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2013年7月

2013年7月29日 (月)

小袖海岸 (岩手県久慈市)

大ヒット中のNHK 朝ドラ「あまちゃん」のロケ地として有名になった久慈市の小袖海岸によってきました。  小袖の浜では、海女による、ウニ、アワビ、コンブ、ワカメなどの採集漁業が行われていました。  ここの海女の歴史は新しく、明治になってからのもので、遠洋漁業に出た夫の留守中の仕事として、浜で潜りはじめたそうです。   ちにみに、久慈というのは、アイヌ語の 「クシ (くびれた地形、砂浜や小丘などの長くなった高まり)」 に由来すると言われています。
Img_0921小袖浜の夫婦岩。  小袖海岸は、久慈市内から海食断崖と岩礁地帯の連続する臨海道路を通り、車で30分くらいのところにあります。 久慈第一の名勝ですね。----------------------------------------------------------
Img_0924小袖浜。  平日なのに観光客がたくさんいました。 海女ラーメン、まめぶ汁、イカ、ホタテ焼き、いちご煮を出す食堂、お土産屋が立ち並び大盛況でした。 土日には、駐車場が満杯状態になるためマイカー規制が行われています。残念ながら土日は、バスでしか行くことができないようです。 朝ドラ 「あまちゃん」 の影響ってすごいですね。(笑)
Img_0940「小浜菊 咲くそれよりも鮑とる ここ北限の海人おとめども」 
久慈市の出身の歌人 小田観蛍(かんけい)の句碑です。---------------------------------------------------------------------------------
Img_0931海女の実演。 現在の海女さんたちは、夏の間だけの観光用として、素潜り漁の実演をしています。 近くで見学するりは300円が必要です。(笑)  じっくり見てましたが、いやー、すごいもんです。驚きました。 高齢の海女さんたちが、水深7~9メートルもある底まで、足を垂直に上げて、一気に、真っ逆さまに潜り、ウニを採ってくるのですから。。。もう、ギャラリーからは大拍手でした!(笑)
Img_0946NHKの人気朝ドラ「あまちゃん」のオープニングシーンに登場する灯台です。 ここも撮影スポットになっていて、観光客がいっぱいいました。 なんとか人が少なくなるのを待って撮りましたね。(笑)


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2013年7月25日 (木)

種差(たねさし)海岸 (青森県八戸市)

昨日、森県八戸市と岩手県久慈市方面をまわってきました。東北地方内陸部は、分厚い雲が重く垂れ込め雨模様でしたが、三陸海岸北部は薄曇りで時折晴れ間も現れるという、まずまずの天候でした。    さて、環境省では、今年5月に「三陸復興国立公園」を創設し、「グリーン復興プロジェクト」を進めております。そのプロジェクトの一環として、青森県八戸市から福島県相馬市までの太平洋沿岸地域 全長約700kmにも及ぶコースをロングトレイル (みちのく潮風トレイル) として整備することを計画しております。 # 環境省「みちのく潮風トレイル」の公式サイトはこちらです。
Img_0885三陸復興国立公園 種差海岸。   トレイルとは、山岳地帯や森林、海岸、里山などにある「歩くための道」を指す言葉です。歩いて旅することにより、普通の旅ではなかなか見ることができない、自然の景観や風景、歴史、文化の奥深さを知り、肌で体験することのできるのです。
Img_0877種差海岸遊歩道の案内板。 青森、岩手、宮城、福島の各市町村ごとにある遊歩道やトレッキングコースを、一本のロングトレイルとしてつなぎ、整備する壮大な計画であります。完成が楽しみですね。    ロングトレイルのスルーハイク(完全踏破)というスタイルは、アメリカのバックパッキング文化の中で発展してきました。ロングトレイルとして有名なのは、アメリカの自然保護の父と言わる「ジョン・ミューア」にちなんで命名された、「ジョン・ミューア・トレイル」ですね。これは、カリフォルニア州のシェラネバタ山脈を貫く、全長350キロメートルのロングトレイルであります。
Img_0891「みちのく潮風トレイル」の出発点となる青森県八戸市蕪島。 今は陸つづきの島で、中央には蕪島神社があり参拝できます。この島はウミネコの大繁殖地として有名ですね。そのため、なんと、参拝するときは「傘」が必要なのです。なぜなら、ウミネコの糞が上空から降ってくるからです。(笑) でも、ご安心下さい。入口の鳥居には多数の傘が用意されています。(笑)
Img_0883広大な白浜海岸。このあたりは、白い砂浜と低い海岸段丘の岩礁地帯が交互に現れて、歩く者を飽きさせないですね。また、このあたり一帯は、海岸植物などが豊富で、ニッコウキスゲ、ハマナス、スカシユリ、エゾカンゾウ、ノハナショウブなどが咲き競うそうです。
Img_0874白岩。 この辺りは、遊歩道として整備されていて、快適に歩くことができます。-------------------------------------------------------------
Img_0886種差天然芝生地。 なんと、芝原が海岸の岩礁まで迫っています。素晴らしい景観です。なぜか海外の風景を思わせますね。(笑)    作家で歴史家の司馬遼太郎は、「街道を行く ー陸奥のみちー」で、こう書いています。 「午後二時十分、種差海岸に達した。 (中略) この海岸の明るい陽光の中に立っていると、とてもそういうことが想像できなかった。むしろ、どこかの天体から人がきて地球の美しさを教えてやらねばならないはめになったとき、一番にこの種差海岸に案内してやろうとおもったりした。」 と。

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2013年7月14日 (日)

東京スカイツリー

東京スカイツリーは、富士山と同じで 「とにかく高い!」 ということで、一回は昇って見るべきところだと思っておりました。 富士山と同じで、何回も昇るところではないですが・・・・・(笑) てな訳で、「平日ならほとんど待ち時間がなくても昇れる」 との情報を得て、早速行ってきました。 
Img_0832すみだ水族館側から望む。 昇ってみて一番驚いたのは、世界最速クラスの「超高速エレベーター」でした。 地上から第1展望台 (地上340メートル)まで、なんと、たった50秒弱で着いてしまうのです。地上340メートルというのは、東京タワーのてっぺんより高いのです。ありえないスピードですね。日本の技術力は、改めてすごい!と思いました。中国や韓国には、マネのできない技術力ですね。(笑)
 Img_0842第1展望台より上の「展望回廊(地上450メール)」からの眺望です。 川は隅田川、橋は言問橋、左側の鉄道が東武スカイツリーラインです。 左手少し上には、浅草の浅草寺や五重塔が見えます。--------------
Img_0852同じく、「展望回廊(地上450メール)」からの眺望です。 隅田川にかかる橋は、駒形橋と厩橋です。右手上の緑は上野公園、正面上の方には東京ドームや新宿の高層ビル群が見えます。------------------
Img_0848地上450メートルの展望回廊。 ここへは、第一展望台からさらに別のエレベーターで昇ることになります。料金は、プラス1000円で、合計3000円! まあ、高いか、妥当か、安いかは、人それぞれの価値観の問題だと思いますが・・・・・・(笑) 


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2013年7月 8日 (月)

東京都 谷根千界隈 Ⅱ

谷中・根津・千駄木、これらの街は、通称「谷根千(やねせん)」と呼ばれているようです。 土塀が続く寺町、起伏に富んだ本郷台地に、坂と階段と路地が複雑に入り組む街などなど。。。。なかなか風情のある街でした。
Img_0807文京区千駄木、団子坂にある「森鴎外 記念館」。 この場所は、鴎外一家が住んでいた旧居「観潮楼」が建っていたところです。ここには、永井荷風、芥川龍之助、斎藤茂吉、伊藤佐千代、石川啄木など多くの文人が出入りしてたそうです。 鴎外没後、観潮楼は、二度の火災で焼失し、そのあと公園として整備され、図書館ができ、最終的に去年「森鴎外 記念館」としてオープンしました。出来たてほやほや、すべてが立派な記念館でした。(笑)
Img_0804藪下通り。鴎外の小説にも多く登場し、鴎外の散歩道としても有名です。 記念館には、この藪下通り側からも入ることができます。--------------------------------------------
Img_0823夕焼けだんだんから望む谷中銀座。 JR日暮里駅のから直ぐです。ここは夕焼けの名所だそうです。 谷中の古い街並みに合わせたような、個性的で昔風な店がひしめき合う商店街でした。下町気分をタップリと味わえましたね。(笑)
Img_0825JR日暮里駅。  日暮里駅は、魯迅の仙台医専学校(現東北大学医学部)留学時代を描いた、太宰治の小説「惜別」に印象深く登場します。 魯迅は、最初、東京で学んでいましたが、東京での同胞との生活に嫌気がさし、知り合いの一人もいない仙台で学ぼうと決意して旅立つのです。  『汽車で上野を出発して、「日暮里」といふ驛を通過し、その「日暮里」という字が自分のそのときの憂愁にぴつたり合って、もう少しで落涙しさうになつた。』 太宰治著 「惜別」より うーむ、なかなか印象的な場面であります。「日暮里」は、何となく物悲しい雰囲気のある名称ですね。(笑)   #魯迅の仙台留学時代に興味のある方はこちらをどうぞ。  #こちらもどうぞ。 


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2013年7月 7日 (日)

東京都 谷根千界隈 Ⅰ

地下鉄丸ノ内線 本郷三丁目の駅からJR日暮里駅まで、ぶらぶらと「ぶらタモリ」風にぶらついてきました。(笑)  この辺りは、震災や戦災からも免れて、東京の下町風情が色濃く残り、どこか懐かしさを感じさせる風景が多く見られますね。  
Img_0783台東区谷中2丁目、三浦坂にある「ねんねこ家」  元祖「猫カフェ」と呼ばれていて、お土産用の猫グッツも多く取り揃えてあり、全国から猫マニアが集まるそうです。ただし、店主は「うちは猫カフェではない!」と 厳しく言ってるそうですね。(笑)   ここは、非常に目立たない場所です。周りは、お寺と住宅地のみ!こんなところに、全国から人が集まるのでしょうか?不思議です。(笑) 
Img_0786台東区谷中2丁目、ギャラリー猫町。 この辺りは「猫町」としても有名だそうです。 町猫がいろんなところに出没しています。(笑) #ギャラリー猫町のホームページはこちらです。---------------------- 
Img_0790文京区根津1丁目、根津神社。 五代将軍 徳川綱吉が創建して以来、根津は門前町として発展し、遊郭が並び、吉原と匹敵する歓楽街として賑わったそうです。---------------------------
Img_0799根津神社境内にて。 根津神社は、徳川綱吉が創建する遥か昔から、日本武尊が武運を祈った古社として、庶民の信仰を集めていたそうですね。


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2013年7月 5日 (金)

聖地巡礼(笑) ⅩⅢ「東京都文京区本郷」

先日、東京スカイツリーに見物ついでに、本郷、根津、千駄木、谷中界隈を散策してきました。 真夏の東京は、熱帯雨林なみの暑さで、とても散策なんてできませんが、この日は、少し蒸し暑かったですが、曇りで風もけっこうあり、絶好の散策日和でした。  
Img_0774本郷4丁目菊坂、東京時代の宮沢賢治が下宿していたところ。 大正10年1月、信仰のことで父ともめていた賢治は、家で同然で東京に向かったのでした。上野に着いた賢治は、下谷鶯谷の国柱会を訪れ、そこで住み込みで働かせてもらえないかと頼みますが断られました。望み絶たれた賢治は、しかたなく本郷・菊坂に下宿することになったのです。賢治が本郷・菊坂に住んでいたのは、わずか8ヶ月足らずでしたが、この間に、賢治は大きなトランクいっぱい分の作品(童話)を執筆したのでした。    『本郷の菊坂町では、芋と豆腐と油揚げを毎日食べて、筆耕もやったし辻説教もやり、童話もうんと書いたと言う。1か月に3,000枚も書いたときには、原稿用紙から字が飛びだして、そこらあたりを飛びまわったもんだと話したこともある程だから、7か月もそんなことをしている中には、原稿も随分増えたに相違ない。だから電報が来て帰宅するときに、あんなに巨きなトランクを買わねばならなかったのであろう。』 宮沢清六 著 「兄のトランク」より
Img_0769炭団坂。 本郷台地から菊坂に下る急な坂道であります。#文京区は坂が多い! ふー! このあたりは、森鴎外、樋口一葉、坪内逍遥、夏目漱石、石川啄木など文豪・文人の生きた街でもあります。  また、菊坂にあった菊富士ホテル(現 跡地のみ)は、芥川龍之介、菊池寛、佐藤春夫、坂口安吾、宇野千代、竹久夢二などなど、有名な文人が出入りしていた場所です。
Img_0775東京大学赤門。 賢治は、東京大学赤門の向かい側にあった印刷所・文信社で謄写、ガリ版の筆耕や校正などの仕事をして働きながら、国柱会の奉仕活動や上野での街頭布教活動を行っていました。-------------
Img_0778東京大学赤門の斜向かいにあった、レストラン山猫軒! ここは岩手県?ではないですよね!(笑) さすが賢治の暮した街ですね。この日はクローズでしたが。。。びっくりです。(笑)


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