駅に10時30分頃到着。本日は市内観光。コインロッカーに荷物を預けてから周遊バスで兼六園に向かう。 兼六園は、加賀百万石の歴史が息づく大名庭園で、国の特別名勝であり 水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つ。 加賀藩前田家の歴代藩主が長い年月をかけて造り上げた、約35000坪の広大な庭園です。

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JR 金沢駅の鼓門 ( つづみもん ) 

金沢駅兼六園口 ( 東口 ) で、高さ14メートルのランドマークがお出迎え!! 

金沢の伝統的な芸能・能楽で使用する鼓がモチーフになっています。 風格漂う門構えは、圧巻の迫力でした。

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霞ヶ池と手前の徽軫灯籠 ( ことじとうろう )

兼六園と言えば、この写真。遠くにみえるのが内橋亭。ここは、記念撮影の超人気スポットになっています。

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反対側から見る霞ヶ池

かなり色ずいてはいましたが、紅葉の見ごろには もう少し先のようでした。

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兼六園にある成巽閣  ( せいそんかく )

かなり期待していたのですが、なんとこの日は休館日でした。 

第13代藩主の前田斉泰が母の隠居所として造営。優雅で豪華絢爛な邸宅だそうです。非常に残念でした。

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曲水に架かる花橋

その名の通り、ここは兼六園きってのお花見スポットとのこと。春には桜、夏ははツツジやカキツバタが楽しめるそうです。でも秋は何もありません。こんな感じです。(笑)

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瓢池  ( ひさごいけ ) と翠滝  ( みどりたき ) 

鬱蒼とした深山幽谷を表現してます。園内中央にある広々として明るい霞ヶ池とは対照的に、濃い樹木が覆い、静けさが漂う票池。勢いよく流れ落ちる翠滝は見事です。とても人工の滝とは思えないです。素晴らしい景観!!

兼六園は、標高55メートルくらいの高台にあるのにも関わらず、大小の池があり、いたるところに川が流れています。この豊富な水があるのは、10キロメートルも離れた犀川の上流から引いた辰巳用水によるものだそうです。高低差を上手く利用した土木技術なのでしょう。凄いです。

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明治紀念之標の日本武尊 ( やまとたける ) の像

西南戦争で戦死した、加賀藩の軍人の霊を慰めるものだそうです。

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白海老の天ぷら丼 (2000円)

昼食は、兼六園近くの 「 さくら茶屋 」 で こちらをいただいてきました。

 「 富山湾の宝石 」 とも呼ばれる白海老の天ぷらは、食感もよく最高に美味かったです。 店員さんによりますと、能登半島地震の影響で、今年の白海老の漁獲量は過去最低 だったそうです。来年は豊漁になることを願いながら、貴重な食材をいただいてきました。

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2024年11月16日 (土)

映画 『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』

先日、会員になっている いつもの109シネマズ富谷で映画 『 ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ 』 を観てきました。2019年に公開されて、社会現象となりセンセーションを巻き起こした衝撃作 『 ジョーカー 』 の続編 、『 ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ 』。 監督は、前作と同じトッド・フィリップス。主演 ホアキン・フェニックス、新キャストのリー役でレディ・ガガが加わるのも話題になっていました。しかし・・・・

映画の感想は、 「 ひどい! 」 の一言。1300円も払って観るべき映画ではありませんでした。悪のカリスマ ジョーカーの狂気も、衝撃も、戦慄も何も無し。情けなくて女々しい、中年童貞男 アーサーの物語。 タイトルを、 『 アーサー:フォリ・ア・ドゥ 』 に変えるべきだと思いました。しかも、なんと、1960年代の古臭いミュージカル映画そのもの。ひたすら眠くなってきてしんどかった!(笑)    本当につまらない映画でした。わたくしは、ミュージカル映画は余り好きではないのですが、好きな方は先入観なしで観てください。そこそこ楽しめると思います。 

アメリカでの評判が芳しくなく、興業成績も悪かったのは知っていたので、あまり期待はしていませんでしたが、これほど酷いとは思いもよりませんでした。ジョーカー、アサーを脇役にして、レディ・ガガが主演のミュージカル映画にしたほうが大ヒットしたはずです!(笑)

