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2007年6月13日 (水)

山形県 最上川本合海~清川

鳴子の中山峠超え~山形の山刀伐峠超えでヘトヘトになった芭蕉は、尾花沢の豪商のもとで10日間も滞在し、これまでの旅の疲れを癒した。 そののち山寺(立石寺)に立ち寄り、羽州街道を北上し、最上川を下り、出羽三山へ向かったのであった。。。。

Cimg35091山形県新庄市の本合海。船着き場の上に、芭蕉と曽良の像が立っていた。芭蕉と曽良は、ここから船に乗り、最上川を下って行ったのである。

Cimg35062本合海の船着場。川なのに本合海!不思議な名称である。元々は、「合河乃津」と呼ばれていたらしい。。。。左手に、芭蕉と曽良の像と歌碑が小さく見える。

Cimg35123本合海の八向盾(山)。 このあたりの最上川は、複雑な地形のためか、大きく蛇行している。ここでも、八向盾(山)にぶつかり、ヘヤピンカーブを切って蛇行し、日本海へと流れて行く。。。。。

Cimg35004清川付近の最上川、日本海までは、16~18キロくらいか。。。最上川は、陸の街道と同じ扱いで、国境には番所が設けられていた。芭蕉と曽良は、清川で下船するが、ここでトラブルが起こってしまったらしい。。。。国境の役人にとって、芭蕉みたいな胡散臭い旅人は、かなり怪しい人物に見えたのでしょう!(笑)何とか上陸した芭蕉と曽良は、ここから出羽三山に向かったのである。

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