« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月17日 (水)

スプリングバレー スキー場 (仙台市泉区)

北日本に寒気が流れ込み、急速に発達した低気圧が発生!北日本を中心に大雪・大荒れの予報!これは、パウダーの予感・・・・!!予定を変更して行くしかないと思いました。予感は的中!スプリングバレースキー場は、シーズン初頭から予想外のパウダースノーが降り積もっていました。まさにパウダー天国。  4時間券を購入して、9時から12時30分過ぎまで滑ってきました。最高のパウダーランができて大満足です。  
Img_3961クワットリフト降り口付近。午後になるとパウダーを求めて、多くのスノーボーダーが集まってきました。   圧雪されたバーンの上に50センチ~60センチくらいのパウダーが降り積もり、スキー場全体がパウダー天国と化していました。荒れてくる前の午前中は、ターンをする度にスノースプレーが舞い上がり、気分爽快でした。滑っている間中 ニヤニヤとニヤケっぱなしでしたね。(笑)  年に一度あるかないかの素晴らしいコンディションでした。 
Img_3948_2ベースにて。マイ スノーボード。粉雪が降り続く・・・・・。奇跡的に午前中は、風がほとんどなかったのでした。これが幸いしました。ラッキーでした。------------------------------------------------------------------
Img_3941_2レリゴー!(笑)  マイナス5度、寒い。ウェアの袖にひらひらと舞い降りたのは、雪の美しい結晶。自然の芸術だ。自然が生み出す驚異の形象。  リフトに乗ってじっとしていると雪だるまになりそうでした。(笑)------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Img_3934スプリングバレースキー場手前付近。 すごい雪です。除雪車が頻繁に通っていました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月12日 (金)

「雪崩大全」 (山と渓谷社)

「雪崩大全」 は、山と渓谷社から来年の初め頃 出版される予定だそうです。わたくしは、買う予定です。みなさんも、ぜひ、買って下さいね。(笑)

雪崩事故防止研究会の担当の方から、「ブログ内の写真提供のお願い」とのことで下記のメールがきました。もちろん写真の提供は、二つ返事で承諾しました。(笑)
------------------------------------------------------------
はじめまして。
雪崩事故防止研究会の○○と申します。
主に北海道で雪崩事故防止活動を行っております。
さて、来年に「雪崩大全」という本が「山と渓谷社」から出版される予定で、
雪崩事故防止研究会と氷雪学会の災害調査チームが執筆することなりました。
その本の雪崩事故防止の章に、2012年3月13日に発生した「猫魔ヶ岳雪崩事故」を
掲載したいと考えています。スキー場付近でも発生しうる雪崩事故事例として、
今後の雪崩事故防止に大いに参考になる事例だと考えます。
そちらに、貴ブログに掲載されていた「猫魔ヶ岳の北西峰」を写した写真を用いたいと思います。
写真の使用についてご承諾頂きたく、よろしくお願いいたします。
使用例を下記に示します。

雪崩事故防止研究会(ASSH) ◯◯◯◯ 
(公社)氷雪学会北海道支部氷雪災害調査チーム
○○○○
メール:○○○○
-------------------------------------------------------------
雪崩事故防止研究会(ASSH)のサイト
(公社)日本氷雪学会災害調査チームのサイト

その時の記事です。 「スキー場に停まっていた救助用のヘリコプター。   昨日(13日)、大学生のスキーヤーとスノーボーダー二人が、コース外を滑走中に雪崩に巻き込まれたそうです。スキー場一帯には雪崩注意報が出ていたとか。その時、へりを出動させて救助したとのこと。やれやれ。。。。。。」
詳しくは、こちらを見て下さい。当時の記事です。

Cimg1624ブログの写真。 猫魔スキー場で一番のタフなバーン、ラ・フューテ コースを望む。猫魔ヶ岳山頂直下に展開しています。----------------------------------------------------------------------------------------
362loj本に載る予定の写真(使用例)。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月11日 (木)

みやぎ蔵王えぼしリゾート(宮城県蔵王町)

昨日、地元のえぼしスキー場で滑り、青根温泉不忘閣(日本秘湯を守る会会員の宿)に一泊してきました。初滑りは、秋田や山形、福島のスキー場が多かったのですが、地元宮城での初滑りと相なりました。いやー、幸先がいいですね。(笑)  山形の蔵王、天元台、福島の箕輪、クランデコ、岩手の安比高原、夏油高原などが、ほぼ同時期にオープンしました。例年ではありえないことです。それだけ今年は雪が多いということでしょうか?  6時間券を買って9時過ぎから14時30分頃まで滑ってきました。

