2009.07.02

東北大学 片平キャンパス Ⅱ

中国の文豪 魯迅(ろじん)は、若き日、医者をこころざし、ここ旧仙台医学専門学校に留学している。 当時、公私ともに親身になって面倒を見たのが、解剖学の教授 藤野先生であった。  『。。。仙台をはなれようとする数日前、先生は私を自分の家に呼んで、私に一枚の写真を下さった。裏には「惜別」の二つの文字が書かれてあった。』 魯迅の短編「藤野先生」より。魯迅は、この写真をずっと家に飾っていたという。。。  太宰治の小説「惜別」は。。。。仙台を舞台に留学生時代の若き魯迅と日本人学生のほのぼのとした交流を描く。。。。このエピソードがモデルになっている。 チェーホフやプーシキンが好きだった太宰、 実は、魯迅も好きだったらしい。。。。(笑)

Cimg5734キャンパス内にある魯迅の胸像と仙台医学専門学校跡地の碑。 魯迅は、明治37年に来日し、仙台に滞在したのは僅か1年半であった。 講義の合間に上映された日露戦争の幻灯で、中国人が銃殺されるシーンを見て、医学を捨て、文学によって中国を解放しようと決心したという。。。。
Cimg5740史料館内、魯迅のコーナー。  藤野先生が朱書きで添削した魯迅の講義ノートのレプリカも展示されていた。このノート、中国では門外不出で国宝級の扱いだとか。。。。

Cimg5748キャンパスの近く、片平丁にある魯迅が下宿していたところ。碑も建っている。現在の建物は昭和初期に建てられたものらしい。。。。隣は、新築レストランの工事中だった。(笑)   まわりは、オシャレなレストランやカフェ、マンションが立ち並び、ここだけ時間が止まっているようであった。  

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2009.07.01

東北大学 片平キャンパス Ⅰ

ここは、仙台市の中心部に在りながら奇跡的に戦災を免れたため、明治期から昭和初期の建物が多く残されている。 キャンパスといっても工学部系の研究施設だけなので、学生はほとんどいない。   仙台医学専門学校(中国の文豪 魯迅が学んだところとして有名。。。詳しくはⅡで。。)、旧制二高、旧東北帝国大学等があった場所でもある。

Cimg5771旧東北帝国大学付属図書館 (大正14年)。 現在は、東北大学の記念史料館になっていて無料で見学できる。 魯迅関係の史料も多い。

Cimg5766 東北大医学部の前身「仙台医学専門学校」の階段教室。 なんと明治37年 に建てられたうだ。 当時、仙台に留学していた魯迅もこの教室で学んでいる。 案内板も何もなく、旧東北帝大物理学部の建物に囲まれた谷間に、柵で囲まれて、ひっそりとある。非常に分かり辛い場所だ。(笑) もちろん一般公開もされてなくて中に入ることは一切できない。 10年くらい前、江沢民中国国家主席が来日したとき、是非仙台に行って魯迅が学んだ場所を見たい!!!と熱望し、この教室の内部を見学しました。当時は大変でした。仙台市内いたるところで交通規制。大渋滞。警察うようよ。まったく迷惑な話です。東京とか京都見学とかしてればよかったものを。。。。。(笑)

Cimg5767旧東北帝大物理学部の中庭。今は駐車場になっている。半面が緑の絨毯に覆われている。まるでグリーンモンスターだ。(笑) ここは、昭和9年に建てられたとのこと。

Cimg5753東北大 片平キャンパスの直ぐ西側には、清流広瀬川が大きく蛇行しながら流れている。伊達政宗の霊廟 瑞鳳殿(ずいほうでん)も近い。市民の散策コースでもある。  

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2009.06.20

旧奥州街道を歩く Ⅱ

日本の国策に愛想を尽かした人々が「吉里吉里国」として独立する、井上ひさしの長編小説「「吉里吉里人」の舞台は、なんと、宮城県栗原市北部のこのあたりなのである!!  『。。。。。ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券ば持って居が」 。。。』 吉里吉里人より   この「一ノ関近くの赤壁」とは有壁(ありかべ)のことですね。間違いなし!!(笑)

