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2012年6月

2012年6月27日 (水)

和賀岳Ⅱ(岩手県西和賀町)

和賀岳を主峰とする山塊は、真昼山地と呼ばれていて、奥羽山脈にあっては珍しく非火山性の山地であるとのことです。 和賀岳、高下(こうげ)岳、朝日岳、モッコ岳などの山々の間は、いずれも沢が削り取った深い谷でえぐられていて、それぞれが独立した山のようになっています。   仙台を早朝の3:30分に出発、東北道→秋田道と乗り継いで登山口に着いたのが 6時過ぎでした。 高下登山口(6:15分発)→和賀川渡渉→コケ平→和賀岳山頂(10:15分着) 和賀岳山頂(11:00発)→コケ平→和賀川渡渉→高下登山口(14:45分着) 休憩含む、約8時間45分のロング トレッキングでした。   
Cimg1953_2和賀岳 (1440メートル)山頂。偶然、盛岡からやって来た登山者が写ってしまいました。(笑) 岩手の高下口からの登山者は二人でした、秋田側からは、5~6人の登山者が登って来ていましたね。東京から秋田新幹線でやって来たという年配のグループ登山者や地元秋田の登山者も数人いました。秋田の大曲(大仙市)からのコースは、比較的登りやすいようです。 
Cimg1942山頂付近より望む。残雪の向こう側に岩手山が望めます。    盛岡から来た登山者が言っていましたが、秋田の大曲(大山市)から薬師岳(1218メートル)を経由するコースは、アプローチも短く、比較的登りやすく、3時間~3時間半くらいで山頂に着けるそうです。
Cimg1950山頂より望む秋田駒ヶ岳(1637メートル)。 秋田駒ヶ岳の左側には田沢湖が見えました。 駒ヶ岳の手前に見える山が、朝日岳(1376メートル)であります。このあたりに展開する山々には登山道はなく、沢を遡行して、藪こぎをして登るしかないそうです。やれやれ、まさに秘境ですね。(笑)
Cimg1952山頂より高下岳方面を望む。 環境省が設置した「自然環境保全地域」の立て看板がありました。 和賀岳一帯は、自然環境保全地域に指定されているため、一切人の手を加えることはできません。そのため、避難小屋を作ることも沢に橋を架けることもできないようです。当然のことながら、ブナの伐採も動植物の採取も禁止されているのです。まあ、このため、クマも相当な数が生息しているものと思われます。(笑)
Cimg1958山頂より、今登ってきたコケ平方面を振り返り見る。    コケ平から山頂までの一帯は、7月ともなると、様々な高山植物が咲きほこり広大な雲上の楽園と化します。 かつては、ブナの原生林と深い谷に囲まれ、訪れる登山者もほとんどいなかった秘峰でしたが、近年はブナの原生林と高山植物の山として、人気も上昇しているようです。 


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2012年6月26日 (火)

和賀岳Ⅰ (岩手県西和賀町)

