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2014年8月

2014年8月27日 (水)

八甲田山 (青森県青森市)

青森方面は、晴れとの予報。それじゃー、ということで、ふらっと八甲田山に行ってきました。(笑) 同じ東北ですが、青森県は、仙台から行くには かなり遠いです。仙台からですと、関東方面へ行く方が近いですね。    仙台の自宅を深夜の3:30分に出発。ひたすら東北自動車道を北上し、青森県の黒石I・Cで降り、登山口の酸ヶ湯温泉に着いたのが7:45分頃でした。   酸ヶ湯温泉(8:00発)→地獄湯ノ沢→仙人岱→八甲田大岳山頂(10:00着)→大岳ヒュッテ→上毛無岱・下毛無岱→酸ヶ湯温泉(12:40着) と周回してきました。約4時間40分のトレッキングでした。(休憩む)  
Img_3014地獄湯ノ沢。沢の音とともに硫黄の臭いが強くなってきます。昔は、この辺り一帯で硫黄の採掘が行われていたそうです。    沢を渡り、ゴロゴロした岩の岩稜地帯を登りつめると、アオモリトドマツに囲まれた仙人岱湿原にでます。 
Img_3020仙人岱湿原にある八甲田清水。湿原の中央には、真夏でも涸れることのない清水が、コンコンと湧き出していました。 ここでタップリと水を補給しました。登山道に水場があると、随時水を補給でき、軽量化がはかれますので助かります。
Img_3023八甲田大岳山頂直下にある鏡沼。 爆裂火口に水がたまったもので、モリアオガエルやクロサンショウウオが生息しているそうです。 山頂はもうすぐだ!--------------------------------------------------------------------
Img_3029八甲田山大岳(1585メートル)山頂。 ディープなガスがかかっていて、風が強くて、おまけに寒くて、散々でした。眺望も全くダメで、 やれやれです。(涙)-----------------------------------
Img_3051毛無岱と呼ばれる上下二段の高層湿原・草原。後方の山は、田茂萢岳(たもやちだけ、1324メートル) 、左の方には八甲田ロープウェイの山頂駅が見えます。 この辺りは、晴れていて、涼しくて、気持ち良かったです。気分爽快でした。
強い日差しに夏を感じ、見上げる空に秋を感じる湿原歩きでした。湿原は、早くも秋の彩り。秋に向かい始めた湿原を歩いていると、すがずかしい気分になりました。
Img_3063上毛無岱から下毛無岱を俯瞰する。 尾瀬に匹敵するような上下二段の大湿原、ここには多くの池塘が点在し、高山植物の宝庫になっています。---------------------------------------------------------------------
Img_3075下毛無岱から岩木山を望む。山頂は雲に覆われていますね。 夕暮れ時の湿原から眺める岩木山方面に沈んでいく夕日は、本当に素晴らしく、絶景だそうです。いつか、ぜひ見てみたいですね。-------------------------------
Img_3082酸ヶ湯温泉を俯瞰する。  ぐるっと回って、酸ヶ湯温泉に戻ってきました。まあ、三分の一は晴れていましたから、良しとしましょう!(笑)    酸ヶ湯温泉に入ろうかなーと思いましたが、ここには以前、泊まったこともあるので止めにして、黒石温泉郷の落合温泉に入って汗を流してきました。


 

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2014年8月20日 (水)

会津新撰組記念館 (福島県会津若松市)

会津若松市のレトロな街並みが残る七日町通りを散策したきました。七日町通りは、新選組ゆかりの町、「八重の桜」の新島八重ゆかりの町でもあります。

Img_2880七日町通りにある「会津新撰組記念館」。 明治22年に造られた蔵を利用した建物で、一階が骨董店「むかしや」、二階が「新撰組記念館」になっています。レトロなポストまで、新撰組のトレードマークである山形の模様(ダンダラ模様)になっていますね。いゃー、驚きました。(笑)    一階には、アニメの新撰組グッツもそろっていて、若い女性の新撰組ファンであふれていました。記念館に置いてあった感想ノートには、全国から来た女性ファンのコメントがたくさん書いてありましたね。アニメの影響って、改めてすごいと思いました。  #大ヒットアニメ「薄桜鬼 〜新選組奇譚〜」は、こちらをどうぞ。  #浅田次郎の小説「壬生義士伝」(みぶぎしでん)の映画で、佐藤浩市が演じた斎藤一もよかったです。助演男優賞ものでした。こちらをどうぞ。

