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2022年3月11日 (金)

東日本大震災から11年

2011年3月11日(金)、22,000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から今日で11年となる。犠牲になった方々のご冥福をお祈りするとともに、震災の教訓を語り継ぐ決意を新たにしたい。
そこで、あの日を忘れないために、東日本大震災関連の記事を加筆して再掲します。

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2011年3月13日 (日) の記事

マグニチュード9.0、世界最大級の巨大地震だ。未曾有の大被害、被害は極めて深刻だ。宮城県だけで一万人を越える死者がでる可能性がある。死体安置所が足りない!! 11日から100回以上の余震が続く。夜も眠れない。上空にはヘリコプターが飛び、消防車や救急車が引っ切りしに通る、サイレンの音が胸をえぐる。(涙) 

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我が家の惨状。

1階も、2階もめちゃめちゃだ。まるで砲撃でも受けたようだ。ガスも水道もストップだ。 電気は、今日やっときたが、直ぐにストップするだろう。 手動で対応しているガソリンスタンドには、2~3キロにも及ぶ車の列。しかも、10リッターの制限つき。ガソリンを入れるのに一日がかりだ。コンビニも長蛇の列。やっと店内入れても、残っているのは、ビールと日本酒のみ!やれやれ。(笑) 難民の気持ちが理解できた。 

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近所の駐車場。

陥没して車を動かすことができない。このあたりの道路は、いたるところで陥没、隆起、地割れが発生。電柱はずれて傾いているところがある。水道管が破裂して、水が噴出しているところもある。

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2011年3月11日。東日本大震災の激震と津波が岩手、宮城、福島の太平洋沿岸部を襲い、多くの町を飲み込んだ。そこにあった多賀城市や松島町などの自衛隊駐屯地の建物や滑走路はズタズタになり飛行機や車両は流され水没し、多くの隊員は家や家族を失った。自らも被災者でありながら、自衛隊員たちは市民の救助のために奔走した。

過酷な作業を無休で続けていた自衛隊。無精髭の隊長さんがテレビのインタビューで話していた内容を10年たった今でも鮮明に覚えています。その隊長さんは、「なぜ、自衛隊員がこんなにも長期間、レトルトの行動食だけで不眠・不休・無休で感情を抑えながら活動を続けられるのかというと、日ごろ、もっと厳しい訓練をしているからです。他国の侵攻など、最悪の事態に備えているからこそ乗り越えられるのです。」 と話していた。本当に感謝しかない。自衛隊は素晴らしい。頭が下がる。

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