和賀岳 (1440メートル)一帯は、かつてマタギの狩場だった深いブナの原生林が展開する秘境だったのであります。。。。岩手県の旧沢内村の高下(こうげ)登山口から登ってきました。崩壊して通行止めになっていた林道が開通したと聞いて早速行ってきたのでした。  いやー、笑いが止まらないほどの晴天と、涼しさを感じるほどの気温、おまけに湿気もなく清々しい陽気というあり得ないほどの好天に恵まれ、快調に登ることができました。 #Ⅱに続く・・・
Cimg1912早朝の高下(こうげ)登山口。 朝の6時過ぎに着きました。けっこう広い駐車場もありましたが、駐車してる車はゼロでした。やれやれ、今日は一人か!と思いながら身支度をしました。 登山口には「クマに注意!」の立て看板がありました。 他に登っている登山者はいないようだし、クマに出会う確率は高いかなー。。。などと思いながらトレッキングの開始です。(笑) 実際には、盛岡から来たという、40才前後の比較的若い方が追いついてきましたね。これで、少し気が楽になりました。
Cimg1973高下岳分岐点手前付近には、巨大なブナの古木がありました。存在感がすごいです。まるで、アニメ「もののけ姫」に登場するようなブナの古木です。  尾根まではタフな登りが続くが、距離が短いので少しの辛抱である。尾根からは、ブナの木が林立する穏やかな登りが標高930メートルのピークまで続く。ピークからは、標高差200メートルの急斜面を一気に下り、和賀川の渡渉地点へと進みます。 #帰りは200メートルの急斜面を登らなければなりません。ぞっとします!(笑)
Cimg1922_2和賀川の渡渉地点。 この沢、写真では浅いように見えますが、けっこう深くて、流れも早いです。水深は膝までありました。トレッキングシューズを履いたまま渡れるような沢ではありません。持ってきた、ゴム底のサンダルに履き替え、トレッキングパンツをまくり上げ、トレッキングシューズを首にぶら下げて渡りました。水は、かなり冷たかったです。熱で火照った足を完璧に冷やしてくれました。いやー、気持ち良かったです。(笑)    このあたりは、最高のリラクゼーションポイントになってます。下山時には、あまりにも晴れてて気持ち良かったたので、サンダルを履いたまま沢につかったりして、30分くらいぼーっとしてきました。いやー、癒されましたね。(笑)
Cimg1939_2横岳 (コケ平、1339メートル)から和賀岳山頂を望む。 ここから山頂までの一帯は、高山植物の大群落地帯となっている。ここまで来ると、山頂はもうすぐだ!タフな登りから解放され、モチベーションが上がってくる。    和賀川の渡渉地点からは、標高差700メートル、コケ平までのタフな登りが続く。特に中間付近からの急登では、一汗も二汗も絞られます。(笑) 
Cimg1960山頂直下から望む。 1339メートルのコケ平から山頂までは、草付きの高山植物地帯となっている。まだ、花の季節には少し早いようでした。 地元の人に聞いたら、和賀岳の山開きは、花の時期に合わせてか、7月1日とのことでした。


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2012年6月24日 (日)

上高地 Ⅳ (長野県松本市)

上高地からの帰りは、バスに乗り遅れたため、新島々までタクシーで行くハメになってしまいました。 着替える時間も無かったので、帰りのタクシーの中で、汗だくのシャツやトレッキングパンツを着替えました。やれやれです。 一応タクシードライバーさんには、ちゃんと了解を得ましたが。。。。(笑)     ドライバーさんが、言っていましたが、梅雨のこの時期に、こんなに晴れて暖かくなるのは、かなり珍しいとのことでした。この日、松本では、30度まで気温が上昇したそうです。 車中、ドライバーさんに、「どちらから来たのですか?」と聞かれたので、「仙台から日帰りで来ました」と言ったら、かなりびっくりされました。(笑) 関東、東京あたりからですと日帰りで来る人も多いようですが、東北、仙台あたりから、日帰りで来る人は、かなり珍しいようですね。   「仙台あたりは、地震で大変でしたね!」と、地震の話で大いに盛り上がりました。(笑) 被災地仙台から日帰りで来て、しかもバスにも乗り遅れたということで、同情されたからなのでしょうか?なんと、まだ新島々に着いてもいないのに、「今日は、1万円でいいから!」と言って、1万円ジャストでメーターを止めてしまったのです。いやー、これにはびっくりしました。大変ありがたかったです。上高地から新島々までタクシーで行くと料金は、14000円~15000円くらいかかるそうですね。感謝です。丁重にお礼をしてタクシーを降りました。でも、勝手な値引きとかして、会社とか大丈夫なのかなー?と、ちょっと心配になりましたね。(笑)  
Cimg1884河童橋の近くにある上高地ビジターセンター。 特別保護区 上高地の案内役となる施設でもあります。ここでは、上高地の自然に関する展示や映像の上映など、自然に親しむために必要な情報提供を行っています。----------------------- 
Cimg1883ビジターセンター内部。 入り口を入ると、正面に設置された、大きなパノラマ画が目に飛び込んきます。霞沢岳の上空から撮影された俯瞰図を元にして、細部まで詳細に、しかも立体的に描かれています。けっこう見応えがありました。また、ここにはミュージアムショップもあり、珍しいお土産もたくさん売ってましたね。
Cimg1905上高地の帝国ホテル。 最後の最後に立ち寄ったのがここです。帰りのタクシーのドライバーさんに頼んで、ちょっと寄ってもらいました。(笑) ここは、日本で最初に開業した山岳リゾートホテルとして有名ですね。皇族の方もよく利用するそうです。  残雪に抱かれた穂高連峰の峰々と美しく調和して、まるで絵葉書のような素晴らしい景観を見せています。 まあ、今度来る時は、日帰りなどどいうアホなことはしないで、(笑) 連泊して山に登ったり、じっくりとこのあたりを散策してみたいものです。
Cimg1900ウォルター・ウェストン碑。 彼の滞在した上高地清水屋ホテル近くにあります。 名門ケンブリッジ大学出身で頭脳明晰、登山家でもあり宣教師でもあった彼は、日本アルプスを次々と踏破し、日本アルプスを世界に紹介しました。日本の近代登山開拓の父とも言われていますね。