Cimg5707緩い登りが続く。心地よい涼しさだ。森林浴にはもってこいの道だ。(笑)

Cimg5712緩い下りになる。道も少し広くなる。この先で、田んぼなどのある少し開けたところに出る。

Cimg5713壊れた案内板があった。「市乃関」?? なんか字が違ってるような気が。。。。(笑)

Cimg5715開けたところから、道は、また森の中へと続いていた。小さな峠を越えると道は下り坂となる。 このあたりは、もう一関市だろう。 江戸時代には「鬼死骸村」とよばれていたところである。ここも、横溝正史的な村名ですね!!(爆) 今も地名として残っている。

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2009.06.16

旧奥州街道を歩く Ⅰ

宮城県栗原市金成有壁(有壁宿)から岩手県一関市(一関宿)を通る旧奥州街道には、一部ではあるが江戸時代当時の街道がそのままの姿で残されていて歩くことができる。 有壁宿は北東北諸大名の休息等に利用され、今でも当時の武家生活の雰囲気を漂わせている。

Cimg5719旧奥州街道沿いにある有壁本陣跡。御成門や中座敷が残されて、国の重要史跡に指定されている。 明治天皇の東北巡行の際には、ここ有壁本陣で休息したという。。。。。

Cimg5702有壁本陣前の奥州街道をしばらく歩くとと「伊勢堂林道」に出る。このあたりが「肘曲がり坂」と呼ばれる場所で、なかなかいい雰囲気の林道である。

Cimg5700緩い坂の途中にある「肘曲がり坂」案内板。  この辺は、まさに「奥の細道」という感じだが、実は芭蕉はここを通っていない。芭蕉は、奥州街道の東側を通る脇往還の一関街道を通り平泉に向かった。現在の国道342号線とほぼ重なる道である。ちなみに、「脇往還」とは五街道から派生する道、または、それ以外の主要な道のことである。 

Cimg5710_2林道途中から左側に入る道があり、ここからが江戸時代そのまの奥州街道である。整備されているとはいえ、ほとんど歩く人はいないのだろう、下草がびっしりと生えていた。

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2009.06.12

骨寺村荘園遺跡を歩く Ⅱ (岩手県一関市厳美町本寺)

骨寺村荘園遺跡は、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」にも記載されているという。。。。。。周辺の山々には、去年の地震による土砂崩れの跡がまだ生々しく残ってる。国道もこの村の先で通行止めになっている。そのため、残念ながら、村の最奥にある山王窟(さんのうのいわや)には登ることができなかった。。。。ここからの眺望は素晴らしいらしい。。。(笑)

Cimg5652_2駒形根神社前にある説明板。山と川(磐井川)に囲まれた荘園の大きさがわかる。 

Cimg5672駒形根神社。骨寺村絵図では「六所宮」「馬頭観音」と記されていて、栗駒山を祀った神社である。 絵図には「駒形根」として栗駒山も大きく描かれている。この村の生活にとって栗駒山は重要な山だったのでしょう。 #骨寺村荘園絵図はこちら。 

Cimg5653_2「現在も山々に囲まれた地域には、曲がりくねった水路や不整形な水田が広がり、イグネ(屋敷林)に守られた家々が点在し、神社や小さな祠が要所に祀られています」 パンフレットより

Cimg5663荘園の真ん中付近にある若神子社(わかみこしゃ)と呼ばれる小さな社である。 後方には、屋敷林に囲まれた中世以来の景観が展開する。これらは、中世の「田屋敷型散居集落」の景観で、中世における百姓支配の方式であるという。。。。。

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2009.06.11

骨寺村荘園遺跡を歩く Ⅰ (岩手県一関市厳美町本寺)

梅雨に入る直前の昨日行ってきました。 横溝正史の推理小説にでも出てきそうな、なんとも不気味な名前ですが。。。(笑)   なんとここは、 平泉の中尊寺所領の中世の「荘園」が、そっくりそのまんま残されているという奇跡的な所です。鎌倉時代に書かれた絵図とほとんど景観が一緒である。信じられない!!(笑)  中世の骨寺村絵図にも載っている、寺社や塚、祠、岩屋等は国の史跡に指定されている。また、骨寺村(本寺地区)一帯は、国の重要文化的景観に指定されている。  #Ⅱに続く。。。。

Cimg5685東側の山にある「慈恵塚」に登る途中から撮影。中世以来の日本の原風景が広がっている。 正面には秀峰栗駒山が望めるはずなのですが。。。残念!