物語の舞台は、ゴッサムシティにある裁判所と刑務所。ここを行ったり来たりする法廷劇 + リー  ( レディ・ガガ )  との恋愛物語 + ミュージカル仕立て。 看守に虐げられ惨めな拘留生活を送っていたアサーは、謎の女リーと出会い、変わり始める。いよいよジョーカー復活か!! と思いきや・・・裁判と恋愛が進展にするにつれて 予想外の展開を迎え、終着点には虚しさと虚脱感が残る・・・・。

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109シネマズ富谷 にて

 

映画 『 ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ 』 予告編

 

レディ・ガガのライブ風なパフォーマンスと、ホアキン・フェニックスとレディー・ガガ のデュエット曲 「 ラヴ・サムバディ 」 のシーンがこの映画で唯一の見応えのある場面でした。 「 ラヴ・サムバディ 」 (To Love Somebody) は、ビージーズのソウルバラード風な名曲です。

ホアキン・フェニックス、レディー・ガガ  「 ラヴ・サムバディ 」 (To Love Somebody)

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2024年11月13日 (水)

姫神山 (岩手県盛岡市)

11月6日 (水)、 今シーズンの最後は、晩秋の姫神山 (1124メートル) に登ってきました。晴れてはいましたが寒く、登っていてもほとんど汗をかかないので、わたくしにとっては最高の登山日和。 平日のため、登っていた登山者は、5~6人と少なく 久しぶりに静かなトレッキングを楽しむことができました。大満足です。

岩手山の東側に控えめにたたずむ姫神山は、石川啄木のふるさとで有名な渋民村  (現 盛岡市)  の裏山といった感じの山です。豪快な 「男神」   の岩手山に向き合う  「女神」  の姫神山は、端正でつつましい品格を感じさせる山。 標高は低いですが、日本二百名山にふさわしい山だと思いました。

城内登山口 (9:30発) → 水石権現 → 笠詰権現 → 姫神山山頂 (11:40着)    姫神山山頂 (12:00発) → 笠詰権現 → 水石権現 → 城内登山口 (13:30着)  約4時間のトレッキングでした。(休憩含む)

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ふもとの渋民公園から見る姫神山

ピラミダルな山容で、本当に美しい山です。 江戸時代には、岩手山、早池峰山とともに南部三霊山として信仰の対象になっていたそうです。

啄木の歌 、『 ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな 』 や 『 かにかくに 渋民村は 恋しかり おもいでの山 おもいでの川 』 などに詠まれた山は、岩手山だとする説は有力ですが、姫神山だとする説もあります。なぜなら、啄木が渋民村を舞台に書いた小説 『 鳥影 』 には、姫神山がふるさとの山として登場するからだとか。なるほど、納得です。でも、わたくし的には 岩手山であってほしいですね!(笑)

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城内登山口付近にて

晴れてはいましたが、かなり寒かったです。ダウンジャケットを着こんで、いざ 出発!!

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ダケカンバと白樺の混合林の中の登山道

登山口からは、落葉がびっしりと敷き詰められた登山道を進む。まるで落葉の絨毯のようでした。

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山頂手前にあった 「 水石権現 」

大きな石風呂のような 「 水石 」。 風呂のようにくぼんでいるので、年中水が溜まっているそうです。今の時期は、落葉がたっぷりと溜まっていました!(笑)

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 「 水石権現 」 の先にあった 「 笠詰権現 」

かなり大きな石の笠というか石のUFOが乗っかっている感じ。大迫力の 「 笠詰権現 」 でした。驚きましたね。  修験道の山らしく 登山道のあちこちに、それぞれの権現様が祀られていて面白いと思いました。

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山頂直下の露岩地帯

三角形の山の稜線に沿って登って行く感じなので、後半は急斜面の登りを強いられます。この辺りは 露岩地帯の急斜面なので、集中して登らなければなりません。滑落して骨折した大変です。

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山頂直下から見る岩手山  (2038メートル)

八合目を過ぎると、山頂まではもう一息。ダケカンバの低木林になり、露岩地帯で振り返り見ると岩手山がダイナミックに迫る。絶景でした。素晴らしい!!  数日前、初冠雪があったのですが、今はすっかり消えていました。 平野部のところを右から左側 ( 北から南 ) に北上川が流れています。

