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2010年6月

2010年6月27日 (日)

アラハバキ(荒覇吐)神を祀る神社 Ⅱ

我叡登挙(わかえとの)神社(月山神社)。  岩手県奥州市衣川区(旧衣川村)、衣川関や衣川柵の直ぐ近く、月山と呼ばれる小高い山にあります。ここも磐神社と同じ延喜式の神社であり、安倍氏の守護神アラハバキ神を祀っていました。  ちなみに、毎年仙台近郊で行なわれるロックの祭典「アラバキ(荒吐)ロックフェスティバル」は、この「アラハバキ神」から命名されました。

Cimg6761月山山頂にある社殿(拝殿)。 登り口には大きな鳥居と立派な社殿があります。ここから、急な階段等をしばらく登ると奥宮であるこの社殿が現れます。参拝道の途中にも社殿がありました。 やれやれ、社殿が四つもあります!(笑)---------------------------------------------------------------

Cimg6762御神体の奇岩。奥宮である社殿のさらに奥に小さな社殿があり、その前に御神体があったのです!!二重三重に守られている感じですね。ここまで登ってくる人は、ほとんどいないのでしょう。けっこう荒れていました。(涙)---------------------------------------------------------------------------

Cimg6738登り口付近に建つ標柱。 「奇岩を御神体とする荒覇吐神(安倍氏の守護神)を祀る」と書かれてありました。 遥か昔、東北地方の民全体の神だったというアラハバキ神は、坂上田村麻呂の侵攻によって邪教とされ、ことごとく排除されてしまったのです。--------------------------------------------------------

Cimg6767衣川柵付近から月山を望む。山の直ぐ下を東北自動車道が走っている。向かって左側方面に衣川関があります。小さな山ですが、けっこう急な斜面が続き一汗かきます。(笑)

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2010年6月26日 (土)

アラハバキ(荒覇吐)神を祀る神社 Ⅰ

「磐(いわ)神社」です。 延喜式の神社で、岩手県奥州市衣川区(旧衣川村)、安倍氏の館跡の近くにあります。 元々は、エミシ・安倍氏の守護神であるアラハバキ(荒覇吐)神を祀っていた神社で、天然の巨岩を御神体としていました。巨岩は、アラハバキ神そのものではなく、神の宿る場所でありました。神は天から降りて来るのです。  当時、巫女は巨岩の前に座り、護摩壇に乳木を焚き、呪文を何度となく繰り返し、祈祷を始める。そして、神が天降る・・・・イタコの口寄せのような感じですかね? ここは、安倍氏の聖地であり、今で言う「パワースポット」です。強力なパワースポットです。間違いなし!私も強力なパワーをもらって来ました。(笑)  #Ⅱに続く。。。。

Cimg6750のどかな田園地帯にポツンと存在する神社であります。昔から御神体の巨岩のみで、社殿も本殿もない神社でしたが、明治になってから地域の人々の強い要望で社殿が造られたとのことです。-----------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6754社殿の裏側にある御神体の巨岩。  案内板によると、幅は10m、高さ4mもあるとのこと。なんと、社殿なみの大きさだ!(笑)---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6755御神体と社殿の一部が見えます。 アラハバキ神は、東北地方に多く残っている信仰で、ルーツは縄文時代まで遡ることができる という説もあります。 また、天孫民族(大和民族)が、我国に渡来する以前に、先住民族によって祀られた神である との説もあります。

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2010年6月24日 (木)

前九年の役 史跡 一首(いっしゅ)坂

岩手県奥州市衣川区(旧衣川村)にあります。観光コースにも入っていて、けっこう有名な場所です。入り口には大きな案内板があり、駐車場も完備。 別に首が埋まってた場所ではありません。(爆)    衣川柵が落ち、鳥海柵に逃げる途中、安倍貞任とそれを追う源義家が歌を詠みあったという伝説の場所です。  岩手が生んだ国際人・ラストサムライ 新渡戸稲造は、英文で書かれた名著「武士道」のなかで、この有名なエピソードを引用している。 まあ、ここは、世界的にも有名な場所なんですね。(笑) 余談ですが、「武士道」の愛読者として、ルーズベルト、クリントン、ブッシュ大統領、エジソン等が有名です。

Cimg6710一首坂、詠み合った歌の碑と貞任石、義家石なんてのがあります。  『。。。昔の戦では、合戦の相手同士が当意即妙の応答をしたり、歌合戦を始めることは稀なことではなかった。合戦は、単に荒々しい戦闘力の問題だけではなく、知的な勝負であった。11世紀後半、ちょうどこのような戦いが、衣川の堤で行なわれた。東国の軍は敗走して、その将、安倍貞任も逃亡しようとした。そこに攻めてきた相手方の大将(源義家)が、貞任に向かって、大声で「きたなくも 後ろを見するものかな。しばし引かへせ。物いはん(ひとこと言いたいから少し待て)」とよばわった。そこで貞任が馬首を返すと、勝軍の将(義家)は、「衣のたては ほころびにけり」と即興に歌を読んだ (下の句を詠んで上の句を待った)。。。

