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2010年2月24日 (水)

前九年の役 阿久利川(あくとがわ)の事件(陰謀)

宮城県北部、岩手県と接する栗原市志波姫 阿久戸(あくと)の一迫川沿いにあります。鬼切部の戦い以降平静を保っていた安倍氏と朝廷側であったが、 ここで再び対立に発展する重要な「事件」が起こったのである。 1056年、陸奥守(むつのかみ、奥州の国府多賀城の長官)源義家(みなもとのよしいえ)の任期が終わる頃、義家の軍勢が胆沢城から多賀城に帰還する途中、阿久利川(現在の一迫川)河畔で野営をしていた時、部下である藤原光貞(ふじわらのみつさだ)の宿舎が襲われ、多数の兵士と馬が殺害されたという。

Cimg6459_5説明板と標柱。   藤原光貞は、これは安倍頼良(あべのよりよし)の長男である安倍貞任(あべのさだとう)の仕業だと、決めつけて訴えたのであ。なぜなら、貞任が自分の妹に求婚してきたときに「エミシである貞任に妹はやれない」と一喝したことを根にもっていたからだという。---------------

Cimg6467一迫川沿いから撮影。阿久利川は、いまもゆったりと流れていた。。。。この訴えを聞いた、陸奥守源義家は一方的に安倍貞任を差し出すことを命じ、安倍氏がこの命令を拒否したため、両者の間で、また戦いが始まったのである。-----------------------------------------------------

Cimg6471このあたりからの栗駒山の眺めは素晴らしい。栗駒山は栗原市のシンボルだ。   陸奥守源義家の一方的な嫌疑のかけ方と処罰の理不尽さに安倍頼良は、以下のような決意表明をし数万の大軍勢の朝廷軍に戦いを挑んでいったのである。 「人はこの世で妻子を思って生きている。貞任が愚かな子であったとしても親子の情として、ただ黙して誅(ちゅう、罪ある者を殺すこと)に服させることなどできぬ。それなら衣川の関を閉じての源義家の命令を拒否するほうがましだ。軍勢が攻めてきて一族決死の戦になることも悔いぬ。戦いに利もなく私が死ぬようなことになってもかまわぬ。」

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