2008.08.14

一ノ木温泉 「いいでのゆ」

飯豊山から下山後、直行速攻で入ってきました。(笑)  福島県喜多方市(旧山都町)の一ノ木集落のはずれにある温泉です。山峡の隠れ里 一ノ木集落は、その昔、宿場になっていて山詣者の多くは、行きと帰りにここに宿泊したとか。。。。。 「いいでのゆ」、料金500円、露天風呂あり、宿泊施設あり、あと、有名な打ち立ての「三都そば」も食べられます。 

Cimg48411普通の温泉と源泉掛け流しの温泉があり、源泉浴のほうは、鉄分を含んでいるような茶褐色の熱い温泉で、いかにも体にも効きそうで最高でしたね。(笑)

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2008.08.11

寒江山(朝日連峰) Ⅲ

寒江山周辺の標高は、たいしたことはないが、連なる山容は雄大で山腹をえぐる谷は深い。 山頂からの眺望は曇りベースでガスがかかりイマイチでした。それでも、15キロにも及ぶ朝日連峰主稜線の広大さは実感できましたね。

Cimg49101山寒江山山頂(1695メートル) 後方に見えるのは相模山。山頂は、適度な風があり涼しく心地良かった。ほんとうは、もっとのんびりしてボーっとしていたかったのですが。。。。(笑)
 
Cimg49132山頂から新潟県側の相模山(1591メートル)を望む。 朝日連峰の中でも、この新潟県側の相模山あたりが最も原始的な景観を残してるようです。

Cimg49153山頂から北寒江山方面を望む。三方境の分岐から右に進めば天狗小屋方面へ、左に進めば以東岳方面へ。。。15キロにも及ぶ朝日連峰の主稜線・縦走路も、この辺りが中間地点である。

Cimg49224山頂から北西方面を望む。 深い谷には、まだ多くの雪が残っていた。 ガスがとれてきて、そこに現れたのがが、なんと、「お化け」のような雪渓!!いやーービックリしましたね!(爆)

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2008.08.09

寒江山(朝日連峰) Ⅱ

仙台(深夜の2:40分発)。。。。日暮沢小屋登山口(5:15発)→清太岩山(7:45着)→ユーフン山(9:20着)→竜門小屋(10:25着)→寒江山山頂(10:30着)  寒江山山頂(11:00発)→竜門小屋→ユーフン山→日暮沢小(15:15着) 約10時間(休憩含む)のロングトレッキングでした。 #Ⅲに続く。。。。

Cimg48881百畝畑のピーク付近から見る南寒江山。このあたりが、連峰中でも屈指の高山植物の宝庫と言われている。見ごたえのある景観が続く。。。。。

Cimg48952南寒江山の斜面を覆いつくす高山植物の花園、主稜線に沿って延々と続いていた。。。。穏やかなアップダウンの続く主稜線は、まさに雲上の散歩道、快適で爽快なプロムナードコースであった。

Cimg49324南寒江山の山頂。高山植物の群落の中に、ポツンと山頂を示す小さなケルンがあるのみだった。

Cimg49082寒江山手前付近から望む相模山。 このあたりから見る相模山の景観は素晴らしい!!朝日連峰の豊かさと深さが実感できる。。。。。

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2008.08.06

寒江山(朝日連峰) Ⅰ

今日、日暮沢小屋登山口から朝日連峰の寒河江山(1695メートル)に登ってきました。(ピストン)  山形は33度にもなる猛暑!稜線にで出るまでの登りは、まるでサウナの中にいるようでしたね。(笑)  稜線に出でからは、曇りベースで風も適度にあり涼しく快適なトレッキングができました。 #Ⅱ、Ⅲに続く。。。。

Cimg49461登山口の日暮沢小屋。駐車スペースが かなり少ないです。無理して7~8台くらい。道路脇に寄せてとめるか、少し戻った所の駐車スペースにとめることになります。ここから、稜線の清太岩山までタフな登りが続く。