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山頂より南側を望む

遠くには、霊峰 早池峰山 (1917メートル) も見えました。

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山頂から望む岩手山と左側の秋田駒ケ岳  (1637メートル) 

独立峰とも言える姫神山山頂からは、遮るものがない360度の大展望が展開する。素晴らしいの一言。これが、日本二百名山に選ばれた理由でしょう。

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花崗岩の露岩地帯の山頂

この日の山頂は、風が強く吹きつけて凍えるような寒さ。 持ってきた、ダウンジャケットを着てニット帽を被り、手袋をして休憩していました。

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啄木の故郷にある 「 渋民公園 」 

岩手山を西に、姫神山を東に望む北上川の河畔公園。この公園には、 『 やはらかに 柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに 』 と刻まれた 啄木 第一号歌碑がシンボルのごとく建っています。 いやー、絵になります!!(笑)

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北上川と鶴飼橋

「 啄木の通った道 」、 啄木が渋民村に住んでいたころは、東北本線の渋民駅はなく、好摩駅が最寄りの駅でした。そのため、啄木が東京や函館に行く際には、当時の鶴飼橋を渡り、鉄道沿いに好摩駅まで歩いたそうです。 啄木ファンには、たまらない場所ですね!!

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2024年11月10日 (日)

北野異人館街 (神戸市中央区)

同じく旅行4日目、見学した北淡震災記念公園・野島断層保存館を12時30分に出発し、神戸市中央区の北野異人館街に向かう。北淡ICから阪神淡路鳴門自動車に入り→明石海峡大橋→7号北神戸線を通り、のんびり走って約1時間くらいで到着。明石海峡大橋から神戸のベイエリア辺りの景観は素晴らしかったです。感動しました。

神戸港開港により外国人住宅地として誕生した北野異人館街。国の文化財に指定・登録されている三館をメインに異国情緒あふれるレトロモダンな洋館が立ち並ぶ 素晴らしい場所。かつて、故郷を遠く離れた外国人たちが、山手の海の見える高台に邸宅を構え、遠い故郷に思いをはせたことから誕生した街とのこと。 北野異人館街の洋館は、1995年の阪神淡路大震災で 大きな被害を受けましたが、今は全て修復・復元されています。

北野異人館街を見学後、三ノ宮駅に戻りレンタカーを返却。その後、ポートライナーで神戸空港に向かい お土産を購入。17時25分発の仙台空港行き スカイマーク156便に搭乗し神戸に別れを告げた。

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神戸のシンボル 「風見鶏の館」

今は 耐震補強工事ため長期休館中、そのため内部を見学することはできませんでした。大変残念でした。

赤レンガの外壁が重厚な 「風見鶏の館」 は、明治42年 (1909年) の建築で、1978年に国の重要文化財に指定。 屋根の上の風見鶏が目印の異人館で、ドイツ人の貿易商 トーマス氏の私邸でした。北野のランドマークで異人館街を代表する洋館です。館内のいたるところに美しいアールヌーボー様式の意匠が見られるそうです。

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隣の北野天満神社から見る 「風見鶏の館」

風見鶏が神戸の空に映えてます。素晴らし眺めでした。

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 「萌黄 (もえぎ) の館」

明治36年 (1903年) 建築の洋館で、元アメリカ領事館のハンター・シャープ氏の邸宅。こちらも国の重要文化財に指定されています。

ロケ地としても有名な淡いグリーンのこの建物は、1995年の阪神淡路大震災で全壊状態になったそうですが、約2年をかけて完全に修復したそうです。

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内部の様子

重厚で高価な調度品の数々。つい見とれてしまいます。素晴らしいですね。

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ベットルーム

隣は書斎になっていました。

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うろこの家・展望ギャラリー

旧居留地に商館として建てられ、大正時代に当地に移築されてからは外国人向けの高級貸家として使われていました。1968年まで住んでいた最後の居住者であるドイツ人E・ハリヤー氏の名前から、旧ハリアー邸の名称で呼ばれています。

異人館街で最も見晴らしのいい高台に建っていました。まるで、魚のうろこのような形の天然石に覆われた異人館。 約3000枚のスレートに覆われた外観から 「うろこの家」 と呼ばれるようになったそうです。神戸で初めて公開された異人館とのこと。建物も庭も、圧巻の素晴らしさ、美しさでした。

