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2006年11月 5日 (日)

鳴子峡~出羽街道中山越を歩く Ⅵ

「なるごの湯より尿前の関にかかりて、出羽の国に越えんとす。この道旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸(ようよう)として関を越す。」  尿前の関は、仙台藩が設置した出羽街道中山越の重要な関所で、荒雄川(江合川)に合流する大谷川(鳴子峡)の下流付近にありました。 江合川沿いに続いていた平坦な道は、ここで、突然、鳴子峡と花渕山、大柴山の山塊で遮られました。 芭蕉と曾良は、鳴子峡の入口を見ただけで、奥羽山脈越えという難所に向かって行ったのです。。。。。。

Cimg1455斉藤茂吉の句碑。「元禄の芭蕉おきなも ここ越えて 旅のおもひを とことはにせり」 茂吉もまた、「おくのほそ道」を感じ味わう為には、そこに描かれた「道」を歩いてみることが必要だと思ったようです。後方に見えるのは花渕山。 この句碑は、国道に出てから旧鳴子スキー場方面に少し歩き、そこをを過ぎた辺りにあります。

Cimg1467尿前の坂。 尿前の関所を通ると直ぐに急な坂道が続きます。

Cimg1478尿前の関所跡。 中高年のハイカーグループが、くつろいでお弁当を食べていました。 話しを伺うと、私らと同じコースを歩いて来たとのこと。「歴史の道」では、誰とも会わなかったので、なんか嬉しくなりましたね。(笑)

Cimg1476尿前の関所跡に建つ句碑と芭蕉翁像。 「蚤虱 馬の尿する 枕もと(爆)」 と(爆)を付けてもなんの違和感もないほど、ユーモアのセンスにあふれた句です。ストイックで菜食主義者?の芭蕉にしては、珍しい句ですね。

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