« 白虎隊の悲劇 (福島県会津若松市) | トップページ | 八甲田山 (青森県青森市) »

2014年8月20日 (水)

会津新撰組記念館 (福島県会津若松市)

会津若松市のレトロな街並みが残る七日町通りを散策したきました。七日町通りは、新選組ゆかりの町、「八重の桜」の新島八重ゆかりの町でもあります。

Img_2880七日町通りにある「会津新撰組記念館」。 明治22年に造られた蔵を利用した建物で、一階が骨董店「むかしや」、二階が「新撰組記念館」になっています。レトロなポストまで、新撰組のトレードマークである山形の模様(ダンダラ模様)になっていますね。いゃー、驚きました。(笑)    一階には、アニメの新撰組グッツもそろっていて、若い女性の新撰組ファンであふれていました。記念館に置いてあった感想ノートには、全国から来た女性ファンのコメントがたくさん書いてありましたね。アニメの影響って、改めてすごいと思いました。  #大ヒットアニメ「薄桜鬼 〜新選組奇譚〜」は、こちらをどうぞ。  #浅田次郎の小説「壬生義士伝」(みぶぎしでん)の映画で、佐藤浩市が演じた斎藤一もよかったです。助演男優賞ものでした。こちらをどうぞ。

Img_2903記念館二階。 会津藩や新選組の資料をはじめ、援軍として駆けつけた旧幕府軍・奥羽越列藩同盟軍、攻めてきた新政府軍などの貴重な資料がたくさん展示してありました。     佐幕派 (幕府を補佐する側、幕府を倒そうとする側が倒幕派) であった新撰組は、昔から人気がありました。佐幕派、新撰組の人気の理由は、「滅びの美学」と「倫理を貫く強さ」であるといわれています。 最近は、「倫理、人倫の道」という言葉が脚光をあびつつありますね。人々は、特に若い人は、そろそろ恣意的行動 (気ままで自分勝手な行動。論理的な必然性がなく、思うままにふるまうこと。) に飽きてきたのではないでしょうか?

Img_2998 斎藤一の墓。 土方歳三と袂を分かって、最後まで会津に残った新撰組三番隊組長 斎藤一の墓は、七日町通りの阿弥陀寺にあります。お墓詣りに多くの新撰組ファンが訪れていました。     会津戦争には、多くの新撰組隊士が参戦しました。しかし、新選組の多くの隊士は、会津を脱出し、最後の決戦の地である函館へ向かったのでした。最後まで、会津藩と共にし、青森県下北半島の斗南藩まで流配されて行ったのは、斎藤一だだ一人でした。 土方歳三の再三の要請対し、斎藤一はこう答えたそうです。「あれほど恩を受けた会津が、今、落城寸前になっている。それを見捨てて函館なんかに俺は行けない。俺は会津の為に戦う。たとえ新撰組隊士の名を失っても、俺は残って会津の為に戦う。死んでも会津を守る!」と。

Saifab6202アニメ「薄桜鬼」の斎藤一。 サウスポーの剣豪と言われてる通り、刀は右側に差していますね。 アニメや映画にも多く登場し、最近ではイケメン土方や沖田以上に人気があります。 #不細工な近藤勇は、昔から人気がありませんでしたね。(笑)    斎藤一は、天才沖田総司と双璧といわれた剣の腕前でした。得意技は、サウスポーから繰り出す「突き」、「牙突」です。(笑)  #「るろうに剣心、斎藤一、牙突集 」をどうぞ。

|

« 白虎隊の悲劇 (福島県会津若松市) | トップページ | 八甲田山 (青森県青森市) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 会津新撰組記念館 (福島県会津若松市):

« 白虎隊の悲劇 (福島県会津若松市) | トップページ | 八甲田山 (青森県青森市) »