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内部は、展示室になっていました。

マイセンやロイヤルコペンハーゲン、フローラダニカなどなど、西洋の高価で芸術的な陶磁器が百花繚乱。見応えがありました。

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六甲山を開発して神戸近代化の立役者となった英国の貿易商 アーサー・ヘスケス・グルーム の肖像写真1901年(明治34年)には仲間3人と共同で、日本初のゴルフ場を六甲山に造ったそうです。

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広い書斎兼趣味の部屋

ゴルフクラブやスキー板、スケート靴、クリケット用具などもありました。多趣味な方ですね。他にも山登りが好きで、六甲山を歩き回り、縦走もしたそうです。

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最上階の展望ギャラリー

うろこの家の姉妹館として、最上階は展望ギャラリーになっていました。一部複製品もあるようでしたが、近現代の人気作家の絵を観ることができます。

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展望ギャラリーより望む

山手の高台にあるため、展望はすこぶるいいです。海も見えました。左側の のっぽビルは シティータワー神戸三宮。

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2024年11月 7日 (木)

北淡震災記念公園・野島断層保存館 (兵庫県淡路市)

旅行4日目、一泊した亀の井ホテル高知を8時30分に出発し、淡路島の北淡震災記念公園・野島断層保存館に向かう。高知自動車道から徳島自動車道に入り鳴門大橋→神戸淡路鳴門自動車道を通り、のんびり走って約2時間30分くらいで到着。またまたロングドライブになりました。

北淡震災記念公園・野島断層保存館は、地震で現れた野島断層を ありのままに保存・展示し、様々な角度から断層を分かりやすく解説。さらに、阪神淡路大震災を語り継ぐだけではなく、東日本大震災などの過去の震災や将来起こりうる南海トラフ巨大地震についても考えさせてくれる施設です。

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北淡震災記念公園・野島断層保存館入口付近

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国道43号線の倒壊再現模型・ジオラマ

30年前に、テレビで見た衝撃的な映像を思い出しました。

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入口付近にて 震災の写真パネル

阪神淡路大震災から、来年の1月で30年を迎えます。長かったような、短かったような・・・・・国道43号線の倒壊や長田区の火災などなど、ニュースで見た当時の事をいろいろと思い出しました。 忘れられない日が、忘れ去られてしまう日が絶対に来てはならないためにも、このような施設や震災を伝える語り部が必要だと強く思いました。

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野島断層保存館内

国指定天然記念物の野島断層を、そのまんま屋内保存されていました。 長さ10キロメートル、2メートル近い横ずれの、とんでもない断層。地面のずれが最もよく現れた旧北淡町の断層が保存されています。

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野島断層の地下での姿、トレンチ断層

野島断層保存館の南端には、断層の地下での姿が観察できるトレンチがありました。野島断層が、そのまま地表とのズレとなって現れていることがよく分かります。凄いです。見応えがありました。

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神戸の壁

戦前に神戸市長田区の公設市場に建てられた「防火壁」。 第二次世界大戦の神戸空襲に耐え、阪神淡路大震災では地震と火災に耐えて多くの人の命を救ったようです。 そのため保存運動が盛り上がり 「神戸の壁」 として移築保存されることになったそうです。なるほど!!  なんか、神ががった壁、エルサレムにあるユダヤ人の聖地 「嘆きの壁」 のようです。素晴らしい!!

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「地震直後の台所」 メモリアル ハウス内にて

ここは、野島断層が横切る民家をメモリアル ハウスとして、そのまんま保存・展示しいてます。 東日本大震災の時の我が家の惨状と全く同じ!!  いろいろ当時のことを思い出してしまいました。

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同じくメモリアル ハウスにて

家の塀の横ずれの様子。折れ曲がるように破壊されていた。ずれていない真っ直ぐな塀と比べてみると、1.2メートルもずれてるそうです。

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北淡震災記念公園から播磨灘を望む

この辺りは、少し高台になっていて、見晴らしもよく気持ちの良いところです。 播磨灘に沈む夕日は美しく、日本の夕日百選にも選ばれいるとか。人気のビュースポットのようです。

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2024年11月 5日 (火)

桂浜 ・ 坂本龍馬 記念館 (高知県高知市)