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2012年6月22日 (金)

上高地 Ⅲ (長野県松本市)

中部山岳国立公園に含まれる上高地は、国立公園のなかでも最も規制の厳しい「特別保護区」に指定されている日本屈指の景勝地であります。 北アルプスの南部、槍ヶ岳(3180メートル)から発した梓川が中央を流れ、周囲を急峻な山々に囲まれた盆地状の長くて狭い谷が上高地であります。 このような谷がどのようにしてできたかについては、さまざまな説があるようですが、「氷河が削ったU字谷である」というのが一番有力だと思いますね。 #Ⅳに続く・・・・・

Cimg1890穂高橋からの眺望。 穂高連峰や老舗の「清水屋ホテル」が望めます。清水屋ホテルには、「日本アルプス」の名付け親でもある登山家のウェストンや芥川龍之介、高村光太郎など多くの有名人が滞在しています。 当時、上高地に入るためには、島々(しまじま)集落から2135メートルの徳本(とくごう)峠を超えて、約20キロの山岳ルートをトレッキングするしかなかったのです。  このあたりのことは、光太郎も詳しく書いてます。  『大正二年八月九月の二箇月間私は信州上高地の清水屋に滞在して、その秋神田ヴイナス倶楽部クラブで岸田劉生君や木村荘八君等と共に開いた生活社の展覧会の油絵を数十枚画いた。其の頃上高地に行く人は皆島々から岩魚止を経て徳本峠を越えたもので、かなりの道のりであった。その夏同宿には窪田空穂氏や、茨木猪之吉氏も居られ、又丁度穂高登山に来られたウエストン夫妻も居られた。九月に入ってから彼女が画の道具を持って私を訪ねて来た。その知らせをうけた日、私は徳本峠を越えて岩魚止まで彼女を迎えに行った。彼女は案内者に荷物を任せて身軽に登って来た。山の人もその健脚に驚いていた。私は又徳本峠を一緒に越えて彼女を清水屋に案内した。上高地の風光に接した彼女の喜は実に大きかった。それから毎日私が二人分の画の道具を肩にかけて写生に歩きまわった。。。。。』  高村光太郎 著 「智恵子の半生」より   『。。。上高地の風光に接した彼女の喜は実に大きかった。。。』  #なるほど! 深い自然をこよなく愛した智恵子らしいですね。。。。

光太郎は、ここで多くの絵を描いたようです。是非、観てみたいてすね。光太郎記念館あたりにないですかね?(笑)   う~ん、なるほど、テニスなどのスポーツに長けていた智恵子は、やはり、かなりの健脚だったようですね。標高2135メートルのトレッキングコースを20キロも歩いてくるのですから、たいしたものです!(笑) 当時の智恵子は、長沼智恵子、独身だったのです。 フランス帰りで新進気鋭の芸術家と美人で画家志望の資産家の娘との上高地でのバカンスは、「美しき山上の恋」として当時の新聞を大いに賑わしたそうです。 さらに、著書 「日本アルプスの登山と探検」で、日本アルプスを世界に紹介したウェストンと光太郎、智恵子が、上高地のホテルで交流してたなんて驚きですよね。すごいことです。なんかわくわくしますね。(笑) #光太郎と智恵子に興味がある方はこちらを見て下さい。

Cimg1898穂高橋付近から撮影。 上高地では、穂高連峰や明神岳に興味を魅かれがちですが、梓川左岸にも魅力的な山があります。それが、この山々であります。左側にそびえるのが六百山(2450メートル)、右側にそびえるのが霞沢岳(2646メートル)であります。 

Cimg1906大正池から穂高連峰を望む。西穂高岳(2909メートル)のピークがよく望めます。 最後に訪れた大正池からの景観は、薄いもやの中でかすんでいました。 夕方になってくると、瞬く間に雲が広がってきました。今思うに、台風が急速に近づいていたのでしょう。半日ずれただけで台風の真っ只中でした。超ラッキーでした。まさに、すれすれでした。この日は、台風が来る前の、束の間の晴れ間だったのです。

