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2009年3月

2009年3月25日 (水)

聖地巡礼(笑) Ⅵ  「賢治生家・ぎんどろ公園 等」

賢治の生家は、花巻市の中心部にある。何回か建て替えられ、当時の面影はない。今でも、賢治の弟の家族が住んでいる。 「見学はご遠慮下さい」の張り紙が。。。。(笑) 遠慮なく入って行くファンが多いのだろう! 

Cimg54951賢治の父は、資産家で、質屋を営み、「花巻仏教会」を組織する町の名士でもあった。 まあ、太宰治ほどではないが、かなり「金持ち」の家だったらしい。。。。(笑)

Cimg55003「ぎんどろ公園」のオブジェ。賢治自身をモチーフにした像か?なんとなく童話っぽくていい感じだ!(笑)   ここは、旧花巻農学校跡地にできた公園で、賢治の好きだった銀白楊(ぎんどろ)木が多数ある。賢治の詩碑や童話をモチーフにした像が点在している。

Cimg54982「やぶ屋総本店」、花巻市の中心部ある。大正12年創業で、賢治が花巻農学校の教師時代、よく通ったそば屋として有名である。 賢治は、「ブッシュへいぐべ!」といい、生徒たちをつれてよく来たという。賢治が注文するのは決まっていて、天ぷら蕎麦となぜかサイダーだったそうである。 天ぷら蕎麦とサイダーか!!意外とマッチするかもしれない。。。。(爆)

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2009年3月17日 (火)

聖地巡礼(笑) Ⅴ 「イギリス海岸」

賢治関連の聖地では、ベスト3に入ると思う。  羅須地人協会、旧盛岡高等農林学校、宮沢賢治記念館、小岩井農場あたりが上位にくるかな!?(笑)  「イギリス海岸」は、北上川に猿ヶ石川が合流する地点から、下流にかけて白い泥岩層が露出する場所のことである。もちろん海岸ではない。同じ地層のイギリスのドーバー海峡の海岸に見立てて、ここを「イギリス海岸」と名づけたのである。 花巻農学校の教師時代に生徒たちを連れて実習に来たり、遊びに来たところでもある。

Cimg54491 イギリス海岸。 白い泥炭層は夏の渇水時にしか表れないそうである。 「。。。それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上(きたかみ)川の西岸でした。東の仙人(せんにん)峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截(よこぎ)って来る冷たい猿(さる)ヶ石(いし)川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。。。。。」 宮沢賢治「「イギリス海岸」より

Cimg54532 「イギリス海岸」にあるオシャレな案内版。賢治の愛用した帽子掛けをイメージしている。 花巻市内には、いたるところにこのような洒落た案内板があり迷うことは無い。 思うに、ここで生徒たちと実習していた花巻農学校の教師時代と盛岡高等農林学校の学生時代が、賢治にとって最も幸せな時期だったような気がする。。。。。。。

Cimg54463童話 「銀河鉄道の夜」に登場する、天の川の河原「プリオシン海岸」は、ここをモデルにしている。  「。。。。くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿(のみ)でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」  「銀河鉄道の夜(7、北十字とプリシオン海岸)」より

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2009年3月14日 (土)

聖地巡礼(笑) Ⅳ 「旧岩手軽便鉄道・現JR釜石線」

旧岩手軽便鉄道、今のJR釜石線、愛称は「銀河ドリームライン」だ!! 土沢は、旧東和町、現花巻市にある。 賢治の詩集「春と修羅」(第1集)のラストを飾る、「冬と銀河ステーション」という詩に登場する。土沢商店街の冬の朝市の様子が幻想的に描かれている。 死後発見された、未完成の傑作童話「銀河鉄道の夜」のモチーフになった重要な詩らしい。。。。。#Ⅴ、Ⅵ に続く予定。。。。(笑)