Cimg6712一首坂の説明板。   。。。。すると、その声が終わらないうちに敗軍の将(貞任)は、「年をへし 糸のみだれの くるしさに」と詠み返した。(上の句をつけた)  弓を引き絞っていた義家は、突然その手をゆるめ、馬を引き返して、逃がしてやった。この理由をたずねられると、義家は、「敵にあのように激しくせめられながら、心の平静さをたもった人物に辱めを負わせることは忍びなかった」と答えたのである。。。。』 新渡戸稲造「武士道」より


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2010年6月23日 (水)

前九年の役 衣川の戦い

岩手県平泉町との境付近、岩手県奥州市衣川区(旧衣川村)にあります。このあたり一帯は、安倍氏の政治経済の中心であったとのこと。 衣川関(ころもがわのせき)は、道が狭くて険しく、函谷関にも引けをとらない関といわれ、 東側を北上川が流れ、南側を衣川が流れていて、さらに北側は山の絶壁が塞ぎ、まさに天然の要害になっていました。 1062年9月上旬、源頼義・義家親子率いる朝廷軍と出羽の清原氏の連合軍は、難攻不落と言われた衣川の関を、わずか一日で落とし衣川柵に迫りました。

Cimg6717衣川関の説明板。  衣川柵に篭り必死の反撃を行なう安倍貞任らに手を焼いた朝廷軍は、特殊部隊を柵の中に忍び込ませて放火するという奇襲作戦にでます。安倍勢は、この火災に驚き混乱状態になりました。 この隙に、朝廷軍は激しく攻め立て、 ついに柵は業火につつまれて陥落したのでした。

Cimg6724衣川関、直ぐ左側は東北自動車道である。  衣川関は、有名な枕詞にもなっていて、古来多くの歌に詠まれている。  「もろともに 立たましものを みちのくの衣の関をよそに聞くかな」 和泉式部  (私たちの仲が絶えていなければ、一緒に出発したものを。あなたが越えて行く陸奥の衣の関を、他人事として聞くのですね)

Cimg6743衣川柵跡(並木屋敷跡)。 このあたりが広大な衣川柵の中枢部分、安倍氏の政庁跡である。 安倍氏滅亡後は清原氏の館となり、桜並木に囲まれていたため、並木屋敷と呼ばれるようになったという。 

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2010年6月 3日 (木)

須川温泉(岩手県一関市)

秋田県との県境、標高1126メートルという高地にあり、晴れていれば鳥海山や月山が見える。 背後にある天然のロックガーデンのいたるところからは熱湯が噴出している。なんと、「湧出量は構造上測定不可能」とのこと!すご過ぎる!(笑) これだけの景観、スケールを背景にしたロケーションバツグンの温泉は、東北では間違いなくナンバーワンでしょう。 

Cimg6700_2須川高原温泉旅館 隣の足湯付近。後方の大岩からは滝のように高温の温泉が噴出している。 ここの大浴場や食堂、ショップ等すべての施設が建て替えられました。なんと、足湯の隣には専用の露天風呂までできました。20数年前に宿泊したときとは大違い、すべてが立派になりましたね。(笑)

Cimg6681山頂付近から望む鳥海山。須川温泉からもこれと同じように鳥海山が望める。 須川温泉の三大景観は、鳥海山に沈む夕日、溶岩の奇岩が点在する天然のロックガーデン、眼下に見える雲海、である。---------------------------------------------------------------------------

Cimg6704宮城岩手内陸地震で崩壊した祭畤(まつるべ)大橋。須川に行く途中、一関市の厳美町にあります。「災害遺構」として保存して、地震の破壊力のすさまじさと記憶を後世に伝えることにしたらしい。


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2010年6月 2日 (水)

栗駒山(岩手県一関市須川温泉)

岩手県一関市と栗駒の須川温泉間(国道342号線)が、宮城岩手内陸地震以来、約2年ぶりに開通しました。 てな訳で、ドライブがてら栗駒山をトレッキングしてきました。 久しぶりに晴れ渡り、気分爽快、快適なトレッキングができました。 登山者は、平日にもかかわらず多かったですね。岩手、一関の人たちにとっては、待ちに待った開通だったのでしょう。  須川温泉(9:00発)→昭和湖→栗駒山山頂(10:30着)休憩含む。  

Cimg6667昭和湖下の雪渓。 今年は残雪が多いような感じです。昭和湖下でこの雪渓の規模!!コースには、大きな雪渓が残って快適な雪渓登りが楽しめます。日差しは強烈ですが、クールな登山、気分爽快でした。(笑)-----------------------------------------------------------------

Cimg6696昭和湖上の雪渓から焼石岳を望む。 雪渓登りは、本当に気分がいい。心身が浄化されるようだ。。。  正面の山々には地震で崩落した跡が生々しく残っていた。--------------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6695山頂付近から雪渓を俯瞰する。 昭和湖を過ぎて少し登ると、突然視界が開け広くて長い中斜面の雪渓が展開していた。 ケシ粒ほどの登山者5人ほどが見える。----------------------------------------------------------------------------------------------------------

Cimg6687栗駒山山頂。 晴れ一発の快晴でした。(笑) 秀峰鳥海山や、月山、禿山、神室連峰等360度の大パノラマでした。 宮城県側のイワカガミ平までも、車で行けるようになりました。そのためか、中央コースを登ってくる登山者も多かったですね。


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