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2022年4月30日 (土)

震災遺構 大川小学校・南三陸復興祈念公園 (宮城県石巻市・宮城県南三陸町)

なんと、東北6県+北海道在住者限定の宿泊割引&クーポン券付きプランが、5月末まで延長されました。ただし 「ゴールデンウイーク期間中は除く」 です。これは行くしかないと思い、4月27日 (水) に南三陸町の  「ホテル観洋」 に、かみさんと一泊して震災遺構、伝承館、復興祈念公園を巡ってきました。

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2011年3月11日の東日本大震災の津波により、大川小学校の児童、教職員84名が犠牲になり 「大川小学校の悲劇」 として広く知られるようになりました。大川地区全体で418名の方が犠牲となったのです。 この日も、仙台の中学校から多くの見学者が来ていました。

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校舎と体育館の間の渡り廊下

コンクリートの柱ごとねじり倒されていました。2方向から来た巨大津波がぶつかり合い渦を巻いて襲ってきたそうです。思わず絶句してしまいました。

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野外ステージの壁画

なぜかこの部分だけが残っていました。 宮沢賢治、銀河鉄道の夜、世界が全体に幸福にならないうちは個人の幸福はありえない、アメニモマケズ、カゼニモマケズ、ツナミニモマケズ・・・・・・

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校庭脇の裏山から撮影、大川小学校を俯瞰する。

正面山の下を流れているのが北上川で右側が河口です。海までの距離は、僅か4キロ足らず。

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校庭脇の裏山 

コンクリートで土留めをして山が崩れないようにしてありテラス (中学生がいるところ) になっていました。これは、震災前からあったものです。ここには、体育館裏の杉林  (シイタケ栽培体験学習の場)  から小学校低学年でも簡単に登ることができるのです。津波は、このテラスの下までしか来ませんでした。このテラスに避難していれば全員が助かったのです。 「なんで、50分以上も時間があったのにここに避難しなかったのが!!??」 と、今でも非常に悔やまれます。

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大川震災伝承館

地震発生から津波が到達するまでの当日の出来事が時系列で詳しく見ることができます。あと、裁判に関するコーナーもありました。

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南三陸町震災復興祈念公園

南三陸町では、津波による死者・行方不明 800人以上、消失家屋 3,000軒以上と壊滅的な状況でした。まさに 「町が、人が、消えた!」 です。

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震災遺構 「旧防災対策庁舎」

高さ15メートルの津波は、建物を完全に飲み込んだ! ここでは、町の職員ら43名が犠牲になりました。

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同じく震災遺構 「旧防災対策庁舎」

「小学1年生だったあの日、この目で見たものは まだ私の中で鮮明に生き続けている。どうかこの町が大好きだったあの日のように活気と人々の笑顔であふれる町になりますように。」

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ホテル観洋で管理している震災遺構 「高野会館」

結婚式場だったこの建物は、屋上に避難していた327名の命をギリギリのところで救ったそうです。なんと、足元まで津波が来ていたとのこと。まさに奇跡です。

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志津川湾にある 「サンオーレそではま海水浴場」 西側

ここも津波で全て消失しましたが、今ではすっかり復旧・復興していました。近くには、キャンプ場もありましたね。

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