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2008年4月 7日 (月)

岩手山を望む

「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」 石川啄木「一握の砂」より。 啄木は、詩や短歌のことを「悲しき玩具」と呼んだ。啄木は、短歌や詩を作ることについて、次のように言っている。「一生に二度と帰ってこない命の一秒なのだ。オレには、その一秒がいとおしい。ただ逃してやりたくない。それを現すには手間暇のかからない歌や詩が一番便利なのだ」と。。。。。啄木にとっての歌や詩は、悲しき玩具、人生そのもの、生活そのものだったのでしょう。。。。。

Cimg39251盛岡の街は、川が多いし、橋も多い。 盛岡駅前の「開運橋」から望む残雪の岩手山。前方に見えるのが「旭橋」で、その先にあるのが「夕顔瀬橋」である。

Cimg39302「夕顔瀬橋」から望む岩手山。 盛岡市内を南北に流れる北上川。すっかり清流に生まれ変わりました。

Cimg39213「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」 JR東日本盛岡駅前広場にある啄木の歌碑。ちなみに、盛岡駅正面にど~~んと掲げられている「もりおか」の文字は、啄木の筆跡を使用したものだとか。。。。

Cimg39374中央通にある「啄木新婚の家」。啄木が愛用した机や書、節子奥さんが愛用した琴等が展示してあります。しかし、ここでの生活は、僅か3ヶ月であったとのこと。この家で結婚式を挙げるため東京から盛岡に向かった啄木は、仙台で途中下車し、土井晩翠から借金をし、仙台で酒と女で遊び呆けていたとか。。。。結婚式をすっぽかされた節子は、仕方なく、1人で式を済ませたとのこと。 やれやれ! 啄木、若干二十歳!若気の至りか!(笑)

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