Cimg48652ユーフン山(1565メートル)付近から寒江山方面を望む。夏休みに入ったためか、学生さん風の若い登山者が多かった。出会う登山者といえば、おじさん、おばさんばっかりの今日この頃、たまには、こういう日もあってもいいのではないかと、嬉しく思った。(笑)

Cimg48673ユーフン山より少し下った所から見る竜門山(1688メートル)、左側には、主稜線のオアシス 竜門小屋か見える。ちなみに、竜門山は、別に特徴のない普通の山である。(笑)

Cimg48794竜門山付近から寒江山方面を見る。水もたっぷりあるオアシス竜門小屋からは、百畝畑(ひゃくねばた)と呼ばれる草原地帯が展開している。草原を吹き抜ける風は心地よかった。。。。。

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2008.08.01

飯豊山信仰 Ⅲ

「一ノ王子の石積み」。。。。。「王子」とは、参詣登山者の安全を祈願する場所であった他、儀礼・儀式を行う場所でもあり、さらには参詣登山者の庇護、物品の補給を行った場所でもあったとのこと。この一ノ王子の石積みの上には立派な建造物があったのでしょう。。。。。今で言うところの山小屋かな??(笑)  #参考図書、 岩崎敏夫著「東北の山岳信仰」

Cimg47365「一ノ王子」の石積み。 ここには当時、五社権現や仏像が納められていたとのこと。興味のある方はこちらを見て下さい。「飯豊山の考古学的調査報告」

Cimg474222102メートルのピークにある飯豊神社。本山小屋ができる前(約30年位前まで)、夏場は神主さんも常駐していたとのこと。 ちなみに、飯豊連峰の最高峰大日岳は、奥の院・奥宮と呼ばれていて、山名の由来になっている大日如来が祀られていたそうです。しかし、当時から行者を除けば、この山まで登ってくる参詣者はほとんどいなかったとか。。。。#飯豊連峰の最高峰(2128メートル)なにの可愛そうだ!!(爆) 

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2008.07.30

飯豊山信仰 Ⅱ

「御秘所(オヒソ)の神隠し伝説」。。。。その昔、信仰登山が盛んだった頃、この辺り一帯は「無間ヶ岳」と呼ばれ、特に御秘所は飯豊山最大の難所であったとのこと。御秘所を越える道で最も容易に見える下段のルートには、「無間地獄」に通じる、目には見えない、聞かれても語りようのない「口無し穴」があり、難を避け楽を求めた行者の多くが神隠しにあったという。。。。。実際には、御秘所の反対側は激しく切れ落ちていて恐怖の断崖絶壁になっているため、その昔、悪天候やディープなガスにまかれた多くの行者が遭難、転落したのでしょう。 #参考図書、 岩崎敏夫著「東北の山岳信仰」

Cimg47103「御秘所」を下ってくる登山者。写真左上の岩稜トップ付近。慎重に一歩一歩足場を確保して下って来ている。米粒ほどの大きさの登山者ですがなんとか見えます。(笑)

Cimg48174御秘所を望む。下山時撮影。左側は断崖絶壁になっている。 「御秘所」。。。見るな語るな、語らば聞くなの秘所として。。。また修験道の行者にとっては、この関門を通過することによって、自己の生命の更新と飛躍の転機を求める場として重視されたとのこと。

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2008.07.29

飯豊山信仰 Ⅰ

「姥権現伝説」。。。。江戸時代頃から戦前まで西会津地方の村々では、男子の成人式の儀礼として飯豊山参り(登山)が行われていた。十三参りと称し、13歳になった男子は集団で飯豊山に登ったとのこと。その昔ある時、十三参り登山で、一人の男の子が遭難し行方不明になったとのこと。心配でいてもたってもいられなかった母親は、ついに女人禁制の禁を破り、最愛の息子を探しに飯豊山に登ってしまったのでした。しかし、飯豊山の神は怒り狂い、この母親を石にしてしまったそうです。それがこの「姥権現」!やれやれ、いまでは女性登山者のほうが多いくらいですが。。。(笑)             #参考図書、 岩崎敏夫著「東北の山岳信仰」