同じく旅行3日目、最初に立ち寄った祖谷渓・祖谷のかずら橋を12時30分に出発し、高知県高知市の桂浜に向かう。国道376号を通り、四国横断道路から黒潮ラインに入り、のんびり走って約1時間30分くらいで到着。 この日は、10月だというのに、さんさんと太陽が輝き まるで真夏のような暑さ。南国土佐は、夏真っ盛りでした。

坂本龍馬ゆかりの桂浜は、月の名所。 真っ青な太平洋と白砂、青松のコントラストが見事な景勝地。 周辺には坂本龍馬の銅像や記念館あり、龍馬ファンの聖地でもあります。

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桂浜 海のテラス

オシャレな飲食店やお土産店が充実。桂浜の歴史を学べるミュージアムもありました。リニューアルオープンしたばかりの商業施設。

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あまりにも有名な 桂浜

真っ青な太平洋と白砂、青松のコントラストが見事な景勝地。 砂浜ではなく、色とりどりの小石の砂利浜で、まるで宝石が散りばめられているような美しい浜でした。散策するのには最適な場所。ベンチに座ってずっと眺めていたい感覚になります。

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同じく 桂浜 

正面は、竜王岬の展望台。 多くの人が浜に座って海を眺めていました。

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竜王岬の展望台   ここから眺める太平洋は絶景です。

ここ桂浜にも多くのチャイニーズ系、アジア系観光客が来ていました。しかも、なんと、年寄りは皆無で 若い人がほとんどなのです。驚きました。どれもこれも、円安の影響なのでしょう。インバウンド消費の拡大は大歓迎です。ガンガン日本でお金を使って、日本を豊かにしてください!!(笑)

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有名な桂浜の 「坂本龍馬 像」

 台座を含めると高さ13.5メートルもあるというダイナミックな銅像。 あの有名な写真を元にして造られています。 まるで 「わしゃあ、ここに、おるぜよ!」 と言ってるようでした。(笑)   ここは、絶好の撮影スポットになっています。

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桂浜の奥にあった 「大町桂月の記念碑」 

この碑の裏には 、「見よや見よ みな月のかつら浜 海のおもよりいづる月かげ」 と刻まれています。大町桂月は、終生酒と旅を愛した土佐生まれの歌人、随筆家、登山家です。 5月に行った北海道 大雪山の層雲峡にも大町桂月の碑がありました。明治時代に大雪山に登り、層雲峡を踏破した登山家、冒険家でもあります。

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高知県立 坂本龍馬記念館 新館側

「心をつなごう!  シェイクハンドぜよ!! 」  わたくしも坂本龍馬と握手してきました。(笑)

記念館は 桂浜の隣、浦戸城跡の高台にあります。新館の建設とリニューアルを経て2018年にグランドオープンしました。近代的で立派な建物です。

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旧館の常設展示室

土佐生まれの国際人で翻訳家、教育家のジョン万次郎の展示室もありました。

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京都の近江屋にあった血の付いた襖と竜馬の愛刀

竜馬が暗殺された時に付いた血のようです。生々しいですね。 暗殺の実行犯は、特定されていませんが、新選組説、京都見回組説、西郷・大久保の陰謀説など諸説あります。わたくし的には、京都見回組の犯行だと思っています。

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本館2階にあった 坂本龍馬のフィギュア

ここは、体験型の展示コーナー 「幕末広場」 になっていて楽しく学べる場所。まさに 「竜馬と遊ぶ!!」 コーナーなので、小学生でも楽しく遊んで学べるところでした。

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屋上の展望コーナーからの眺め

太平洋 (土佐湾) に沿って真っすぐなシーサイドロードが続いる。 道路の先の方が、清流仁淀川の河口。素晴らしい眺望です。

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この日一泊した、亀の井ホテル高知 (旧かんぽの宿高知)

高知市の北隣、いの町の清流 仁淀川の河畔に建つ、全室リバービューの温泉ホテル。 温泉は、弱アルカリ性の美人の湯で、肌がつるつるになります。展望露天風呂は、清々しくて最高でした。

今回は、温泉ホテルに一泊しようと思い、有馬温泉などいろいろ検討しましたが、高かったので止めました。 結局、リーズナブルで 高知市にも近く ロケーションもバツグンなここに一泊することにしました。

