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2013年7月 8日 (月)

東京都 谷根千界隈 Ⅱ

谷中・根津・千駄木、これらの街は、通称「谷根千(やねせん)」と呼ばれているようです。 土塀が続く寺町、起伏に富んだ本郷台地に、坂と階段と路地が複雑に入り組む街などなど。。。。なかなか風情のある街でした。
Img_0807文京区千駄木、団子坂にある「森鴎外 記念館」。 この場所は、鴎外一家が住んでいた旧居「観潮楼」が建っていたところです。ここには、永井荷風、芥川龍之助、斎藤茂吉、伊藤佐千代、石川啄木など多くの文人が出入りしてたそうです。 鴎外没後、観潮楼は、二度の火災で焼失し、そのあと公園として整備され、図書館ができ、最終的に去年「森鴎外 記念館」としてオープンしました。出来たてほやほや、すべてが立派な記念館でした。(笑)
Img_0804藪下通り。鴎外の小説にも多く登場し、鴎外の散歩道としても有名です。 記念館には、この藪下通り側からも入ることができます。--------------------------------------------
Img_0823夕焼けだんだんから望む谷中銀座。 JR日暮里駅のから直ぐです。ここは夕焼けの名所だそうです。 谷中の古い街並みに合わせたような、個性的で昔風な店がひしめき合う商店街でした。下町気分をタップリと味わえましたね。(笑)
Img_0825JR日暮里駅。  日暮里駅は、魯迅の仙台医専学校(現東北大学医学部)留学時代を描いた、太宰治の小説「惜別」に印象深く登場します。 魯迅は、最初、東京で学んでいましたが、東京での同胞との生活に嫌気がさし、知り合いの一人もいない仙台で学ぼうと決意して旅立つのです。  『汽車で上野を出発して、「日暮里」といふ驛を通過し、その「日暮里」という字が自分のそのときの憂愁にぴつたり合って、もう少しで落涙しさうになつた。』 太宰治著 「惜別」より うーむ、なかなか印象的な場面であります。「日暮里」は、何となく物悲しい雰囲気のある名称ですね。(笑)   #魯迅の仙台留学時代に興味のある方はこちらをどうぞ。  #こちらもどうぞ。 


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