Cimg47071草履塚のピーク(1908メートル)から下った鞍部にある「姥権現」。。。。後方に見えるのは、御秘所(おひしょorおひそ)と呼ばれる岩稜地帯。

Cimg47092「姥権現」。。。。。少々不気味なお地蔵さん風であった。(笑)


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2008.07.28

飯豊本山 Ⅴ

山頂では、2時間ほど、写真を撮ったり、うろうろしたり、登って来る登山者と話したり、ボーっとしたりして過ごしました。時折睡魔が襲ってきて少し寝たかも。。。。(爆)  山頂からの展望は、ガスが多くてイマイチでしたが、それでも、息をのむばかりの広大にして雄大な飯豊連峰を堪能できました。ちなみに下山は、本山小屋(4:20発)→切合小屋(6:10着)→三国小屋(7:30着)→川入キャンプ場登山口(10:5着) でした。(休憩含む)

Cimg47901飯豊本山(2105メートル)山頂。やっと着いた!! 飯豊本山山頂を含め、表参道のコース一帯は福島県領になっている。昔、飯豊本山の領有権を巡って会津藩と米沢藩が争い、会津藩が勝ったためらしい。。。。。

Cimg47802飯豊本山から西に伸びる縦走コース。御西小屋からまっすぐ進めば大日岳へ。右に進めば烏帽子岳、北股岳方面へと至る。2000メートル級の山々が大波ように連なっていた。展望の雄大さに息をのむ!!

Cimg479331山頂から烏帽子岳、北股岳方面を見る。粘ること1時間あまり、やっとガスが晴れ姿を現した!!

Cimg47854山頂から本山小屋のあるピークを望む。小屋に泊まったのは、2組の登山者夫婦と大阪と姫路からやって来た百名山ピークハンターの単独登山者2人と私の計7人だけでした。 ビールを飲みながらあれこれしゃべっていると、突然の睡魔が!!消灯の20時から朝の4時前まで爆睡状態でしたね。(笑)
Cimg47815山頂から見るダイグラ尾根のコース。多数の鋭いピークを抱え、まるで恐竜の背中のように延びていた。

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2008.07.27

飯豊本山 Ⅳ

信仰登山が盛んだった頃、飯豊山を訪れた行者たちは、ここを「四季の山」と呼んで崇拝したとのこと。 色鮮やかな春爛漫のお花畑。湧き上がる夏雲と強い日差しと蒸し暑さ。空に舞う赤とんぼの群れと涼しげな風。稜線近くにまで残る万年雪の雪渓や雪田。 まさに「四季の山」! 登ってみると実感できる。 #Ⅴと番外編に続く。。。。(笑)

Cimg47441_2飯豊山神社・本山小屋のあるピークから飯豊山山頂を望む。ここから山頂まで、時間にして約15分くらい。山頂はもうすぐだ。肩も、腰も、足も、パンパンだ。大日岳までは無理かもしれない。。。。。

Cimg48002_2山頂下部より見る大日岳(2128メートル)。さすが飯豊連峰の最高峰!堂々たるボリュームである。この山まで行けなかったことに、少々悔いが残る。(笑)

Cimg47463_2飯豊山山頂の手前付近には、細長い湿原が展開していた。飯豊連峰での湿原は珍しいかも。。。。。このあたり一帯は、高山植物の宝庫である。

Cimg47564山頂直下のお花畑。ヒメサユリとニッコウキスゲが一緒に咲いていた。色とりどりの花が咲き誇る雲上のプロムナードコース。素晴らしい!!

