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2024年5月13日 (月)

吉野ケ里歴史公園 (佐賀県吉野ケ里町)

九州旅行4日目、最終日は、一泊した諫早市のホテルルートイン諫早インターを8時過ぎにに出発し、最後の目的地 佐賀県吉野ケ里町の 「吉野ケ里歴史公園」 に向かう。 諫早インターから長崎自動車道を通り、ホテルからのんびり走って約1時間40分くらいの距離。

吉野ケ里遺跡は、日本最大級の弥生時代の遺跡・集落で国の特別史跡に指定。弥生時代の環濠集落遺跡を公園として整備し、一般公開しています。物見やぐらや巨大な祭殿、竪穴式住居など、発掘調査後に復元された建物が見学できます。 古代の生活にふれてみよう!(笑)

吉野ケ里歴史公園を見学後、福岡に戻りレンタカーを返却。その後、送迎バスで福岡空港に行き お土産を購入。16時30分発 仙台空港行のアイベックス017便に搭乗し九州に別れを告げた。

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北内郭 (きたないかく)

周囲を環濠と城柵で厳重に囲まれた支配者たちの居住区。敷地内への侵入者を監視するために建てられた物見やぐらが立っていた。争い事や戦争が絶えなかったのでしょう。物々しい雰囲気が漂っていて、当時の緊張感が伝わってくる。実際に物見やぐらに上ってみると、すこぶる見晴らしがいいので驚いてしまいました。

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物見やぐらからの眺望

この場所で、暇そうにしていた おばあちゃんボランティアの説明・解説をじっくりと聞くことができました。 その説明によると、 「吉野ケ里歴史公園は、東京ディズニーランドと同じくらいの広さである。この場合は、王族などの支配者たちの住まいがあったところで、立派な縦穴式住居が多く発掘された。環壕の内部だけで約1,200人、吉野ヶ里を中心とするクニ全体で約6000人くらいの人が暮らしていた。現在は約20キロの距離だが、当時、有明海までは 2~3キロの距離だったので、豊富な海産物がもたらされた。」 とのこと。 なるほど、稲作だけでなく有明海でとれる豊富な海産物が吉野ケ里の人々の生活を支えた訳ですね。納得しました。 

説明が終わった後に、「どちらからいらっしゃったのですか?」 と聞かれたので 「仙台です。宮城県の仙台。」と答えたら、きょとんとした顔をして 「??」 だったので、 「あっ、東北です。東北の宮城県です。」 と言ったら、やっと分ってくれました。九州の人にとって 「仙台とか宮城県」 と言っても分からない人の方が多いですよね?(笑)

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北内郭の巨大な祭殿

ここは、吉野ケ里遺跡の中で最も重要な場所。まつり事や祭祀が行われていた神聖な場所でもあります。巨大な祭殿をはじめ、9棟の重要な建物が復元されいた。

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祭殿内にて

祭殿の内部では、司祭者・巫女が先祖の霊に伺いをたてる様子を再現。まるで卑弥呼のようでした。

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復元・保存された北墳丘墓

吉野ケ里環濠集落の歴代の王が埋葬されていた特別の墓。出土した甕棺 (かめかん) の中からは、国宝級の有柄銅剣やガラス製の菅玉などが発見されています。

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吉野ケ里史跡公園の最も北にある甕棺墓列 (かめかんぼれつ) 

発掘されたままの姿で復元・展示されていました。約500メートルに渡って広がる、約400基の甕棺は圧巻。その規模の大きさに圧倒されました。

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広大な吉野ケ里史跡公園の案内板

東京ディズニーランドと同じ広さの史跡公園を、3時間くらいかけて歩きまわったのでけっこう疲れました。

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史跡公園にある「吉野ケ里遺跡展示室」

吉野ケ里遺跡で出土した、土器や甕棺、銅剣、勾玉、管玉などが展示されています。遺跡を巡る前に、ここを見学した方がよかったかな?と思いました。展示室は、修学旅行の中学生で混雑状態。やれやれ。

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昼食は、「古代貝汁御膳+コーヒー」 (1700円)

吉野ケ里の弥生人が食べていた食事をイメージした限定メニュー。 吉野ケ里歴史公園のレストランでいただいてきました。有明海産のアサリ汁、ムツゴロウの素揚げ、古代米・赤米のおにぎりなど、美味かったです。ムツゴロウは、初めて食べましたが、ハゼより遥かに美味でしたね。

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