Cimg5683史跡 慈恵塚。 比叡山の高僧第18代座主の慈恵大師のドクロを葬った場所とされる。東側の逆柴山と呼ばれる山の頂付近にある。ここは観光地化がされてないためか、案内板やはっきりした道もない。パンフレットには「慈恵塚に登る道は危険もあるためガイドツアー以外では行くことはできません」と書かれているが、もらった散策マップを頼りに探しながら登ればなんとか行くことができる。この山道は、当時、平泉から骨寺村を訪れるさいに利用されたらしい。

Cimg5678史跡 慈恵大師拝殿。慈恵塚の山裾にあり慈恵大師を祀っている。 ここも、案内板も何もないのでガイドツアー以外では行けないらしい。。。。やれやれ!(笑)

Cimg5694史跡 不動窟(ふどうのいわや)。 修験活動の痕跡とされる岩屋である。東側の山の中腹にある。 ここは道がないためガイドツアー以外行くことができないらしい。。。。本当に道がなかった!(笑)  杉と竹の混合林の急斜面を踏跡をたよりに暫く登ると巨大な岩の塊が出現する。巻いて岩の上まで登ってもない。なんと、岩屋は下のほうにあったのだった。 石器時代の洞窟遺跡という感じだ。人が住めそうだ。(笑)

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2009.05.27

啄木のふるさと渋民

渋民へは、盛岡から「IGRいわて銀河鉄道」に乗り約20分で着く。 啄木の歌や小説に多く登場する渋民は、奥州街道沿いにあり昔は宿場町であった。 啄木は「渋民は、家並み百戸にもみたない、自然の風致の優れた外には、何一つ取り柄のない野人の巣で、みちのくの広野の中の一寒村である」と日記に書いている。

Cimg56365「ふるさとの停車場路の 川ばたの 胡桃(クルミ)の下に小石拾へり」    「いわて銀河鉄道」渋民駅。ここから記念館まで、タクシーで5分、徒歩25分もかかる!やれやれ!(笑)    啄木が生きた明治末期に渋民駅は無かった。啄木が多くの歌に詠んだ「ふるさとの停車場」は、隣の「好摩駅」である。

Cimg56244「やわらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」   渋民公園の下には北上川が流れている。そこに架かる鶴飼橋。 啄木はこの橋を渡り、北上川沿いを歩き、好摩駅へと向かった。。。 当時、北上川の岸辺には柳の木が密生していたという。。。。

Cimg56073「ふるさとの寺の畔の ひばの木の いただきに来て啼きし閑古鳥!」    啄木が幼少期を過ごした宝徳寺。記念館近くにある。寺の入り口付近には、巨大な「ひばの木」がそびえていた。啄木が歌に詠んだ「ひばの木」はこれだな!と思った。(笑)

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2009.05.26

山形県西川町月山スキー場

月山スキー場に行ってきました。雪解けがかなり進んでいるためか雪がかなり汚い。黒っぽくなっていた。中央のメインのバーンは、圧雪されていないため、でこぼこ状態。融けだしたシャーベット状の重くまとわり付くような雪。かなり滑りづらかったですが、2~3本滑ると慣れてきて、十分楽しめました。5月のこの時期に天然雪で滑れるなんて奇跡です。(笑) 午前券を買い、暑くなる前の8時30分から11時30分までのライディングでした。

