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2023年5月22日 (月)

東大寺 (奈良県奈良市) 平城宮跡 (奈良県奈良市)

法隆寺に 3時間くらい滞在したため時間が無くなってしまい、興福寺をパスして東大寺と平城宮跡に行くことにしました。 興福寺は次回のお楽しみということで!(笑)

奈良のシンボルである大仏様を本尊とする世界遺産・国宝の東大寺。奈良時代に聖武天皇が仏教の教えを中心に添えて、仏教の力で国を守るために建てた空前絶後の大寺院です。 平安時代末期と戦国時代の戦乱により多くの建物が消失しましたが、江戸時代中期に現代の景観に整えられてました。大仏や大仏殿などは、江戸時代に再建されたものですが、南大門など鎌倉時代に再建されたものが現存しています。

法隆寺から東大寺までは、西名阪自動車を利用して約40分くらいの距離。奈良市郊外の平城宮跡までは、東大寺から国道369号線を通り15分くらいの距離でした。

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国宝の南大門 (鎌倉時代)

圧巻の存在感と迫力で観る者を圧倒します。 この門の左右には、は運慶・快慶作の金剛力像が控えている。

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運慶・快慶作の国宝 金剛力士像 (鎌倉時代)

南大門の左右には、高さ25.5メートルの 金剛力士像が控えており「東大寺の治安はオレらに任せておけー!」 と言わんばかりに睨みを効かせていた。(笑) 凄みを感じましたね。

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国宝の大仏殿 (江戸時代中期)

圧巻の迫力、圧巻の存在感。幅 57メートル、奥行 50メートル、高さ 48メートル。これで創建同時の大仏殿よりも一回り小さいとのこと。唖然としてしまいました。

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同じく国宝の大仏殿 (江戸時代中期)

奈良の観光地も修学旅行の中学生と外人さんで混雑していました。さらに、なんと東大寺の南側が奈良公園になっているからでしょう。参道には、多くの鹿がいました。鹿せんべいを与えている中学生が多くいてお騒ぎでしたね。やれやれ。

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奈良のシンボル、国宝の大仏様 (盧舎那仏座像)

高さ15メートルで世界最大級の金剛仏。聖武天皇が創建した当時の大仏は、現在のよりも一回り大きかったようです。いやー、驚きました。

大仏様の一部は鎌倉時代のもので、ほとんどが江戸時代中期に再建されたものです。

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大仏殿内部にて

創建同時の東大寺は、こんな感じでした。

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東大寺の北側にある世界遺産・国宝の 「正倉院」 (奈良時代)

高床式の校倉 (あぜくら) 造りとしてあまりにも有名。聖武天皇の愛用品など多くの美術工芸品の宝物が収蔵されいました。現在は、宮内庁が厳重管理しているので遠くから眺めることしかできません。警備員が常時睨みを効かせていましたね!(笑)

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復元された 世界遺産 平城宮跡の「第一次大極殿」

間口が44メートル、高さが25メートルという巨大な宮殿建築。

なんと綺麗な平城京! (笑)   ここは、奈良時代 (約1300年前) に日本の首都として栄えた平城京の中心遺跡 ・平城宮です。

法隆寺に3時間、東大寺に2時間滞在したため 平城宮跡に着いたのが16時過ぎ。広大な平城宮跡に点在する資料館やミュージアムなどの入館は、16時までだったため一切観ることができませんでした。(涙) しかし、復元された宮殿建築などの見学は17時までだったので何とか観ることができました。広大なエリアを急ぎ足で回ったのでへとへとに疲れてしまいましたね。(笑)

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「第一次大極殿」内部   ここは、天皇の即位式などが行われた最も重要な建物。

ここは無料で内部を見学できました。

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復元されたばかりの太極門 (南門)

正門である朱雀門の次の門です。朱雀門よりも一回り小さい門とのこの。

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第一次太極殿から太極門 (南門)を望む  

左側の建物の中には、現在復元整備中の 「東楼」 があるそうです。

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太極門 (南門) から平城京の正門である朱雀門を望む

この広大なエリアは、中央区朝堂院と呼ばれ、中央の空間を挟み役人の執務関連の建物がずらりと並んでいました。平城京の中心部、平城宮の広さは南北約1000メートル、東西約1300メートル。とんでもない広さです。凄すぎます。呆れてしまいました。

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