Cimg54791土沢の駅。 「。。。パツセン大街道のひのきからは 凍つたしづくが燦々(さんさん)と降り 銀河ステーシヨンの遠方シグナルも けさはまつ赤(か)に澱んでゐます 川はどんどん氷(ザエ)を流してゐるのに みんなは生(なま)ゴムの長靴をはき 狐や犬の毛皮を着て 陶器の露店をひやかしたり ぶらさがつた章魚(たこ)を品さだめしたりする あのにぎやかな土沢の冬の市日(いちび)です。。。。」(冬と銀河ステーション)より

Cimg54761「土沢駅・銀河ステーション」。  「銀河鉄道の夜」の中に、サザンクロスに向かう途中、わし座の停車場からタイタニック号の遭難者達が乗り込んきて、カムパネルラやジョバンニたちと会話する重要なシーンがある。 ここで読者は、ミステリアスな幻想4次元列車「銀河鉄道」が何なのかを瞬時に理解する。 まあ、今風に言えば、「おくりれっしゃ」 ということかな。(笑)  結局、さまざまな解釈や意見がでているけど、賢治が言いたかったのは、死は悲しみに満ちているが、決して悲惨なものでもないし、忌み嫌うものでもない、敗北でもない、ましてや穢れたものではない、ということだと思う。 

Cimg54783土沢の商店街。 「パツセン大街道」は、この通りらしい。。。!?(笑)  「。。。。この冬の銀河軽便鉄道は 幾重のあえかな氷をくぐり (でんしんばしらの赤い碍子と松の森) にせものの金のメタルをぶらさげて 茶いろの瞳をりんと張り つめたく青らむ天椀の下うららかな雪の台地を急ぐもの (窓のガラスの氷の羊歯は だんだん白い湯気にかはる) パツセン大街道のひのきから しづくは燃えていちめんに降り はねあがる青い枝や 紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや もうまるで市場のやうな盛んな取引です」(冬と銀河ステーション)より

Cimg54884「めがね橋」。  旧岩手軽便鉄道(JR釜石線)宮守駅の近く、旧宮守村、現遠野市にある。「土木遺産」にも指定されていて、夜になると幻想的にライトアップされる。 「銀河鉄道の夜」の幻想的な風景は、めがね橋や岩根橋を走る列車から眺める風景をモチーフにしたらしい。。。。

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2009年3月13日 (金)

聖地巡礼(笑) Ⅲ 「羅須地人協会跡地・賢治詩碑」

賢治ファンにとっての本当の聖地はここだと思う。けっこう広い場所だ。高村光太郎の筆による「雨ニモマケズ」の詩碑がたっていた。詩碑の下には、賢治の遺骨と法華経の経文、宮澤賢治全集、詩碑建立の由来を記した文書が納められているという。 まあ、「賢治のお墓」と言ってもいい。(笑)  ちなみに、賢治のお墓は、「ぎんどろ公園」(旧花巻農学校跡地)近くの身照寺(宮沢家の菩提寺)にあります。

Cimg54591「雨ニモマケズ」の詩碑。 詩の後半部分が書いてあった。 「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ  小サナ萱ブキ小屋ニイテ 東ニ病気ノ子供アレバ 行ツテ看病シテヤリ 西ニ疲レタ母アレバ 行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクワヤソシヨウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイウモノニ ワタシハナリタイ  宮澤賢治」

Cimg54582この場所は、花巻市街地の南の方で花巻南ICからもけっこう近い。 毎年、賢治の命日には、ここで「賢治祭」が行われる。詩の朗読や賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」等の合唱などが行われる。詳しくはこちらをどうぞ。

Cimg54614ここは舌状の台地になっていている。前方の林の向こう側には北上川が流れている。 「下ノ畑」は、このあたりか? 左のほうに少し畑はあるが、田んぼと道路にすっかり変わっていた。。。

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2009年3月12日 (木)