Img_3832457ゴンドラ降り口付近。  標高1100メートルに位置する「石子ゲレンデ」、距離は短いですが、幅100メートルの快適な中斜面が広がります。--------------------------------------------------------------------------
Img_3859石子ゲレンデ。  スキー場のトップまでは行けませんでしたが、石子ゲレンデからベースまで一気に滑ることができました。例年ですと石子ゲレンデだけのオープンになりますので、かなり珍しい出来事です。    11時頃になるとけっこう混んできました。スキーヤーは、高齢者だけでした。年齢的には65歳~70歳くらいのおじさん、おじいちゃんスキーヤーがほとんどでした。中には、おばあちゃんスキーヤーらしき人も何人かいましたね。。。(笑) 高齢者を中心にスキーブームが起きているのでしょうか?
Img_3877石子ゲレンデトップ。遠方には太平洋が望めます。 気温低め、ほとんど無風、曇り時々晴れの天候。天然雪が80センチくらい降り積もり、バーンコンディションもまずまずと、最高のコンディションでした。 約6ヶ月ぶりのライディング。スキーと違って、スノーボードは46歳頃に始めたためか、シーズン最初の一本は、いつも少々緊張します。去年と同じ滑りができるだろうか?と少しの不安が頭をよぎり、ぎこちなく、ちぐはぐな滑りになってしまいます。2~3本滑った頃には本来の滑りが戻ってきて、気分爽快、快適なライディングが楽しめました。 最近は、スロースターターに拍車がかかってきてますね。年のせい、加齢のせい、というものあるのでしょうねー。。。やれやれです。(笑)
Img_3848かもしかゲレンデを登る孤高の登山者。スノーシューで登っていました。 65歳になるおじさんで、烏帽子岳に登るそうです。なんと、ゴンドラを使わず、ベースから登ってきたそうです。すごいですね。頭が下がります。(笑) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月 3日 (水)

「自由自治元年!」 菅原文太さん ありがとう!

心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌!

#なんか続きますねー・・・・・・。 菅原文太さんは、地元仙台、宮城県の英雄ですね。 広島の出身でないの?と思っている方も多いと思いますが(笑)、仙台の出身なのです。 仙台の進学校仙台一高時代は、新聞部の部長をやっていて、なんと、一年後輩には、井上ひさしさんがいました。当時、井上ひさしさんが書いてくる記事を 「なんだこれは!! こんな記事では全然だめだべ!! 書き直して来い!!」 とことごとく破り捨てたそうです。仙台一高の新聞部には、こんな伝説が残っているとか。やれやれ、高校時代から物騒だったのですね。(笑)   菅原文太さんの夢は、ジャーナリストになることだったそうです。夢を叶えるために妥協を許さず、常に真剣だったのでしょう。

9658kmj菅原文太さんというと、もうかれこれ30年くらい前のNHK大河ドラマ「獅子の時代」が思いだされます。数年前に総集編をレンタルDVDで観ました。 わたくしにとっては、非常に面白くて興味深いドラマでした。 会津藩士の平沼銑次(ひらぬま せんじ)を演じた菅原文太さんはかっこよかったです。明治政府(伊藤博文)の暴虐な権力に立ち向かう眼光鋭い抵抗者でありヒーローでした。
パリ万国博覧会、会津戦争、函館戦争、会津藩の下北半島斗南への流刑、西南戦争、自由民権運動、樺戸監獄(かばとかんごく)、秩父事件などなど、すべてに銑次はかかわって行くのです。見ごたえがありますよ!(笑)
ちなみに、樺戸監獄とは、北海道の石狩川上流にあった監獄で、反政府の政治犯(自由民権運動活動家など)が収容された監獄です。当時財政難で苦しんでいた明治政府は、政治犯などを片っ端から北海道に送り、「だだの労働力」として道路や鉄道の建設、鉱山の開発、森林、荒地の開拓などにあたらせたのです。囚人は赤い服を着せられ二人づつ鎖に繋がれていたとか。過酷な強制労働だったようです。 銑次も捉えられて樺戸監獄に入れられました。しかし銑次は、ここから脱獄するのです。 脱獄シーンは、ハラハラドキドキで、手に汗握る展開でしたね。

M_e78d85e5ad90e381aee69982e4bba3efbドラマの後半は、銑次が下北半島の斗南藩を出て、不平士族の反乱や自由民権運動に協力し支援していく様を描いています。 
そして最終回。明治17年、借金と重税に苦しむ秩父の農民(秩父困民党)が政府に対して武装蜂起するのです。(秩父事件) 「会津の先生」と呼ばれ慕われていた銑次は、農民軍を指揮し、政府(伊藤博文)が鎮圧するために出動させた軍隊と激しい戦闘を繰り広げるのでした。。。。多勢に無勢!農民軍は、あっという間に鎮圧されていまうのです。 ドラマのラスト、「自由自治元年」と掲げたのぼりを携え、一人斬りこんで行く銑次!まるで「仁義なき戦い」を観ているようでした。(笑) 常に弱い側に立って戦い続ける銑次こと菅原文太さんは、かっこよかったです。ヒーローでした。
この大河ドラマでは、大久保利通が好意的に描かれ、伊藤博文が悪役に描かれています。面白いと思いました。NHKとしては珍しく、何から何まで異色な大河ドラマでしたね。当然視聴率は悪かったようですが・・・。(笑)
その後です。銑次の生死は不明のままでした・・・・。   
『日本が日露戦争へと進んで行く歳月のなかで、何度か「銑次の姿を見た!」という人がいたのです。例えば、栃木県足尾銅山鉱毒事件の弾圧のなかで、例えば北海道幌内炭鉱の暴動弾圧の最中などで、激しく抵抗する銑次を見たという人がいたのです。そして噂の銑次は、いつも戦う抗(あがら)う銑次であった!と』 ナレーションより
#「獅子の時代」第51話 最終回はこちらをどうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »