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2012年11月 1日 (木)

瞑想の松 (仙台市青葉区)

青葉区台原(だいのはら)にある、「高山樗牛(たかやま ちょぎゅう)の瞑想の松」は、仙台では知る人ぞ知るマイナーな文学散歩コースであります。(笑)   高山樗牛なんていう文学者は、今ではほとんど知られていないようですね。 簡単なプロフィールを書きますと、高山樗牛は、山形県鶴岡市出身で、旧制仙台二高、東京帝大哲学科を卒業。旧制仙台二高の教授にもなっています。明治の思想家、文学者としても活躍し、ロマン主義思想に大きな影響を与えたという。
Cimg2843青葉区の地下鉄旭ヶ丘駅あたりから台原の「瞑想の松」があるあたりまでのストリートを「瞑想の松通り」と命名されています。また、台原には、「瞑想の松」というバス停まであります。(笑)-----------------------------------------------
Cimg2848仙台駅から北に約3キロ進むと東照宮があります。明治の頃、東照宮の北側一帯は台原丘陵と呼ばれた森林地帯になっていました。今では、すっかり住宅地になってしまいましたが、ここの高台に「瞑想の松」は聳えています。現在は、東北薬科大学の構内になっていますね。  樗牛は、明治21年~26年まで旧制仙台二高に在学していました。在学中の樗牛は、宮城女学校(現宮城学院大学)に近い永見宅に下宿しており、そこの娘で宮城女学校の学生であった永見みち子に恋をしました。しかし、その恋はかなわぬ恋でした。彼女には婚約者がいて、大学4年生のとき九州へと嫁いで行ってしまったのです。 後に樗牛はこう書いています。 「私は激しい恋情に悩まされていった。自分の胸は火と燃えたが、所詮かなわわぬ恋だった」と。。。。樗牛は、永見みち子のいない仙台で、やり場のない、傷心の日々を送ることになったのでした。仙台の街なかを抜け出して、東照宮の北側に広がる台原丘陵をさまよい(自殺しようと思ったのかもしれませんね?)、仙台市街地や泉ヶ岳を望める小高い丘に聳える松を見つけ、この松の根元で瞑想にふけったのでした。  なんと、大正時代には、すでに「樗牛の瞑想の松」と呼ばれていたそうです。
Cimg2851「いくたびかこ々に真昼の夢見たる 高山樗牛の瞑想の松」 土井晩翠の歌碑であります。なんと、この記念歌碑は、昭和16年に建てられたものだそうです。  高山樗牛と土井晩翠は、旧制二高の先輩後輩で、良き友人だったとか。樗牛を尊敬していた晩翠は、樗牛を追いかけるように旧制二高から東京帝大英文科に進学していますね。、土井晩翠の、藤村の「若菜集」と並び称されるという処女詩集「天地有情」は、樗牛が出版社に強く働きかけたおかげで出版されたそうです。
Cimg2852展望台から仙台駅方面を望む。  「瞑想の松」の隣には、展望台があります。
仙台で夜景スポットというと、青葉山の仙台城址が有名ですが。。。。ここも、知る人ぞ知る超マイナーな夜景スポットであります。(笑)   #こちらをご覧ください。


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コメント

I went to tons of links before this, what was I thikning?

投稿: Snow | 2012年11月11日 (日) 09:36

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