Cimg56472月山リフト乗り場。 駐車場からここまで、20分くらいか、みんな歩く。スキーを担いで、ボードを持って黙々と歩く。雪山に浸透して行く。。。。。

Cimg56403月山のプレートが新しくなっていた。雪がかなり汚い。雪解けが急速に進んでいる。7月までもたないかもしれない。。。。。重くまとわり付くような雪、おまけにでこぼこのバーン、足首に緊張を持たせながら、デリケートな加重と抜重を繰り返す。慣れてくると快感に変わる。。。(笑)

Cimg56412リフト降り口から朝日連峰方面を望む。 リフト乗り場には、「雪の道」が作ってあるので、普通のスキー場のように板を外すことなく、ピストンで何回でも滑ることができる。

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2009.05.24

石川啄木記念館

知人の結婚式(メトロポリタン盛岡/NWにて)に出席するため盛岡に行ってきました。 午後、時間が空いたので、ほろ酔い気分で、啄木のふるさと渋民(現盛岡市玉山区渋民、旧玉山村渋民)を散策。 酔い覚ましには最高でしたね!(爆)     「かにかくに渋民村は恋しかり おもいでの山 おもいでの川」 渋民ではいたるところで目にする歌である。。。。なぜか、拉致被害者の曽我ひとみさんの手記?を思い出した。「ふるさとの山、ふるさとの人。。。今、私は夢を見ているようです。人々の心、山、川、谷、みんな温かく美しく見えます」 ふるさとを思う気持ちは、100年前も今も同じなんだなー。。。(笑) #Ⅱに続く。。。 

Cimg56011「今日もまた胸に痛みあり 死ぬならば ふるさとに行きて死なむと思ふ」 「時として あらん限りの声を出し 唱歌をうたふ子をほめてみる」   石川啄木記念館。 館内には、啄木直筆の書簡やノート、写真、遺品等が展示してある。

Cimg56112記念館隣に移築された、啄木の母校渋民尋常小学校。一時期、啄木はここで代用教員を務めた。    「その昔 小学校の柾屋根に我が投げし鞠 いかにかなりけむ」の通り、柾屋根もそのままそっくり復元されている。柾屋根とは柾葺き屋根のことです。詳しくはこちらをどうぞ。

Cimg56213「やわらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」   渋民公園、記念館から徒歩5分くいで着く。啄木歌碑第一号が建っている。有名な撮影スポット。ここか望む岩手山と姫神山は絶景なのだが。。。。。。残念!(笑) 

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2009.05.08

映画「重力ピエロ」

観てきました。オール仙台とその近郊のロケで、全国にさきがけての仙台先行上映の映画です。 内容は、非常に重くて、ディープで、息もつかせぬ展開。ミステリーとしても、もちろん面白い。 仙台や宮城とか抜きにしても楽しめると思う。 全国ロードショーは今月末からかな。。。兄・泉水と弟・春一家が引越したところは、宮城県七ヶ浜町の「外人浜」と呼ばれるところだった。これにはビックリ。ロケ地マップ等、メディアには一切載ってなかった。海岸に突き出た半島状の高台は外国人(アメリカ人)の別荘地になっている。鉄条網で囲まれていて、一般人は一切立ち入り禁止だ。なんでも、明治時代に、国内のアメリカ人の別荘地として100年単位でアメリカに貸し出された土地らしい。。。。まあ、ここは、日本の土地ではなくアメリカの土地なんだな?(笑)  #正しくは「高山外国人避暑地」と言うそうです。詳しくはこちらを!

422072gaijinhama02「外人浜」の別荘。 年代物のアンティークな別荘が点在している。 浜は立ち入り禁止になっていないから、サーファーと釣師のメッカだ!!