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夕食の 「土佐の恵み懐石」

先附けと鰹のタタキ、四万十川ポークとキノコの生姜鍋。 他にも、四万十川鶏や秋サバの料理、煮物などをいただいてきました。最高に美味かったです。酒は、明日のことを考えて生ビールと日本酒少々のみ。(笑)

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2024年11月 1日 (金)

祖谷のかずら橋 ・ 祖谷渓 (徳島県三好市)

旅行3日目は、1泊したホテルルートイン徳島空港を8時30分に出発し、徳島県三好市の 「祖谷 (いや) のかずら橋」 に向かう。バイパスから徳島自動車道に入り ひたすら西に進む。井川・池田ICで降りてから国道192号→国道319号通り、のんびり走って約2時間くらいで到着。またしてもロングドライブになりました。

かずら橋のある祖谷地方は、百名山 剣山 (1955メール) 山系の1000メール級の山々に囲まれた秘境。日本有数の深さを誇るV字谷の渓谷美がが素晴らしく、平家の落人伝説や妖怪伝説なども数多く残っています。

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祖谷のかずら橋  14メール下には、祖谷川が流れる。

かずら橋の起源は、弘法大師空海の架設とも、平家の落人によるなど諸説があるようです。非常にロマンが搔き立てられます。

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実際に渡ると想像以上にスリリングな かずら橋

SNSなどで世界的に知られるようになったそうで、この日も多くの外国人観光客が来ていました。チャイニーズ系、東南アジア系の観光客が多かったです。

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「祖谷のかずら橋」は、国指定の重要文化財になっています。

かずらを編んで造られた吊り橋は、渓谷美と相まって情緒あふれる風景でした。

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みなさん怖さと戦いながら、恐る恐る渡っていました。

長さ45メール、幅2メートル、20センチくらいの隙間があるので、下を見るとけっこう怖いです。高所恐怖症の方は、止めたほうがいいでしよう!(笑)

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かずら橋のすぐ近くにある 「琵琶の滝」

落差40メートルもある滝で、祖谷に落ち延びた平家の落人たちが、京の都を偲び琵琶を奏でたという伝説が残っているそうです。うっとりするような滝でした。

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いこい食堂

かずら橋の近くで祖谷の郷土料理を提供する食事処。

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名物「祖谷そば」と炭火で焼き上げる「でこまわし」 (800円と400円)

少し早い昼食でいただいてきました。どちらも、素朴なおいしさ という感じで、美味かったです。 特に 「でこまわし」 は、祖谷のジャガイモと石豆腐とコンニャクに甘味噌をつけて焼いたもので、まさに秘境の味!! という感じでした。

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かずら橋に行く前に立ち寄った 「大歩危 (おおぼけ) 峡」

ここは観光遊覧船乗り場になっています。

吉野川の上流域で剣山国定公園内にある大歩危峡は、断崖絶壁と急峻な山並みが続く観光名所。美しい川の流れを満喫する船旅ができるようです。

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同じく 大歩危峡

ここから断崖絶壁の峡谷が約8キロも続く。

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 「小便小僧」

祖谷街道の断崖絶壁に突き立つ銅像で、渓谷に向かって迫りだしている。圧倒的な高度感で景観も素晴らしい。

祖谷のかずら橋から、断崖絶壁の曲がりくねった狭い道をしばらく進むと、小便小僧に到着。 山登りをするので、山岳道路の運転には慣れていますが、これほどの道路には滅多にお目にかかれません。神経がすり減るような運転の連続で、かなり疲れました!

数年前、SNSで紹介されて人気に火が付いたため、多くの外国人観光客が見に来るそうです。この日も、チャイニーズ系や台湾系の観光客で狭い駐車スペースは満車状態。車が狭い道路にあふれていました。やれやれ困ったものです。

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 「ひの字渓谷」

小便小僧から車で10分くらいの所にある絶景ポイント。  本当にひらがなの 「ひ」 の字に見えました。

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「ひの字渓谷」の説明版

祖谷川が鋭く刻んだ祖谷渓は、数十メートルから数百メートルの断崖絶壁が 20キロも続くそうです。凄いです。日本屈指の大峡谷と言えるでしょう。

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