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2009.06.11

骨寺村荘園遺跡を歩く Ⅰ (岩手県一関市厳美町本寺)

梅雨に入る直前の昨日行ってきました。 横溝正史の推理小説にでも出てきそうな、なんとも不気味な名前ですが。。。(笑)   なんとここは、 平泉の中尊寺所領の中世の「荘園」が、そっくりそのまんま残されているという奇跡的な所です。鎌倉時代に書かれた絵図とほとんど景観が一緒である。信じられない!!(笑)  中世の骨寺村絵図にも載っている、寺社や塚、祠、岩屋等は国の史跡に指定されている。また、骨寺村(本寺地区)一帯は、国の重要文化的景観に指定されている。  #Ⅱに続く。。。。

Cimg5685東側の山にある「慈恵塚」に登る途中から撮影。中世以来の日本の原風景が広がっている。 正面には秀峰栗駒山が望めるはずなのですが。。。残念!

Cimg5683史跡 慈恵塚。 比叡山の高僧第18代座主の慈恵大師のドクロを葬った場所とされる。東側の逆柴山と呼ばれる山の頂付近にある。ここは観光地化がされてないためか、案内板やはっきりした道もない。パンフレットには「慈恵塚に登る道は危険もあるためガイドツアー以外では行くことはできません」と書かれているが、もらった散策マップを頼りに探しながら登ればなんとか行くことができる。この山道は、当時、平泉から骨寺村を訪れるさいに利用されたらしい。

Cimg5678史跡 慈恵大師拝殿。慈恵塚の山裾にあり慈恵大師を祀っている。 ここも、案内板も何もないのでガイドツアー以外では行けないらしい。。。。やれやれ!(笑)

Cimg5694史跡 不動窟(ふどうのいわや)。 修験活動の痕跡とされる岩屋である。東側の山の中腹にある。 ここは道がないためガイドツアー以外行くことができないらしい。。。。本当に道がなかった!(笑)  杉と竹の混合林の急斜面を踏跡をたよりに暫く登ると巨大な岩の塊が出現する。巻いて岩の上まで登ってもない。なんと、岩屋は下のほうにあったのだった。 石器時代の洞窟遺跡という感じだ。人が住めそうだ。(笑)

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