予告編はこちら

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2009.04.26

シンガーソングライター 宮沢賢治(笑)

宮沢賢治が作詞作曲した歌は、現在、「星めぐりの歌」、「イギリス海岸の歌」等8曲が残されている。他に、既存の曲(賛美歌やクラッシック音楽等)に賢治が詞をつけたものが13曲残されているという。 賢治のヴォーカルについては、あまり伝えられていないが、羅須地人協会のコンサートでは、オルガンを弾きながら歌ってたんじゃないかな??(笑)  また、教員時代には、たまに、生徒たちと一緒に歌ってたというから、けっこう上手かったんじゃないかな?(笑)   賢治の作った歌で、かなり有名なのが「星めぐりの歌」でしょう。 いろんな人が歌っているし、プラネタリウムで上映される映画「銀河鉄道の夜」の挿入歌としても使われている。  #賢治 作詞作曲の「星めぐりの歌」はこちら  ↓

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2009.04.22

国宝 阿修羅展

新宿で所用があったので上京。帰りに上野の国立博物館に寄って見てきました。 平日の午後なのにすごい人。ビックリです。 連日の大盛況で、追加販売した公式グッヅ「阿修羅フィギュア」 15000個(合計30000個)は、あっという間に売り切れてしまい、もう追加販売はないとのこと。。。やれやれ! 欲しかったのに!(爆) #阿修羅、修羅、修羅場、春と修羅、修羅の渚、修羅の門。。。。。阿修羅は戦いの神様、修羅の世界は弱肉強食の世界。

Cimg5546阿修羅像、戦いの神様というよりは、限りなく人間に近い顔立ち。「憂いを含んだ美少年」という感じ。まさに「永遠の美少年像」だ。素晴らしい「彫刻」だ。画期的な仏像だ。こんな表情を1300年も前に造りだすなんて。。。。斬新すぎる、アバンギャルドすぎる。(笑) 

Cimg5544新宿からだと最寄の駅はJR山手線の鶯谷駅だ。ここから徒歩10分弱で着く。 鶯谷なんて地名はないのに。。。変な駅名だ。(爆)   奈良の興福寺は、何度も火災で焼失しているのに阿修羅像は奇跡的に焼失を免れている。なぜか? それは、小さくて、体重が軽かったからだそうだ。身長153センチ、体重15キロ! 大人一人で、あっいう間に運び出せたらしい。。。。なるほど!(笑) 

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2009.04.19

「セロ弾きのゴーシュ」

科学者 宮沢賢治が書いた童話が「グスコーブドリの伝記」なら、「セロ弾きのゴーシュ」は、音楽家 宮沢賢治が書いた童話だと思う。 賢治はオルガンを弾きこなし、セロ(チェロ)も弾き、作詞作曲もし、クラッシック音楽を主としたレコードコレクターでもあった。 「セロ弾きのゴーシュ」には、ベートーベンの?「第六交響曲」やシューマンの「トロ(イ)メライ」等、実際の曲や架空の曲まで登場する。    『「先生、そうお怒りになっちゃ、おからだにさわります。それよりシューマンのトロメライをひいてごらんなさい。きいてあげますから。」「なまいきなことを云うな。ねこのくせに。」。。。。。「トロメライ、ロマンチックシューマン作曲。」猫は口を拭いて済まして云いました。』    なんと、賢治は、クラッシック以外にも「ジャズ」のレコードも持っていたらしい.・・・・・「ではね、『愉快な馬車屋』を弾いてください。」 「なんだ『愉快な馬車屋』ってジャズか?」 「ああこの譜(面)だよ。」狸の子はせなかからまた一枚の譜(面)をとり出しました。」・・・・・・・・#シューマンの「 トロイメライ」はこちら。(笑) 

Img553561531_4なんと、賢治は、80年も前に、音楽による医療効果、癒し効果を知っていたのである!なんというアバンギャルドな感性か!(笑)   野ねずみの親子が、病気を治して欲しいといって、水車小屋に住むゴーシュのところにやってくるのである。  『「先生、この児があんばいがわるくて死にそうでございますが先生お慈悲になおしてやってくださいまし。」。。。。「先生、それはうそでございます、先生は毎日あんなに上手にみんなの病気をなおしておいでになるではありませんか。」。。。。「だって先生先生のおかげで、兎さんのおばあさんもなおりましたし狸さんのお父さんもなおりましたしあんな意地悪のみみずくまでなおしていただいたのにこの子ばかりお助けをいただけないとはあんまり情ないことでございます。」。。。。「何だと、ぼくがセロを弾けばみみずくや兎の病気がなおると。どういうわけだ。それは。」。。「はい、ここらのものは病気になるとみんな先生のおうちの床下にはいって療すのでございます。」』