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2008.07.26

飯豊本山 Ⅲ

飯豊本山小屋では寝袋(1000円)、マット(100円)で貸してくれるということで、それらを持って行きませんでした。けっこう軽量化が図れました。特別に持って行ったのは、着替え一式と三回分の食事(コンビにおにぎり7個)とビールのつまみくらいでした。あと、お金ですね。お金は多めに持っていきました。金があれば、山でもなんとかなる!!(笑)  本山小屋には、ビール(1000円)、ドリンク類(400円)、カップ麺(500円)はあります。ただし、水はなし。水場は少し遠いです。ただ小屋によってもいろいろ違うし、平日と土日でも違うので事前に確認をして下さい。 #Ⅳ、Ⅴに続く。。。。

Cimg47281御前坂の登り。ジグザグ斜面の長い登りが続く。ペンキ印もあり、ガスってても迷うことはない。 花崗岩の砂礫の中に、ハイマツの群落があり、ヒナウスユキソウがたくさん咲いていた。そろそろ一ノ王子だ。。。。。

Cimg47312「一ノ王子」の手前、御前坂を登りきったあたり。私の後に続いて、単独登山者2名が登って来た。今日は御西小屋に泊まるという。。。。

Cimg47363一ノ王子の石積み。なんか崩れたピラミッドを連想させるような不思議な光景だった。まあ、熊野権現信仰の王子信仰の名残りだと言われていますが。。。

Cimg47404飯豊山神社・本山小屋のあるピークを望む。右側に見えるのは有料トイレ。立派な本山小屋ができる前、夏いっぱい飯豊神社には神主さんが常駐し、神社のお篭堂を登山者に提供していたとのこと。

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2008.07.25

飯豊本山 Ⅱ

当初の予定では、御西岳(2015メートル)→大日岳(2128メートル)をピストンして本山小屋に一泊するつもりでしたが、、蒸し暑さと、極度の睡眠不足と疲れで、山頂に着いたらすっかり先に進む気力が失せてしまいました。大日岳は次回ということで。。。(笑)    仙台(深夜の1:40発)。。。。。川入キャンプ場(5:10発)→三国山(9:00着)→切合小屋(11:00着)→飯豊神社・本山小屋(13:25着)→飯豊本山山頂(13:40着) 本山小屋に一泊。 約8時間30分(休憩含む)のトレッキングでした。#Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、に続く。。。。。

Cimg47011草履塚(1908メートル)のピークから見る飯豊本山。 ここから「姥権現」のある鞍部まで一気に下り、御秘所(オヒショorオヒソ)の岩稜地帯を通り、御前坂の登りとなる。眼前に展開する雄大な景色に圧倒される。 

Cimg47052草履塚から少し下ったところで撮影。「姥権現」の鞍部と「御秘所」が見える。このあたりから「一ノ王子」あたりまでは、山岳信仰・宗教登山の影響が色濃く残っていた。

Cimg47153「御秘所」から飯豊本山方面を望む。「一ノ王子」の石積みがかすかに見える。 山岳信仰が盛んだった頃、ここは、最大の危険な難所であったとのこと。昔は、遭難者も多かったようで、そこから「オヒソの神隠し伝説」も生まれている。

Cimg47214「御秘所」の右側は、激しく切れ落ちていて断崖絶壁になっている。恐る恐るのぞいて見る。高度感が凄すぎる。まるで、20階建て位のビルの屋上から見下ろしてる感じだ。怖くなってくる。。。。。(笑)

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2008.07.23

飯豊本山 Ⅰ

昨日、今日と福島県喜多方市(旧山都町)の川入キャンプ場登山口から、飯豊本山小屋泊まりの一泊でピストンしてきました。天候は、まずまずでしたが、気温が高く無風で蒸し暑く、けっこうバテましたね。(笑)  飯豊山の修験道・信仰登山の表参道であるこのコースは、岩登りあり、雪渓登りあり、お花畑のスカイラインあり等々、素晴らしいものでした。 #Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ?に続く。。。。。

