旧奥州街道を歩く Ⅱ
日本の国策に愛想を尽かした人々が「吉里吉里国」として独立する、井上ひさしの長編小説「「吉里吉里人」の舞台は、なんと、宮城県栗原市北部のこのあたりなのである!! 『。。。。。ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券ば持って居が」 。。。』 吉里吉里人より この「一ノ関近くの赤壁」とは有壁(ありかべ)のことですね。間違いなし!!(笑)
緩い登りが続く。心地よい涼しさだ。森林浴にはもってこいの道だ。(笑)
緩い下りになる。道も少し広くなる。この先で、田んぼなどのある少し開けたところに出る。
壊れた案内板があった。「市乃関」?? なんか字が違ってるような気が。。。。(笑)
開けたところから、道は、また森の中へと続いていた。小さな峠を越えると道は下り坂となる。 このあたりは、もう一関市だろう。 江戸時代には「鬼死骸村」とよばれていたところである。ここも、横溝正史的な村名ですね!!(爆) 今も地名として残っている。
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