Cimg5542_2賢治愛用のセロ(チェロ)。 妹トシ愛用のバイオリン(右下)。 左が側が「セロ弾きのゴーシュ」の原稿。  賢治は、セロ(チェロ)の上達を熱望し、上京してプロの先生に就いて特訓を受けている。


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2009.04.17

山形県米沢市「天地人展」

NHKの大河ドラマ「天地人」、好調な視聴率で人気である。 主人公、直江兼続ゆかりの新潟県上越市や長岡市等は「天地人」ブームで盛り上がってるらしい。。。。(笑) ここ、米沢市も「天地人」ブームで沸いている。桜祭りももうすぐだ。。。。。

Cimg55365米沢城址公園の桜。 城を囲むお堀の周りには、約200本の桜が植えられていている。仙台では満開(散りはじめている)だというのに、ここでは、まだ3分咲きだった。。。。

Cimg55342丸の内にある上杉博物館。上杉家ゆかりの数千点の品々が展示されている。 「天地人展」では、大河ドラマで使われた衣装等も展示されている。 

Cimg55283上杉謙信を祀っている上杉神社。米沢城址公園内にある。 上杉謙信に「義」の精神を学び、自らは「愛」を掲げて生きた直江兼続。兼続にとって「愛」とは「仁愛」、「民への愛」だったいう。。。。


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2009.04.14

山形県米沢市天元台スキー場

約1ヶ月半ぶりのスノーボードだった!! 薄曇で、無風、暖かく、雪積も充分で、最高のライディングができましたね。happy01 8時半過ぎから13時過ぎまで滑ってきました。 スキーヤー、スノーボーダー合わせて20人くらい。ほとんどプライベートゲレンデ状態。なんとスノーボーダーは、私を含めてたったの5人でしたね。やれれ!(笑)  帰りには、米沢市の上杉博物館に寄り「天地人展」を見て、米沢城址公園(松が崎公園)で花見をしてきました。。。。

Cimg55091つがもりゲレンデトップ(標高1820メートル)から望む。けっこう寒い。積雪も充分過ぎる。久しぶりのライディング。いきなり32度の急斜面だ、少し緊張しながら慎重に滑る。ワンターン、ワンターンを確実に決めながら。。。。急斜面を過ぎれば、爽快な中斜面になる。滑っているのは一人だけ。さえぎるものは何も無い。快適にスピードに乗る。聞こえるのは風切り音だけ。雑念が消えた。。。。。

Cimg55114つがもりゲレンデトップ(標高1820メートル)にある案内板。 ここからは、標高差500メートル、全長3000メートルのダウンヒルが楽しめる。。。。。いきなりノンストップで滑った。足腰がガタガタになり、息が上がる!日ごろの運動不足の影響か。。。やれやれ!(爆)  

Cimg55153ベースのしらかばロマンリフト。後方にはテニスコートが見える。ゴールデンウィークには、午前中はスキー、スノーボードで、午後はテニス なんて、しゃれたことができそうですね。。。(笑)

Cimg55072中間のしゃくなげロマンリフト。後方に見えるのが、無料休憩所のホワイト。 リフト係りのおじさんも暇そうでした。ゴールデンウィークには大混雑するというのにねー。。。。(笑)  

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2009.04.01

銀河鉄道の夜。。。。プラネタリウム番組

観に行こう、行こう、と思いつつ、まだ行ってないんですねー。。。。 まあ、予告編だけでも観て下さい。(笑)
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80年も前に宮沢賢治が書き留めておいた未完の作「銀河鉄道の夜」を、アーティストKAGAYAが、プラネタリウムのドームいっぱいに、幻想的な風景を広げそして展開し、見事に実現してみせた。一度この列車に乗り込むと、いつの間にか次々と展開する天空銀河の中を自分も一緒に走っているのだという不思議な気持ちになる。ビジュル化困難といわれた「銀河鉄道の夜」の幻想世界を徹底考察し鮮明に再現。ドームいっぱい360°に広がる銀河のパノラマ風景。それはまさに天空の汽車に乗車したかのような夢の体験となる。