Cimg19101焼岳(2444メートル)と大正池。 焼岳は、活火山であります。そのため、上高地には良質の温泉が多いのでしょう。 大正池は、大正4年、焼岳の大噴火によって梓川が堰き止められて誕生しました。かつては、池の中に林立する枯れ木も多く、池も大きく、神秘的で美しい池だったようです。しかし、今は、梓川が運んでくる土砂によって、池も小さくなり、林立する立木も少なくなってきて、平凡な池に変わってしまったとか。。。。(涙)

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2012年6月20日 (水)

上高地 Ⅱ (長野県松本市)

仙台の自宅を出発したのが5時30分過ぎ。東北新幹線→長野新幹線→篠ノ井線→松本電鉄→バスと乗り継いで上高地に着いたのが12時頃。上高地でのトレッキング時間が約4時間30分。帰りは、上高地を16時30分頃出発し、仙台の自宅に着いたのが、なんと、23時30分頃でした。まあ、よくやったものだと、我ながらびっくりしております。(笑)   トレッキング時間は、まったく足りなかったですね。4時間以上あったので、これは余裕だなと 思っていましたが、なんと、これが甘かったです。時間は、あっという間に過ぎ、まったく足りなくなってしまいました。上高地の奥の「徳沢」まで行く予定でしたが、時間がなくて断念しました。また、上高地には、いい温泉がたくさんあるのですが、温泉に入る時間もとれませんでしたね。 さらに、テンション上がりっぱなしで、歩き回っているうちに、なんと、バスに乗り遅れてしまったのでした。(涙) おかげで、帰りは、上高地から松本電鉄の始発駅 新島々までタクシーで行くはめになってしまいました。全く、やれやれです。(笑) #Ⅲに続く・・・・・
Cimg1872明神橋と明神岳(2930メートル)。 河童橋から梓川の右岸を約50分ほど進んだ場所にあります。このあたりは、「明神」と呼ばれていて、穂高神社の奥宮などもあり、神聖な場所だとか。 橋の上から望む明神岳は、見事の一言!思わず息をのんでしまいます。(笑)
Cimg1868明神橋は、平成15年に架け替えられた新しい橋であります。 ここから橋を渡って、徳沢までは約1時間の距離。 梓川左岸を戻れば河童橋までは、約45分の距離です。--------------------------------------------------------------
Cimg1859穂高神社奥宮。 明神橋の手前にあります。鳥居をくぐり、300円を払って、奥宮と裏手にある神が降り立ったという「明神池」を参拝しきました。  穂高神社の本宮は安曇野市にあり、奥宮がここ上高地にあり、嶺宮というのが、なんと、奥穂高岳(3190メートル)の山頂に祀ってあるそうです。位置的には、明神岳が御神体のような感じですが、やはり奥穂高岳が御神体だったようです。
Cimg1861神が降臨したという伝説が残る明神池。そんな伝説から、このあたりは昔から「神降地」と呼ばれていました。今、「上高地」と呼ばれる所以ですね。   穂高神社奥宮の神域にある池は、透明で清涼な水をたたえ、神秘的で荘厳な雰囲気を醸し出していた。明神池からは、巨大な高層ビルのように、突然、明神岳がせり上がっています。圧倒的な存在感。圧倒的な迫力。まさに絶景でした。 #詳しくはこちらをどうぞ。聖なる明神池は強力なパワースポットのようですね。
Cimg1858穂高神社の隣にある嘉門次小屋。 明治期の名山岳ガイド、上条嘉門次建てた小屋であります。明治の面影を残す昔ながらの山小屋で、代々受け継がれてきたものだそうです。 ここの名物は、明神池で獲れたイワナの塩焼です。食べれば、神のパワーをもらえそうですね!(笑)     芥川龍之介も嘉門次小屋に泊まったようです。 「対岸には大きな山毛欅(ブナ)や樅(モミ)が、うす暗く森々と聳えていた。稀に熊笹が疎らになると、雁皮(ガンピ)らしい花が赤く咲いた、湿気の多い草の間に、放牧の牛馬の足跡が見えた。  ほどなく一軒の板葺の小屋が、熊笹の中から現れて来た。これが小島烏水氏以来、しばしば槍ヶ嶽の登山者が一宿する、名高い嘉門治の小屋であった。  案内者は小屋の戸を開けると、背負っていた荷物をそこへ下した。小屋の中には大きな囲炉裏が、寂しい灰の色を拡げていた。案内者はその天井に懸けてあった、長い釣竿を取り下してから、私一人を後に残して、夕飯の肴に供すべく、梓川の山女を釣りに行った。  曇天の夕焼が消えかかった時、私たちは囲炉裏の火を囲んで、竹串に炙った山女を肴に、鍋で炊いた飯を貪り食った。それから毛布に寒気を凌いで、白樺の皮を巻いて造った、原始的な燈火をともしながら、夜が戸の外に下った後も、いろいろ山の事を話し合った。」芥川龍之介 著 「槍ヶ嶽紀行」より


