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2010年8月

2010年8月27日 (金)

聖地巡礼(笑) Ⅸ 「小岩井農場」

小岩井農場は、賢治が旧制盛岡中学の遠足で訪れ以来、幾度も足を運んだ 、お気に入りの場所である。ここは、とにかく広い!明治24年、岩手山南麓の広大な原野を開拓し、日本最大級の農場を造ったのです。 創業者の小野義眞、岩崎弥之助(弥太郎の弟・三菱二代目社長)、井上勝の頭文字により「小・岩・井農場」と名づけられました。 賢治の時代から岩崎家の所有となり、現在も三菱グループの株式会社である。。。小岩井農牧株式会社。  この広大な農場には、なんと立派な道路が南北に通っているのです。少し前まで、この道路は「小岩井有料道路」と呼ばれていて、なんと「有料」だったのです。(笑) 

Cimg6982小岩井農場のシンボル、岩手山と一本桜、テレビや映画ですっすり有名になってしまいました。   春と修羅第一集に収められている長編詩「小岩井農場」は、なんとパート九まであるのです。すごいです。たぶん日本一長い詩でしょう!(笑)   現在のJR田沢湖線の小岩井駅を降りて農場を歩いていく様子、目に入る情景が見事に「心象スケッチ」(賢治は詩を心象スケッチとよんだ)されている。 賢治の小岩井農場に対する深い思い入れが伝わってきます。

Cimg7008酪農部にある「四階倉庫」、大正5年に建てられたもので、国登録有形文化財になっている。内部には、当時としては珍しいエレベーターやエスカレーターも設置されていたという。さすが三菱ですね!(爆)  賢治の短編童話「耕耘部(こううんぶ)の時計」にも登場する。


Cimg7010「本部の気取〔きど〕つた建物が桜や ボプラのつちに立ち そのさびしい観測台のうへに ロビンソン風力計の小さな椀や ぐらぐらゆれる風信を わたくしはもう見出さない。。。。」長編詩「小岩井農場パート四」より。 賢治が「本部の気取〔きど〕つた建物」と表現した、小岩井農場本部、明治36年に建てられたもので、これも国登録有形文化財に指定されている。今でもかなりモダンでオシャレですね。なんと、この建物今でも資材管理部の事務所になっていて、現役なのです。 有形文化財なのに、いいのかしら?(笑) カフェとかに改装すれば、賢治ファンがわんさか押しかけるような気がしますが。。。(笑)

Cimg6976上丸牛舎地区の一号牛舎、明治41年に建てられてものだという。残念ながらここには入ることはできなかった。口蹄疫の関係で一切立ち入り禁止になっていた。周辺の道路には、大量の石灰がまかれていました。。。。。。ある現代の詩人は、賢治の長編詩「小岩井農場」を「まるで、賢治がビデオカメラを片手に小岩井農場を散歩しているようだ」と評している。まさに、言い得て妙です。


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2010年8月26日 (木)

聖地巡礼(笑) Ⅷ 「岩手山(2036メートル)」

賢治が愛してやまなかった岩手山。旧制盛岡中学2年生の時、初めて登って以来、なんと、わずか37年の生涯で30数回も登っているのです。すごい、ほとんど岩手山山岳ガイドですね。(笑)  てな訳で、昨日、賢治も好んで登ったという柳沢コース、岩手山神社のある滝沢村馬返しのキャンプ場から登ってきました。ただし、八合目の避難小屋まで。視界まったくの不良、濃いガスと時折激しく降る雨の為、ずぶ濡れ、最悪の状況でした。山頂まで行ってもつまらないと思い引き返して来ました。やれやれです。(笑)    馬返しキャンプ場(7:00発)→三合目新旧道分岐→八合目避難小屋(10:30着)休憩含む。 

Cimg6958馬返しキャンプ場の登山口。 岩手山、古くは巌鷲山と呼ばれ、信仰登山が盛んだった頃、この柳沢口が表参道であった。科学者 宮沢賢治も信仰登山にあこがれたのだろうか? 30数回登った内、半分以上がこのコースからの登山だったという。---------------------------------

Cimg6960「そらの散乱反射のなかに 古ぼけて黒くゑぐるもの ひしめく微塵の深みの底に きたなくしろく澱むもの」 『「岩手山」 春と修羅 第一集』より。。。この四行詩は、賢治が岩手山山頂で詠んだものである。。。。獅子頭が祀られている七合目の鉾立から山頂を望む。 一瞬、雨が止み、ガスが晴れて、山頂が姿を現した。。。。。ここまでは急斜面の連続でかなり汗をしぼられる。おまけに火山特有の砂礫の道となってるため登りづらい。 

Cimg6961八合目の避難小屋。ガスが覆い、雨が激しくなってきた。登山はここまで。ここには、賢治もお気に入りだった「御成清水」という冷たくて美味しい水がふんだんに湧き出ている。----------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6971岩手山神社、馬返しのキャンプ場からかなり手前にありまます。信仰登山が盛んだったころ、岩手山自体が御神体と考えられていたため、この神社には社殿がなかったという。 賢治の時代は、ここから登りはじめたらしい。賢治の登山スタイルは、ほとんどが単独行であったと言われています。山を楽しむと同時に科学的な地質調査や火山調査も大きな目的だったのでしょう。 


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2010年8月10日 (火)

月山(山形県鶴岡市羽黒町)

「芭蕉46才、旅に疲れた体にむち打って神の山への登山を敢行。。。」てな訳で、芭蕉も登ったコースでもある、羽黒山登山口から登ってきました。 晴れたり曇ったりと天候もまずまずで、極端に暑くもなく快適なトレッキングができました。 月山8合目登山口(8:15発)→仏生池小屋→月山山頂(10:15着)休憩含む。  

Cimg6863コース中間地点、月山九合目にある仏生池小屋。ここから山頂まで1時間くらいである。  う~む、なんと宗教色の強い小屋なんだ。(笑) 小屋の前には小さな池があり、直ぐそばには小さな祠があった。参拝者がかなり多いのだろう。お賽銭が溢れていた。-------------------------------------------------

Cimg6880山頂手前付近からオモワシの山(1828メートル)を振りかえり見る。初めての登山者は、ここが山頂だと見誤ってガッカリすることになる。このことから「オモワシの山」と呼ばれるようになったという。。。。。-------------------------------------------------------------------------------

Cimg6875月山山頂(1984メートル)を望む。 円錐状の山頂には、天照大神の弟である月読命(つきよみのみこと)を祀る月山神社本宮が建っている。 周りは草原になっていて高山植物の宝庫でもある。----------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6877月山山頂(1984メートル)。 山頂は、石垣で囲まれた本宮社殿が建っていて、標高を示す標柱もなにもない。当然この先は、一切撮影禁止である。山頂に本宮があるため、500円を払って「お払い」を受けてから本宮を参拝することになる。(山頂を踏むことになる)  なんと、お金がないと山頂を踏めないのである。(笑) 参拝後にお神酒を一杯ご馳走になる。山頂で飲む酒はなんと旨いことか。。。(爆)

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