二条城 (京都市中京区) 清水寺 (京都市東山区)
先週、3泊4日で京都と奈良を旅行してきました。著名な世界遺産と国宝の地を12ヶ所も巡るというハードな一人旅。半端ない達成感があり、世界遺産と国宝を飽きるくらい満喫してきました。 一応かみさんを誘ったのですが、「京都は数回行ってるし、奈良も行ったことがあるので行かない!」とのことでした。でも、後から考えてみると一人だったからこそ、これだけ効率良くスピーディーに回れたと思っています。ちなみに、わたくしが京都・奈良を訪れたのは、中学の修学旅行以来でしたので、ほとんど初めて状態でした。(笑)
1日目、仙台国際空港→関西国際空港 (リムジンバスで) →京都駅→二条城→清水寺→京都ユウベルホテル泊。 2日目、京都からレンタカーで奈良へ→法隆寺→東大寺→平城宮跡→京都、京都ユウベルホテル泊。 3日目、京都駅 (JR奈良線で) →宇治 平等院→伏見稲荷大社→京都駅 (バス地下鉄で) →金閣寺→龍安寺→八木家邸宅→京都ユウベルホテル泊。 4日目、京都駅 (バスで) →三十三間堂→京都国立博物館→京都駅 (リムジンバスで) →関西国際空港→仙台国際空港
関西国際空港からリムジンバスで、やっと京都駅に到着。京都タワーが迎えてくれました。駅のコインロッカーに荷物をデポしてから、地下鉄烏丸線 (南北線) で二条城に向かう。
世界遺産・国宝の元離宮 二条城入口
重要文化財の唐門 (からもん)
極彩色の龍や虎などの彫刻は、日光の東照宮に似ていました。
国宝の二の丸御殿 内部は一切撮影禁止。
江戸から明治へと時代が変わるきっかけとなった 「大政奉還」 の舞台となったのがここです。 狩野派の絵画に彩られた 優雅な形をした二の丸御殿に入ると、床が 「鴬張り」 という仕掛けになっていて、歩くと 「キュンキュン、キュッキュッ」 と音が鳴りました。 「忍び除け」 だそうです。いやー、昔の人の知恵には驚かされます。
天守閣跡から望む内堀
徳川家の城なので江戸城に似ていました。
本丸櫓門を望む
この辺りは、江戸城そのまんまです。(笑)
清水寺の仁王門に直接つながる清水坂 (参道)
二条城から地下鉄東西線とバスで清水寺へと向かう。
京都お土産の定番の店が所狭しと並ぶ。グルメやグッツ販売の店も多い。多くの観光客で賑わっていました。清水寺に限ったことではないですが、京都の観光地は どこも修学旅行の中学生、外国人観光客、和服に草履の姿のカップル、そして日本人観光客で混雑していました。伏見稲荷大社など、場所によっては圧倒的に外国人観光客多い所もありました。
世界遺産・国宝の清水寺
清水坂を10分ほど登って行くと仁王門と三重塔が現れる。和服姿の外国人がかなり多かった。でもなんか、外国人に和服は似合わないですね!(笑)
定番中の定番、国宝の本堂。清水の舞台として有名。京都で一番人気の寺院です。本堂の内部は、観光客と修学旅行の中学生で大混雑していました。
清水寺の起源は、8世紀頃 坂上田村麻呂がこの地にお堂を建てたことです。
清水寺という名前の由来になった 「音羽の滝」
「延命水」とも呼ばれ、延命長寿などの御利益があるとか。わたくしも、並んで参拝して「延命水」を飲んできました。長生きするでしょう?!(笑)
音羽の滝から見る清水寺 (清水の舞台)
圧倒的な迫力で迫ってきます。素晴らしい景観!!
音羽の滝 近くにある「北天の雄 阿弖流為 (アテルイ) と母禮 (モレ)」 の碑
8世紀頃、奥州 (岩手県奥州市) では、押し寄せて来る朝廷軍とエミシ軍との衝突が繰り返えされていました。エミシ軍を完全制圧するために、朝廷は、坂上田村麻呂を派遣したのでした。戦は熾烈を極め、善戦むなしくエミシ軍は総崩れになって敗北。エミシ軍の長 (おさ) であったアテルイと軍師のモレは捉えられ、京都に連行されました。アテルイとモレの武勇を認めていた坂上田村麻呂は、朝廷に 二人の助命を嘆願しましたが拒否され、河内国 (枚方市あたり) で処刑されたのでした。(涙)
これらの史実から、坂上田村麻呂ゆかりの地 清水寺に この碑が建立されました。
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