聖地巡礼(笑) Ⅱ 「宮沢賢治記念館」

花巻市郊外、賢治が「経埋ムベキ山」の一つとした胡四王山(こしおうざん)の中腹にある。けっこう眺めが良い。花巻市街が見渡せる。北上川も見える。新幹線の新花巻駅にも近い。 「経埋ムベキ山」とは、死後発見された有名な「雨ニモマケズ手帳」に書かれていたものである。一種の聖地みたいなもので「経典を埋めて崇め称えるべき山」という意味かな。。。。、詳しくはこちらをどうぞ。

Cimg54251記念館入り口。 時間に余裕があれば、近くにあるイーハトーブ館や童話村にも行ってみると良い。イーハトーブ館では、高村光太郎関連の特別展をやっていた。

Cimg54212宮沢賢治記念館。 詩人、童話作家、科学者にして、農学者、地質学、天文学にも造詣が深く、劇作家、音楽家でもあった宮沢賢治。そんな、マルチな賢治の全体像をわかりやすく展示している。童話のアニメーションを見ながら、ゆっくり休憩できるのもいいな!(笑)

Cimg54263注文の多い料理店、レストラン「山猫軒」。 記念館の駐車場内にあります。 豊富な賢治グッズを扱うお土産コーナーもあり、レストランで食べなくても、寄ってみる価値有りますね。(
笑)

Cimg54724そば処 なめとこ山。 記念館への登り口付近にあります。中には薪ストーブ、表には古風な郵便ポスト、いいね!(笑) 手打ちの二八そばでうまかったです。野菜、山菜、キノコの天ぷらも良かった。

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2009年3月10日 (火)

聖地巡礼(笑) Ⅰ 「羅須地人協会・賢治の家」

#岩手県花巻市は、風がありましたが、晴れたり曇ったりと暖かでした。。。。。 「羅須地人協会・賢治の家」。現在は、花巻農業高校の敷地内に移築されている。 農学校を依願退職した賢治は、羅須地人協会を設立して、ここで、若い農民たちを集め、自ら書いた散文詩的な論文「農民芸術概論綱要」の実践を試みるのである!! でも、「金持ちお坊ちゃんの道楽だべ!すぐにダメになるべ!」と陰口を言う輩も多かったとか。。。やれやれ!

 

Cimg54311有名なポーズの賢治の像。 この像の元となった、あの有名な賢治の写真は、ベートーベンの服装とポーズを真似したものだそうです。自ら写真屋を呼んで撮らせたとこのと。ベートーベンが大好きだった賢治は、有り金をはたいてレコードを買い集めたとか。なんと、ハイカラでハイセンスなことか。。。(笑) 

 

Cimg54344学校の管理人さんから鍵を借りれば、内部を見学できるとのこと。しかし、残念なことに、ちょうど春休み中で内部は見学できませんでした。 でも、窓ガラスが多いので、しっかりと内部を見ることができましたね。#ここで、 昭和の初期の農村で、「音楽会」「レコード鑑賞」「エスペラント語の講義」等を行ったなんて!!あまりにも、アバンギャルドでハイセンスすぎるなー。。。。(笑)

 

 

 

おそらく、日本で一番有名な「伝言板・掲示板」でしよう!(笑) 玄関脇にあります。けっこう大きい。 農耕自給生活を始めて多忙になった賢治が留守のとき、行く先をこの伝言板に書き込んだという。---------------------------------------------------------------------------------

Cimg54333県立花巻農業高校にあるプレート。 賢治の論文「農民芸術概論綱要」のラスト、「結論」の部分からの抜粋。 「……われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である……われらの前途は輝きながら嶮峻である  嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる  詩人は苦痛をも享楽する  永久の未完成これ完成である  理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる  畢竟ここには宮沢賢治一九二六年のその考があるのみである」 銀河を包む透明な意志 か!?  詩人は苦痛をも享楽する か!? 永久の未完成これ完成である か!? う~む、奥の深い言葉だ。 透明な爽快なら実感できるが。。。(爆)  

 

 

 

 

 

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