Img_2903記念館二階。 会津藩や新選組の資料をはじめ、援軍として駆けつけた旧幕府軍・奥羽越列藩同盟軍、攻めてきた新政府軍などの貴重な資料がたくさん展示してありました。     佐幕派 (幕府を補佐する側、幕府を倒そうとする側が倒幕派) であった新撰組は、昔から人気がありました。佐幕派、新撰組の人気の理由は、「滅びの美学」と「倫理を貫く強さ」であるといわれています。 最近は、「倫理、人倫の道」という言葉が脚光をあびつつありますね。人々は、特に若い人は、そろそろ恣意的行動 (気ままで自分勝手な行動。論理的な必然性がなく、思うままにふるまうこと。) に飽きてきたのではないでしょうか?

Img_2998 斎藤一の墓。 土方歳三と袂を分かって、最後まで会津に残った新撰組三番隊組長 斎藤一の墓は、七日町通りの阿弥陀寺にあります。お墓詣りに多くの新撰組ファンが訪れていました。     会津戦争には、多くの新撰組隊士が参戦しました。しかし、新選組の多くの隊士は、会津を脱出し、最後の決戦の地である函館へ向かったのでした。最後まで、会津藩と共にし、青森県下北半島の斗南藩まで流配されて行ったのは、斎藤一だだ一人でした。 土方歳三の再三の要請対し、斎藤一はこう答えたそうです。「あれほど恩を受けた会津が、今、落城寸前になっている。それを見捨てて函館なんかに俺は行けない。俺は会津の為に戦う。たとえ新撰組隊士の名を失っても、俺は残って会津の為に戦う。死んでも会津を守る!」と。

Saifab6202アニメ「薄桜鬼」の斎藤一。 サウスポーの剣豪と言われてる通り、刀は右側に差していますね。 アニメや映画にも多く登場し、最近ではイケメン土方や沖田以上に人気があります。 #不細工な近藤勇は、昔から人気がありませんでしたね。(笑)    斎藤一は、天才沖田総司と双璧といわれた剣の腕前でした。得意技は、サウスポーから繰り出す「突き」、「牙突」です。(笑)  #「るろうに剣心、斎藤一、牙突集 」をどうぞ。

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2014年8月18日 (月)

白虎隊の悲劇 (福島県会津若松市)

悲劇の舞台であった、会津若松市の飯盛山を20数年ぶりに訪れてきました。まあ、当時もそうでしたが、今は、すっかり観光名所になっていました。 エスカレーターも完備していて、足腰の弱ったお年寄りも、急な石段を登ることなく簡単に参拝がてきるようになっています。至れり尽くせりですね。(笑)
Img_2911飯盛山で自刃した白虎隊十九士が眠るお墓。お盆の時期ということもあってか、次々と観光客が焼香に訪れていました。        天皇を頂点として、天皇主義一辺倒の太平洋戦争中に、賊軍である白虎隊のことが、何か賞賛すべきこととして宣伝されましたが、よく考えてみれば、おかしなこと、不思議なことです。 主君の為に命を捨てるという行為と思想が当時の軍国主義的風潮にマッチしたのでしょう。しかも、敗戦濃厚になってきてから盛んに宣伝されたそうですから、白虎隊にしてみたらいい迷惑ですよね。(笑)
Img_2923猪苗代湖の戸ノ口原の戦いに敗れた白虎隊は、戸ノ口の堰に沿って敗走し、この洞門をくぐって、飯盛山にたどり着きました。 見た感じ、流れは速いし、狭いしで、かなり危険です。よくこんなところをくぐって来たなと、感心させられます。
Img_2920飯盛山の「さざえ堂」。 「昇降別々のらせん状通路で、階段がなく一方通行で上下するという日本では唯一、世界でも例のない名建築」 だそうです。   洞門を出た白虎隊の少年たちは、この「さざえ堂」の前を通り、飯盛山の中腹、鶴ヶ城が望める地へと向かったのでした。--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Img_2918白虎隊自刃の地。  洞門をくぐり抜けて、この地にたどりついた白虎隊が見たものは、炎と煙に包まれた鶴ヶ城だった!?-------------------------------------------------------------------
Img_2917_2白虎隊自刃の地から鶴ヶ城方面を望む。小さく天守閣が見えました。ここからは、一望のもとに会津若松市が望めます。     実は、白虎隊の少年たちが見たのは、炎上した鶴ヶ城ではなくて城下の武家屋敷が炎上していたものでした。誤認でした。この時、鶴ヶ城は、落城していませんでした。まだまだ健在でした。炎上して鶴ヶ城が落城したと思い込み絶望して、自刃したのでした。まさに、悲劇でした。。。。 まあ、この誤認による自刃で、白虎隊の名が超有名になったのですから、よしとしましょう。(笑)