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2009.03.30

「銀河鉄道の夜」。。。晩年の賢治はクリスチャン?(笑)

宮沢賢治と言えば「法華経信者」として有名ですが。。。晩年は、キリスト教的救済の精神が強いと思うな。 賢治が死の直前まで推敲に推敲を重ねた未完成の傑作童話「銀河鉄道の夜」。。。。#まるで、「モナ・リザ」の絵を死の直前まで修正し、描き続け、生涯リリースしなかったレオナルド・ダ・ヴィンチ のように。。。。この作品が、その自己犠牲的精神の中に「キリスト教的救済」が見え隠れすことは間違いないことだと思う。 これは、三浦綾子の「塩狩峠」、主人公永野信夫の命を捨ててまで他者を救うという「キリスト教的自己犠牲の精神」にも通じる。   読んだ事がある人なら、分かると思うが、「銀河鉄道」は、北十字星(はくちょう座の中心部は北十字星と呼ばれている)から南十字星(サザンクロス)へと進んで行く。。。キリスト教的旅である!(笑)   川で溺れたザネリを自分の命と引き換えに助けたカムパネルラ。   「銀河鉄道」に乗って来るタイタニック号の遭難者たちは、明らかにキリスト教徒だし、神父さんらしき人も乗ってくる。   サザンクロスに着く頃、「ほんとうの神様」について議論するシーンもある。   主人公のジョバンニ(いじめられている少年)とは、キリスト教の聖人ヨハネにちなむイタリア語の人名である。   「マグノリアの木」、「〔北上川は螢気をながしィ〕」(春と修羅第二集)など仏教とキリスト教のコラボ的童話や詩も多い。   実際、賢治は、宣教師のいるキリスト教会に通ったりしたらしい。。。。やっぱり、晩年の賢治は、キリスト教徒だったかもしれない!!(爆)

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2009.03.25

聖地巡礼(笑) Ⅵ  「賢治生家・ぎんどろ公園 等」

賢治の生家は、花巻市の中心部にある。何回か建て替えられ、当時の面影はない。今でも、賢治の弟の家族が住んでいる。 「見学はご遠慮下さい」の張り紙が。。。。(笑) 遠慮なく入って行くファンが多いのだろう! 

Cimg54951賢治の父は、資産家で、質屋を営み、「花巻仏教会」を組織する町の名士でもあった。 まあ、太宰治ほどではないが、かなり「金持ち」の家だったらしい。。。。(笑)

Cimg55003「ぎんどろ公園」のオブジェ。賢治自身をモチーフにした像か?なんとなく童話っぽくていい感じだ!(笑)   ここは、旧花巻農学校跡地にできた公園で、賢治の好きだった銀白楊(ぎんどろ)木が多数ある。賢治の詩碑や童話をモチーフにした像が点在している。

Cimg54982「やぶ屋総本店」、花巻市の中心部ある。大正12年創業で、賢治が花巻農学校の教師時代、よく通ったそば屋として有名である。 賢治は、「ブッシュへいぐべ!」といい、生徒たちをつれてよく来たという。賢治が注文するのは決まっていて、天ぷら蕎麦となぜかサイダーだったそうである。 天ぷら蕎麦とサイダーか!!意外とマッチするかもしれない。。。。(爆)

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2009.03.17

聖地巡礼(笑) Ⅴ 「イギリス海岸」

賢治関連の聖地では、ベスト3に入ると思う。  羅須地人協会、旧盛岡高等農林学校、宮沢賢治記念館、小岩井農場あたりが上位にくるかな!?(笑)  「イギリス海岸」は、北上川に猿ヶ石川が合流する地点から、下流にかけて白い泥岩層が露出する場所のことである。もちろん海岸ではない。同じ地層のイギリスのドーバー海峡の海岸に見立てて、ここを「イギリス海岸」と名づけたのである。 花巻農学校の教師時代に生徒たちを連れて実習に来たり、遊びに来たところでもある。

