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2012年11月14日 (水)

フランドン農学校の豚

賢治の死後に発表された短編童話です。 「フランドン農学校の豚」という題名は、後の編集者が付けたもので、賢治が付けたオリジナルの題名ではありません。なぜかというと、冒頭の1~2枚の原稿が無くなっていたからなのです。オリジナルの題名は、永遠の謎ということですね。(笑)     「フランドン農学校の豚」は、食われる側の意識が死へ、絶望へと収束されていくさまを、食われる側の視点に沿って描かれた、非常にユニークな作品であります。 ある農学校で飼育されいる人間の言葉を理解できる知能のある豚が、教師や学生たちに屠殺 (とさつ)されるまでぞんざいに扱われ、虐待さることの苦悩を描いた物語であります。  「フランドン農学校の豚」は、こちらをどうぞ。
Img_775553_43617595_0肥育器を使って豚を強制的に太らせる場面やラストの屠殺 のシーンなど、子供が読んだらショックを受けるような残酷な描写も多くあり、子供向けの童話という感じではないですね。   『「そいじゃ豚を縛って呉れ。」助手はマニラロープを持って、囲いの中に飛び込んだ。豚はばたばた暴れたがとうとう囲いの隅すみにある、二つの鉄の環わに右側の、足を二本共縛られた。「よろしい、それではこの端はしを、咽喉のどへ入れてやって呉れ。」畜産の教師は云いながら、ズックの管を助手に渡す。「さあ口をお開きなさい。さあ口を。」助手はしずかに云ったのだが、豚は堅かたく歯を食いしばり、どうしても口をあかなかった。「仕方ない。こいつを噛かましてやって呉れ。」短い鋼はがねの管を出す。助手はぎしぎしその管を豚の歯の間にねじ込こんだ。豚はもうあらんかぎり、怒鳴どなったり泣いたりしたが、とうとう管をはめられて、咽喉の底だけで泣いていた。助手はその鋼の管の間から、ズックの管を豚の咽喉まで押し込んだ。 「それでよろしい。ではやろう。」教師はバケツの中のものを、ズック管の端の漏斗じょうごに移して、それから変な螺旋らせんを使い食物を豚の胃に送る。豚はいくら呑のむまいとしても、どうしても咽喉で負けてしまい、その練ったものが胃の中に、入ってだんだん腹が重くなる。これが強制肥育だった。豚の気持ちの悪いこと、まるで夢中むちゅうで一日泣いた。』。。。。『ちらっと頭をあげたとき、俄かに豚はピカッという、はげしい白光のようなものが花火のように眼の前でちらばるのを見た。そいつから億百千の赤い火が水のように横に流れ出した。天上の方ではキーンという鋭するどい音が鳴っている。横の方ではごうごう水が湧わいている。さあそれからあとのことならば、もう私は知らないのだ。とにかく豚のすぐよこにあの畜産の、教師が、大きな鉄槌てっついを持ち、息をはあはあ吐はきながら、少し青ざめて立っている。又豚はその足もとで、たしかにクンクンと二つだけ、鼻を鳴らしてじっとうごかなくなっていた。生徒らはもう大活動、豚の身体からだを洗った桶おけに、も一度新らしく湯がくまれ、生徒らはみな上着の袖そでを、高くまくって待っていた。助手が大きな小刀で豚の咽喉のどをザクッと刺しました。』 「フランドン農学校の豚」より  強制肥育のシーンは、ガチョウに強制的にトウモロコシを与えてフォアグラを作るシーンを連想しましたね。(笑)
Cimg6837花巻農業高等学校に移築保存されている羅須地人協会の建物 (賢治の家)。   この物語が書かれた大正時代末期は、どんな時代だったのでしょう。ファシズムの台頭、米騒動、女工哀史、大震災等々・・・・東北の農村は、凶作に見舞われて、農民達はどん底の生活にあえいでいました。 この頃、花巻農学校の教師をしていた賢治は、あるできごとに遭遇します。 具合を悪くした生徒の一人が朝食を吐いたのでした。吐かれた内容物を見た賢治は、愕然として、立ちすくんでしまいました。 大根のカテ飯 (米の使用を最小限に抑えるための混ぜご飯。雑穀類や大根を刻んで混ぜたもの。「カテ」は混ぜるの意味)、大根の葉の味噌汁、大根漬け・・・・周りの生徒たちも、その吐かれた物を見て「オラと同じものを食ってるべやー!」と口々に言ったのでした。 実家で白米を腹いっぱい食って、贅沢な暮らしをし、教師としての給料は、クラシックレコード収集に全部つぎ込むという、そんな生活をしていた賢治は、「原罪意識」、罪の意識にとらわれたのでしょう。この出来事をきっかけにして、賢治は教師を退職し「羅須地人協会」を設立して、農民の指導、救済に邁進していくのであります。 また、この頃、「フランドン農学校の豚」のベースになった出来事が、花巻農学校でありました。実習で飼育してたい豚を殺して、肉をみんなで食べよう!ということになったのです。生徒たちに豚肉を食べさせてやることができる ということで、賢治も大賛成しました。 哀れ豚は、校庭に引きずり出されて、校長がマサカリをふるい殺されてしまいました。翌日、イモノコ汁にして全校で食べたのでした。もちろん賢治も食べたのでした。(笑)    「原罪意識」の強かった賢治は、農学校退職後急速にベジタリアンになっていくのであります。  「自分だけ贅沢して、いいものを食ってはダメだ!農民と同じものを食わなければ!」と思ったのでしよう。
Blue白金豚 (はっきんとん、プラチナ ポーク)は、遺伝子組換飼料を一切使用せず、奥羽山脈の豊富な湧水と広大な土地によって、伸び伸びと飼育された豚であります。花巻を代表するブランドになりましたね。花巻に来たときは、是非、食べて下さい。絶品ですよ。特に、源喜屋の豚しゃぶは最高に美味かったですね。 なんと、「白金豚」という名称は、「フランドン農学校の豚」の冒頭部分での記述、「豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ。」に由来しています。 『「ずいぶん豚というものは、奇体きたいなことになっている。水やスリッパや藁わらをたべて、それをいちばん上等な、脂肪や肉にこしらえる。豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒しょくばいだ。白金と同じことなのだ。無機体では白金だし有機体では豚なのだ。考えれば考える位、これは変になることだ。」』 「フランドン農学校の豚」より


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