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2014年8月16日 (土)

天鏡閣 (福島県猪苗代町)

猪苗代湖翁沢の高台にある国指定重要文化財「天鏡閣」を見学してきました。 天鏡閣は、明治40年(1908年)に猪苗代湖の美しさに魅了された有栖川宮威仁(ありすがわみやたけひと)親王殿下が別邸(別荘)として建てられた建物です。

Img_2993ルネッサンス様式の豪華絢爛、財を尽くした洋館です。宮家の別邸らしい優美で優雅な佇まいは、皇族別邸の気品ある豪華さを見ることができますね。-------------------------------------------------------------------

Img_2987二階の御居間。二階はプライベートな一角となっています。ここは、かなり寒さが厳しいところなので、各部屋や廊下などなどいたるところに豪華な暖炉がありました。暖炉には、大理石でできたアールヌーボースタイルのマントルピース(暖炉飾り)がありました。 館内には、勲章、肖像画、ゴルフ用具などなど有栖川宮威仁親王殿下ゆかりの品々が展示されいます。

Img_29851階の食堂。 1階には、客間、食堂、ビリヤード室などが配置されています。
各部屋の家具調度品やシャンデリヤ、カーテン、絨毯にいたるまで、財を尽くしたものでした。ため息がでますね。(笑) ちなみに、大正天皇が「天鏡閣」と命名されたそうです。


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2014年8月15日 (金)

芦ノ牧温泉 仙峡閣 (福島県会津若松市)

会津の奥座敷、芦ノ牧温泉「仙峡閣」に一泊してきました。もちろん「日本秘湯を守る会会員」の宿であります。源泉掛け流しの温泉は、無色透明、無臭で肌に優しく、絶品でした。大川の渓谷を見ながら入る露天風呂は最高! 福島県会津地方の郷土料理・季節の料理も堪能してきました。  #「日本の秘湯を歩く」のスタンプ帳のスタンプが 9個になりました。スタンプが10個たまると、日本秘湯を守る会会員の宿に 1回無料で泊まることができるのです。 あと残り1です!もうすぐです。(笑)
#芦ノ牧温泉「仙峡閣」のホームページはこちらです。
Img_2973_2 仙峡閣正面。  福島市の板倉神社にあった武徳殿を移築し、改装して宿としたそうです。由緒ある建物なんですねー。すごいです。   『福島市板倉神社武徳殿は、福島県会津若松市芦ノ牧温泉に移築され、旅館「仙峡閣」として使用中。』 ウィキペディアより。
Img_2976旅館全景。 渓谷の上に建っているので、部屋からは大川の渓谷が眺められます。----------------------------------------------------------------
Img_2930自慢の大浴場。 仙峡閣は、芦ノ牧温泉では唯一、自墳する源泉を持つ宿であります。 手前の方が深くなっていて、コンコンと少し熱めの源泉が湧き出していました。ほんとに素晴らしいです。感動しましたね。(笑)-------------
Img_2977芦ノ牧温泉は、大川の渓谷に沿って十数軒のホテル、旅館が点在しています。四季折々に変化する山がすぐ間地かに望まれ、渓谷美も楽しめる というロケーション抜群の温泉地です。--------------------------------------
Img_2950なんと、この日は、「芦ノ牧温泉大盆踊り大会」が開催されました。温泉街に特設やぐらを立て、集まった多くの観光客や地元の人は、「会津磐梯山」や「かんしょ踊り」の軽快な祭りばやしに合わせて、「ボンダンス」を踊り流しました。わたくしもかみさんと一緒に、ほろ酔い気分で参加しました。いゃー、楽しかったです。盆踊りなんて、何十年ぶりでしょうか?全然思い出せませんね。(笑)   最後には、温泉宿泊券や会津コシヒカリ、桃、名物お菓子、酒、ビールなどなど、地場産品が当たる抽選会もあり、大いに盛り上がりました。 #「会津かんしょ踊り」は、こちらをどうぞ。