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2012年6月19日 (火)

上高地 Ⅰ (長野県松本市)

昨日、JR東日本の「大人の休日倶楽部フリーパス」をフル活用して、東北新幹線→長野新幹線→篠ノ井線→松本電鉄→バスと乗り継いで上高地まで行き、トレッキングをしてきました。やれやれ、かなりの強行軍でしたね。(笑)  今の時期としては、ありえないくらいの好天に恵まれ、誰もが息をのむような絶景の連続する上高地をトレッキングすることができました。  #Ⅱ、Ⅲに続く・・・・・・
Cimg1849残雪の穂高連峰と梓川。河童橋付近から撮影。  まさに息をのむ絶景ですね。素晴らしい!多くの観光客のみなさんが、感嘆の声をあげていました。 正面が奥穂高岳(3190メートル)、その左側の角のように見えるのがジャンダルム(前衛峰 3163メートル)、左側奥が西穂高岳(2908メートル)、切れていますが右側には前穂高岳(3090メートル)が望めます。正面の谷が岳沢で、氷河地形であるカール(圏谷)になっています。  
Cimg1845_2河童橋から穂高連峰を望む。 河童橋は、上高地のシンボルとして有名です。ここは、バスターミナルからも近く、バックに展開する穂高連峰や梓川の清流など、気軽に絶景を楽しむことができるので、トレッカーやハイカーだけでなく、多くの一般観光客も訪れる日本屈指の観光地になっています。  このあたりは平日だというのに、観光客であふれ返っていました。特に、中国人の観光客が多かったですね。 
Cimg1842穂高連峰と河童橋と梓川、定番の写真ですね。 河童橋というと、芥川龍之介の風刺小説「河童」が思い浮かびます。この小説は、ここ上高地を舞台にして書かれました。 芥川は、大正9年に上高地を訪れています。大正9年に発表された紀行文である「槍ヶ嶽紀行」によりますと、「山と名づくべき山には、一度も登った事のない・・・・」芥川にとっては、山岳ガイド同行とはいえ、困難を極めたトレッキングのようでした。この山行を元に、代表的短編小説「河童」は書かれたといわれています。  「河童」の冒頭部分から。。。  「これは或精神病院の患者、――第二十三号が誰にでもしやべる話である。彼はもう三十を越してゐるであらう。が、一見した所は如何にも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、――いや。。。。(中略)。。。。 三年前の夏のことです。僕は人並みにリユツク・サツクを背負ひ、あの上高地の温泉宿から穂高山へ登らうとしました。穂高山へ登るのには御承知の通り梓川を溯る外はありません。僕は前に穂高山は勿論、槍ヶ岳にも登つてゐましたから、朝霧の下りた梓川の谷を案内者もつれずに登つて行きました。朝霧下りた梓川の谷を――しかしその霧はいつまでたつても晴れる気色は見えません。のみならず反かへつて深くなるのです。僕は一時間ばかり歩いた後、一度は上高地の温泉宿へ引き返すことにしようかと思ひました。けれども上高地へ引き返すにしても、兎に角霧の晴れるのを待つた上にしなければなりません。と云つて霧は一刻毎にずんずん深くなるばかりなのです。「ええ、一そ登つてしまへ。」 ――僕はかう考へましたから、梓川の谷を離れないやうに熊笹の中を分けて行きました。。。。。」 芥川龍之介著 「河童」より
Cimg1850梓川右岸から撮影。 右側にそびえるのが明神岳(2931メートル)である。  上高地の標高が1500メートル。写真の穂高連峰の最高峰が標高3190メートル。今、まさに、1600メートル以上の標高差を眺めているのです。なんか、体がゾクゾクしてきますね。無性に登りたくなってきます。(笑) まあ、登山の経験のある人なら、誰もがそう思うでしょう! なんとか体力があるうちに登ってみたいものです。(笑)
Cimg1852河童橋からしばらく歩くと、木道が続く湿原に出る。岳沢湿原である。透明で清涼な水辺の美しい景観が迎えてくれる。周りには、レンゲツツジがいっぱい咲いていました。モウセンゴケなどの湿地植物が豊富なところだそうです。正面の山が六百山(2445メートル)、この山の眺望もよいです。

