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2010年11月25日 (木)

奥松島(宮戸島)西部を歩く Ⅰ

縄文の村歴史資料館から奥松島(宮戸島)西部を歩いてきました。 少し肌寒かったですが、秋晴れの中、約2時間30分、心地よい汗をかいてきました。 約4500年前の縄文時代からほとんど景観が変っていない全国でも稀な場所です。ここは、全国有数の縄文時代の貝塚密集地帯。奥松島だけでも20ヶ所以上にのぼります。 

Cimg0167日本一の規模を誇る「里浜貝塚」。 ここでは、大規模な製塩が行なわれており、縄文時代の交易村として栄えていました。 製塩土器に入れた海水を煮つめて作られた大量の塩は、交易品として使われ、遠く離れた村々へと送られたのでしょう。  驚くことに、なんと、ここには4500年前と同じ景観が展開しているのです。縄文時代と同じ景観が見られる場所なんて、全国でもここだけではないでしょか・・・・・・?

Cimg0171蛤(はまぐり)浜。 昔は多くのハマグリが採れたという・・・・一応海水浴場になっています。ロケーションは最高ですが、超マイナーな海水海水浴場です。(笑)---------------------------------------------------------------------

Cimg0180遊歩道から釣師の付けた道(けもの道?)を藪ををこぎながら下ると、名もない浜に出ました。釣り人しか来ないであろう浜です。 歩く、歩く、ただ ひたすら歩く。。。----------------------------------------------------------------------

Cimg0218#奥松島(宮戸島)や寒風沢(さぶさわ)島の海岸線はかなり入り組んでいます。リアス式海岸と言ってもいいのでしょうか。。。? 歩いたところは、青い線の部分です。 今回の目的地、「メカル崎」の突端まで行ってきました。遊歩道があるのは手前の神社までです・・・・やれやれ!(笑)

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