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2014年8月 6日 (水)

那須岳 (栃木県那須町)

那須岳、峠の茶屋登山口から、朝日岳→三本槍岳→茶臼岳→那須ロープウェイ→峠の茶屋登山口と、周回してきました。 天候にも恵まれ、しかも適度な風があって涼しくて、すべてが快調!!最高のトレッキングができましたね。(笑) 仙台の自宅を早朝の4時30分頃出発し、登山口に着いたのが7時15分頃でした。峠の茶屋登山口(7:30発)→峠の茶屋跡避難小屋→朝日岳山頂(9:00着)→清水平→三本槍岳山頂(10:15着)→朝日岳の肩→峠の茶屋跡避難小屋→茶臼岳山頂(13:00着)→那須ロープウェイ→登山口の駐車場(14:15着)  約6時間45分のトレッキングでした。(休憩含む) 
Img_2829_2朝日岳(1896メートル) 南側を望む。真ん中のピークが山頂です。  南面は、荒々しい赤褐色の岩肌の斜面が激しく切れ落ちていて、「ニセ穂高」の異名があるそうです。なるほど、そういわれてみると、穂高に似てなくもないですね。(笑)
Img_2831朝日岳(1896メートル)山頂。 山頂からの展望は素晴らしく、広大な那須高原を一望に見渡せました。--------------------------------------------------------------------------------------------------------
Img_2836朝日岳(1896メートル)山頂から望む茶臼岳(1915メートル)。 茶臼岳は、那須連峰を代表する山であります。 活火山で、山の中腹からは、硫黄臭が漂い、火山礫に覆われた荒涼とした景観が展開します。 昔から火山活動を繰り返しており、多くの噴気孔からは、盛んに噴煙をあげています。  朝日岳と茶臼岳は、絶妙な間合いで対峙していますね。
Img_2848那須連峰最高峰の三本槍岳(1917メートル)山頂。 山頂からは、那須連峰の山々や会津の山々が360度一望のもとであります。  奇妙な山名ですが、江戸時代、会津藩、那須藩、黒羽藩 3藩の国境確認のため、三本の槍が山頂に立てられことに由来するそうです。
Img_2845三本槍岳(1917メートル)山頂から南東方面(栃木県側)を望む。山頂は、福島県との県境になっています。福島県側は雲が多く展望はイマイチでした。----------------------------------------------------------------------- 
Img_2852剣が峰の鎖場。 鎖の手すりも完備しているので、初心者でも安心です。  朝日岳の肩から、荒々しい岩肌の急斜面を慎重に下り、峠の茶屋跡避難小屋経由で茶臼岳に向かう。----------------------------------------------
 Img_2859茶臼岳(1915メートル)山頂。 茶臼岳には、標高1690メートルまでロープウェイが通っており、軽装でも簡単に山頂に立つことができるので、多くの観光客が登ってきていました。------------------------------------------------
Img_2864茶臼岳(1915メートル)山頂。 お鉢巡りをして山頂へ。。。。。山頂には「那須嶽神社」ありました。   今回は、二人でのトレッキングでした。相棒は超久しぶりの山歩きで、かなり足・膝が痛くなってしまい、最後は那須ロープウェイで降りることにしました。 帰りには、近くにある日本秘湯を守る会の大丸(おおまる)温泉に入り、汗を流し、かみさんへのお土産に「那須高原ビール」を買って帰ってきました。


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