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2012年6月 7日 (木)

焼石岳 Ⅱ(岩手県奥州市)

焼石岳は、栗駒国定公園に含まれ、岩手県南西部に位置する焼石連峰の主峰であります。 かつては、未開発で山が深く、秋田側や夏油温泉などからのコースも長くて、かなりマイナーな山域でした。 今では、200名山にも選ばれ高山植物の宝庫として人気も高まっていますね。 

Cimg1818_2直下より山頂を望む。山頂はもうすぐだ!  先行する登山者(丸で囲んだところ)がかすかに見えます。---------------------------------------------------
Cimg1822焼石岳山頂。 山頂は、その名のとおり焼石の散らばった、けっこう広い頂でした。5~6人の登山者が休んでいました。下山時も、平日というのに多くの登山者次々と登ってきましたね。予想い以上に多い登山者にびっくりです。(笑) 山頂からは、岩手山、早池峰山、鳥海山などか望めるはずでした。鳥海山は、なんとか微かに見えましたが、他は、残念ながら薄く雲がかかっていてダメでしたね。(涙)

Cimg1825焼石岳山頂から望む栗駒山。 栗駒山と焼石岳の間には、広大な原始の山域である栃ヶ森山塊が展開する。 仙台在住の登山家によりますと「登山道などもなく、普通登山の対象としては考えられることは少なく、登山者にとっては、空白の山域」 とのことです。また、「大薊山(おあざみやま、栃ヶ森山塊の主峰、1166メートル) には、1971年の10月に、西側から沢、谷を遡って山頂に立っている。幕営地を求めて下った谷は、晩秋というのに雪渓が残り、イワナがうじゃうじゃと泳いでいたのを思いだす。古い記憶のなかで、今でも自分なりの聖域としての心の一画を占める。」 とも語っています。 いや~、いいですねー。手つかずの自然が残る自分だけの聖域! ロマンですねー、ワイルドですねー!(笑) 

Cimg1826山頂より振り返り見る。半分雪に覆われた泉水沼のわきに今登ってきたばかりの登山道が見える。 このあたりは姥石平と呼ばれていて広大なお花畑が広がっている。


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2012年6月 5日 (火)

焼石岳 Ⅰ(岩手県奥州市)

2008年の岩手・宮城内陸地震で崩壊し閉鎖されていた尿前(しとまえ)林道が、やっと開通したということで、早速 焼石岳(1548メートル)に登ってきました。 「今年は雪がかなり多い!」と聞いていましたが、まさに、その通りでした。中沼の手前から雪渓が現れ、銀明水からは、大雪渓が展開していましたね。天候にも恵まれ最高のトレッキングができました。  中沼登山口(7::30発)→銀明水→焼石岳山頂(11:00着) 山頂(11:30発)→銀明水→中沼登山口(14:30着) 休憩含む。約7時間のトレッキングでした。 

Cimg1795_2中沼から望む焼石連峰。ブナの新緑と残雪のコントラストが美しい。 登山口(中沼コース) から軽い登りを繰り返して行くと、やがて中沼に着く。沼の周辺は水生高山植物の宝庫である。--------------------------------------------
Cimg1797_2中沼の終わり付近。 このあたりは残雪もなく、木道も整備されていて快適なトレッキングができます。 中沼からは、沢沿いの登りになりますが、残雪がかなり多く、木道、登山道のほとんどが消えていました。登山道になっている沢は、ほとんどが雪渓に覆われていて、一瞬迷いそうになるところも何ヶ所かありましたね。

Cimg1805「銀明水」からの大雪渓。前を行く登山者。地元のおじさんでしたが、かなりのハイペースでした。  銀明水からは爽快な雪渓歩きが楽しめます。 ちなみに「銀明水」とは、岩の間から冷たくて美味い水が湧き出しているところです。ここは、広場になっていて、木製のベンチなどもあり、絶好の休息所になっています。

Cimg1812姥石平付近から望む山頂。 山頂は、もうすぐだ!  このあたりは、高山植物の宝庫です。初夏から夏にかけて、数々の高山植物が競い合うように咲いています。


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