Cimg48331川入キャンプ場の登山口。看板下の石碑には「表参道」も文字が。。。。伝説によれば、役小角・役行者が、初めて飯豊山に登り五社権現を祀った時のコースが、この表参道だったとか。 ここから稜線まで長坂と呼ばれる登り続く。途中、下・中・上十五里と適度な広場がありゆっくりと休憩ができる。

Cimg46282三国小屋(三国岳1644メートル)の手前に展開する岩稜地帯。剣ヶ峰と呼ばれていて、昔は、かなりの難所だったらしい。今は、鎖場もあり緊張を強いられるような登りはほとんどないが、小さなアップダウンの連続なので、けっこう足腰に負担がかかる。

Cimg46803切合小屋。三国小屋から七森~種蒔山(1794メートル)のピークを越えると、約1時間30分位で切合小屋に着く。この小屋は、珍しく食事もでます。ただし7200円(米持参で6200円)と超高額! あと、小屋まで水を引いているので、冷たい水をガブガブ飲むことができます。(笑)

Cimg46914草履塚のピーク(1908メートル)から飯豊本山方面を望む。切合小屋からは、2ヶ所の雪渓を渡り、草履塚への登りとなる。 ここまで、6時間ほどか、やっと飯豊本山がまじか見えてきた。アプローチが長すぎる。他の山とはスケールが違う。やれやれ、山頂はまだまだ先だ。。。

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2008.07.13

い~はと~ぶアベニュー材木町

#先日、所用で盛岡に行ってきました。。。。。岩手県盛岡市駅前の開運橋を渡り北上川沿を遡るように向かと、江戸時代から明治にかけて水運業で栄えた町「材木町」があります。ちょうど、旭橋と夕顔瀬橋に挟まれた通りである。

Cimg45641やさしい面持ちの賢治の像。い~はと~ぶアベニューは、宮沢賢治の通りでもある。宮沢賢治縁のオブジェが多数展開している。

Cimg45472「注文の多い料理店」の出版元として知られる「光原社」、命名したのは宮沢賢治。 盛岡高等農林学校の賢治の後輩であった及川氏が創業者である。農薬等の製造販売で財を成した及川氏は、賢治の膨大な未発表原稿を見て、売れる見込みなどほとんど無い童話の出版に、自ら資金を提供して踏み切ったのであった。

Cimg45603光原社は、漆器等の工芸品を扱う店と喫茶店「可否館」を営んでいる。「可否館」向い側には、宮沢賢治関連の展示室があります。。。。。確たる販路もなくやっつけで出版された賢治の童話集「注文の多い料理店」は、当然のことながら「極端に注文の少ない料理店」になったのでした。。。。(爆)

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2008.07.05

平泉を歩くⅣ

#さて、平泉!逆転なるか?? まあ、ダメでも平泉の価値そのものは変わる訳ではないのですが。。。。 「三代の栄耀(えよう)一睡の内にして、大門の跡は一理のこなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、金鶏(きんけい)山のみ形を残す。。。。。。」 松尾芭蕉「おくのほそ道」より

Cimg42741_2金鶏(きんけい)山登山口。金鶏(きんけい)山は、標高約100メートルで秀衡が造った人口の山との説がある。なるほど、よく見ると綺麗なピラミッド型をしている。ちなみに、秀衡がこの山を造営するときに、雌雄の黄金の鶏を埋めたとの伝説が残っている。しかし、いまだに、この黄金の鶏は発見されていない!(爆)

Cimg42762_2金鶏山の登口付近には、義経が自害する際に死んだとされる、彼の妻「北の方」と娘の墓があります。けっこうな急斜面を登りきった山頂には鳥居と祠があります。

Cimg42873_2平泉を歩く際には、この観光案内を参考にして下さい。(笑) ちなみに芭蕉は、金鶏山に立ち寄ることなく、平泉を後にし一関から岩出山方面に向かったのでした。。。。

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2008.07.02

地蔵岳(飯豊連峰)

