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2009年8月27日 (木)

智恵子 記念館 (福島県二本松市)

福島県二本松市ある「智恵子記念館」に寄ってきました。 智恵子の愛用品や手紙、絵、療養中に残した紙絵(切り絵)などが展示されています。記念館隣には、智恵子の生家があり、修復され公開されています。    
日本女子大の家政学部に進学した智恵子は西洋画に熱中し、卒業しても故郷には戻らず画家を目指したのでした。 デザイナーでもあった智恵子は、女性解放運動にも関心を示し、大学の先輩である平塚 らいてうが創刊した女性のための文芸誌『青鞜』にも賛同し、表紙デザインを担当しました。  

Cimg5883智恵子の趣味は、なんとテニスだったという。 大学時代も、先輩のらいてうたちとテニスに興じたらしい。 智恵子、 らいてうともに、かなりテニスが上手かったそうです?。。。(笑)------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「あなたはだんだんきれいになる」 高村光太郎

を(お)んなが 付属品を だんだん棄てると
どうして こんなに きれいになるのか。
年で洗われた あなたのからだは
無辺際を飛ぶ 天の金属。
見えも外聞も てんで 歯のたたない
中身ばかりの 清冽な 生きものが
生きて動いて さつさつと 意慾する。
をんなが をんなを 取りもどすのは
かうした 世紀の修行によるのか。
あなたが 黙って 立ってゐると
まことに 神の造りしものだ。

Cimg5885光太郎(50才)と智恵子(47才)。 昭和8年、病む智恵子の療養をかねて、二人は那須、安達太良、磐梯山周辺の温泉を巡っています。------------------------------------------------------------------------

「山麓の二人」    高村光太郎

二つに裂けて傾く磐梯山の裏山には
険しく八月の頭上の雲に目をみはり
裾野とほく靡(なび)いて波うち
芒(すすき)ぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草を籍(し)いて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣き止まぬ童女のやうに慟哭する
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲う宿命の鬼にさらはれて
のがれる途(みち)無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手には山風が冷たく触れる
わたくしには黙つて妻の姿に見入る
意識の境から妻の姿に見入る
わたくしのい縋(すが)る
この妻をとりもどすすべが今は世に無い
わたくしのこころはこの時二つに裂けて脱落し
闃(げき)として二人をつつむこの天地と一つ
  
Cimg5890智恵子の生家。 実家は、酒造家でかなりの資産家でした。智恵子は、何不自由ない伸び伸びとした少女時代を送ったそうです。   酒好きだった光太郎は、智恵子の実家から銘酒「花霞(はながすみ)」をとりよせ、アトリエで毎晩晩酌をしていたとか!(笑) 近くのお土産屋では銘酒「花霞」を買うことができます!(笑)

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