Cimg54491 イギリス海岸。 白い泥炭層は夏の渇水時にしか表れないそうである。 「。。。それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上(きたかみ)川の西岸でした。東の仙人(せんにん)峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截(よこぎ)って来る冷たい猿(さる)ヶ石(いし)川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。。。。。」 宮沢賢治「「イギリス海岸」より

Cimg54532 「イギリス海岸」にあるオシャレな案内版。賢治の愛用した帽子掛けをイメージしている。 花巻市内には、いたるところにこのような洒落た案内板があり迷うことは無い。 思うに、ここで生徒たちと実習していた花巻農学校の教師時代と盛岡高等農林学校の学生時代が、賢治にとって最も幸せな時期だったような気がする。。。。。。。

Cimg54463童話 「銀河鉄道の夜」に登場する、天の川の河原「プリオシン海岸」は、ここをモデルにしている。  「。。。。くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿(のみ)でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」  「銀河鉄道の夜(7、北十字とプリシオン海岸)」より

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2009.03.14

聖地巡礼(笑) Ⅳ 「旧岩手軽便鉄道・現JR釜石線」

旧岩手軽便鉄道、今のJR釜石線、愛称は「銀河ドリームライン」だ!! 土沢は、旧東和町、現花巻市にある。 賢治の詩集「春と修羅」(第1集)のラストを飾る、「冬と銀河ステーション」という詩に登場する。土沢商店街の冬の朝市の様子が幻想的に描かれている。 死後発見された、未完成の傑作童話「銀河鉄道の夜」のモチーフになった重要な詩らしい。。。。。#Ⅴ、Ⅵ に続く予定。。。。(笑)

Cimg54791土沢の駅。 「。。。パツセン大街道のひのきからは 凍つたしづくが燦々(さんさん)と降り 銀河ステーシヨンの遠方シグナルも けさはまつ赤(か)に澱んでゐます 川はどんどん氷(ザエ)を流してゐるのに みんなは生(なま)ゴムの長靴をはき 狐や犬の毛皮を着て 陶器の露店をひやかしたり ぶらさがつた章魚(たこ)を品さだめしたりする あのにぎやかな土沢の冬の市日(いちび)です。。。。」(冬と銀河ステーション)より

Cimg54761「土沢駅・銀河ステーション」。  「銀河鉄道の夜」の中に、サザンクロスに向かう途中、わし座の停車場からタイタニック号の遭難者達が乗り込んきて、カムパネルラやジョバンニたちと会話する重要なシーンがある。 ここで読者は、ミステリアスな幻想4次元列車「銀河鉄道」が何なのかを瞬時に理解する。 まあ、今風に言えば、「おくりれっしゃ」 ということかな。(笑)  結局、さまざまな解釈や意見がでているけど、賢治が言いたかったのは、死は悲しみに満ちているが、決して悲惨なものでもないし、忌み嫌うものでもない、敗北でもない、ましてや穢れたものではない、ということだと思う。 

Cimg54783土沢の商店街。 「パツセン大街道」は、この通りらしい。。。!?(笑)  「。。。。この冬の銀河軽便鉄道は 幾重のあえかな氷をくぐり (でんしんばしらの赤い碍子と松の森) にせものの金のメタルをぶらさげて 茶いろの瞳をりんと張り つめたく青らむ天椀の下うららかな雪の台地を急ぐもの (窓のガラスの氷の羊歯は だんだん白い湯気にかはる) パツセン大街道のひのきから しづくは燃えていちめんに降り はねあがる青い枝や 紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや もうまるで市場のやうな盛んな取引です」(冬と銀河ステーション)より

Cimg54884「めがね橋」。  旧岩手軽便鉄道(JR釜石線)宮守駅の近く、旧宮守村、現遠野市にある。「土木遺産」にも指定されていて、夜になると幻想的にライトアップされる。 「銀河鉄道の夜」の幻想的な風景は、めがね橋や岩根橋を走る列車から眺める風景をモチーフにしたらしい。。。。

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