今日、飯豊連峰の地蔵岳(1540メートル)~御坪手前あたりまでトレッキングしてきました。 天候にも恵まれ過ぎてとにかく暑かったですねー。。。(笑)  仙台(早朝3:45発)、大日杉登山口(6:45発)→地蔵岳(9:45着)→御坪手前(11:30)→地蔵岳→大日杉登山口(15:40着) 約9時間(休憩含む)のトレッキングでした。

Cimg45121_2地蔵岳~目洗清水付近から見る飯豊本山。
いつ見ても堂々たるボリュームです。やっぱり、飯豊本山(飯豊連峰)は、東北ナンバーワンの山域ですね。
Cimg45322登山口から見た大日杉小屋。ここは一泊1500円で泊まることができ、小屋の前はキャンプ場になっている。(テント1張り500円)  明治時代に切り倒されて無くなってしまった、大日杉近くには、参詣登山者を対象にした大きな宿坊もあったとか。。。。

Cimg45223地蔵岳(1540メートル)山頂。出だしからいきなり、ザンゲ坂で始まる標高差約1000メートル、急登オンリーのタフな登りには参ってしまう。#約3時間も続く!  去年登ったときもそうでしたが、もう、途中で引き返そうかと何度も思いましたね。(笑)

Cimg45074目洗清水付近のヒメサユリ。強烈な日差しの中可憐に咲いていました。仙台は比較的涼しかったようですが、山形は32度にもなる猛暑でした。山もかなり暑くバテバテで大変なトレッキングでしたね。(笑)

Cimg44955目洗清水~御坪辺りのヒメサユリ。ここ、通称ヒメサユリロードは、ほぼ満開状態でした。でも、つぼみ状態のヒメサユリも多くあり見ごろは、まだまだ続くと思われます。

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2008.06.25

平泉を歩くⅢ

「まづ、高館(たかだち)に登れば、北上川、南部より流るる大河なり。。。。。さても、義臣すぐってこの城に篭り、功名の一時の叢(くさむら)となる。 国破れて山河あり、城春にして草青みたり と、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ。 夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」 松尾芭蕉 「おくのほそ道」より

Cimg42711_2高館の義経堂。頼朝を恐れた泰衡は義経を襲撃した。義経は高館に篭って応戦したが自害に追い込まれてしまったのだった。義経享年31才! 芭蕉は、杜甫の詩を口ずさみながら、笠を敷いて腰を下ろし時のたつまで、義経を思って涙を流したのであった。。。#やっぱり、ここは、おくのほそ道の中でも屈指のクライマックスシーンだろーなー。。。

Cimg42592_2「おくのほそ道」の中で最も有名な句で、最高傑作といわれる「夏草や。。。」の句は、ここで詠まれたものである。 ある人の説によると、「兵ども」とは義経主従と平泉の奥州騎馬軍団のことであり、「夢の跡」とは、義経が抱いていたであろう奥州騎馬軍団を率いての頼朝への反撃と新しい国づくり のことだという。。。。

Cimg42613_2高館から見る北上川。まさに、南部藩領から伊達藩領に流れる大河である。ここからの、北上川、束稲(たばしね)山の眺望は素晴らしい。ここに佇んでいると、なぜか義経北行伝説が単なる伝説ではないと思えてくるから不思議だ!(笑)

Cimg42424_2JR東北本線平泉駅。芭蕉は、平泉駅の前の道(中尊寺通り)を通り、無量光院跡を見て、高館に向かった。平泉駅からゆっくり歩いても、柳之御所経由で約30分くらいで高館に着く。

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2008.06.22

平泉を歩くⅡ

「もう、500年もたってしまったのです。歴史の地、平泉に立つと、古人の情念が大地からそくそくと這い上がってくるようで、心が騒ぎます。。。。。。。藤原清衡、基衡、秀衡三代かけて、北方で築き上げたという黄金の都は、どこに行ったのでしょうか。私(曽良)が目にするものは、村の農村風景だけです。」 曽良(そら)の旅日記より

Cimg42831毛越寺を創建した藤原氏二代基衡の妻が建立したとされる観自在王院跡。ここは、京都にある浄瑠璃寺を模倣して造られたとのこと。

Cimg42852毛越寺の東隣に位置している観自在王院跡。
現在は、発掘・整備されて日本屈指の庭園として名勝に指定されている。爽快なほど素晴らしい庭園であった。

Cimg42553宇治の平等院をしのぐ規模で造営された無量光院跡。建物は、とっくの昔に消滅し、夏草が繁茂し、礎石と池跡、島跡が僅かに残っているだけだった。

Cimg42494建築様式、院内の荘厳さ等すべてにいたるまで平等院を模倣した無量光院は、現世の浄土でもあった。 芭蕉と曽良もここの道を通り高館に向かっている。

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2008.06.21

平泉を歩くⅠ

5月末、栗駒山に登った帰りに平泉を散策してきました。世界文化遺産登録を目指していた平泉に対し、5月にユネスコから「登録延期勧告」の決定が下されまし。今回の地震で多少の被害が出た平泉。文部科学省高官は地震被害に関係なくユネスコに働きかけて行く方針を示したとのこと。さて、最終決定は7月!!逆転なるか??(笑)

Cimg42291毛越寺(もうつうじ)は、藤原氏が築いた極楽浄土庭園である。ただ、度重なる火災・戦災等で当時の建物のほとんどは失われている。 写真は、毛越寺の大泉ヶ池と荒磯を表現したという出島石組と池中立石。

Cimg42254大池にびっしりと敷き詰められた玉石。後方に見えるのは毛越寺の本堂。 平安時代の庭園大泉ヶ池が当時のままの姿で発掘されたとのこと。特に、平安時代の完全な形で発掘された遣水(やりみず)の遺構は、日本で唯一のものだとか。

Cimg42362国の特別史跡・特別名勝の二重指定を受けている毛越寺、こんな寺、全国的にも稀である。 残念ながら芭蕉はここを訪れてはいない。毛越寺を素通りして真っ先に向かったのは、義経ゆかりの高館(たかだち)だった!!同行の曽良は、毛越寺に寄らなかったことを最後まで悔やんでいたとか。。。。

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2008.06.19

残雪の山稜と緑の草原と。。。

朝日連峰の夏、強い日差しにさらされて発生した上昇気流は、気温の下がる夕方から夜になると「谷風」となって、谷の雪渓を吹き降りて来るという。。。。。。。

Cimg43211_3古寺山と小朝日岳の中間あたりで撮影した奇妙な雪渓。これも「谷風」のいたずらか。。。。。。?

Cimg44622_2小朝日岳南面に展開する黒倉沢の雪渓。こんな急峻な沢の雪渓は、まさに「谷風」の通り道。

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2008.06.17

大朝日岳登山古寺鉱泉コースⅢ

天候にも恵まれ、大朝日岳山頂からの展望は360度の大パノラマでした。連峰の主峰であるだけに展望の雄大さ、広大さは筆舌につくしがたく言葉がでなかった。。。ただし、遥か遠方は、霞んでいていまいちでしたが。(笑)

Cimg44121大朝日岳山頂にて。高山植物鑑賞にはまだ早かった。6月末から7月上旬頃になれば、ヒナウスユキソウの大群落を鑑賞しながらの登りになるのですが。。。。

Cimg44082山頂から西朝日岳南面方向を望む。幾くすじもの谷の雪渓と山肌のコントラストが美しい。。。。。

Cimg44263主峰大朝日岳から北方に延びる主稜線。 中岳、竜門山、寒江三山、以東岳へと足元から伸びていた。。。。広大さに息を呑む!

Cimg44194山頂から南方面を望む。3度目の登頂で、やっと、まともに見ることができた祝瓶山。いいね!大満足でした。 遠方が霞んでいなければ、飯豊連峰や鳥海山、蔵王、新潟の佐渡等もはっきりと見られたのですが。。。。

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